日本財団 図書館


感じるのは、人体の素晴らしさ、人間の素晴らしさです。複雑かつ単純、緻密かつ合理的で、かつて見聞してきたどの絵画・男・本・景色よりもそれは感動的だと思いました。筋肉ひとつを取って見ても、筋繊維の規則正しい配列、起始・停止の位置、くまなく広がる脈管は神秘的で、ある種の美しささえ感じます。「百聞は一見に如かず」の通り、教科書で勉強した事柄を自分の目と手で確認することができ、小さな知織の断片がパズルを組み合わす様に統合され関連付けられ、少しずつ自分のものになっていくのを感じました。

それでも、実習中にふと我に返ると、ひどく切なくなります。目の前に横たわる御遺体の方について考えずにいられないのです。この手で筆を握り、食事をし、愛する者を抱擁し、今は決して再び開くことのない瞳で、幾千もの景色を見、笑い、涙を流したに違いないと。無言の肉体が私の心に語りかける気がしました。この方の何十年もの人生と共に過ごした肉体を私達に与えてくださる事で何を伝えたかったのだろう。それはただ、私達医学生に対する期待、医学の進歩、社会への貢献の気持ちだけではないはずだと思います。そして、この方の尊い意志の元に自分は学ぶことができるのだと思うと、言葉では表現しきれない程の感謝の念が湧いてき、また御遺体の意志に応えるようもっともっと努力しようと決意を新たにし、御遺体が私を応援してくれている気さえするのです。

三ケ月以上にも及ぶ実習期間の間に、人体構造だけではなく他にも仲間の素晴らしさを

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION