一番嬉しかったのは、他の授業がわかり易くなったことである。つい先日も外科で、腹腔動脈の話が登場したし、生理でも交感神経についての説明がされ、頭の中で鮮明に思い描くことができた。とにかく解剖学実習は、私の身も心も成長させたことは間違いない。そしてこれを乗り越えられたということは、大きな自信につながった。
「形を読む」解剖学
照光 真
夏日漱石の「夢十夜」という小説の中で、運慶が護国寺の山間で仁王を刻んでいるという場面がある。いともあざやかに一本の無垢の木からノミとツチで仁王像が掘り出されてゆく。見物に行った漱石がひどく感心していると、見物人が「なに、あれは木の中にもともと仁王像が埋まっているんだ。運慶はそいつを掘り出すだけなんだ」と言われ、漱石は「そんなものか」と、また感心するという短編であった。
解剖を行っているときに、この一節がふと思いだされた。目の前にある人体のどこに目ざす神経、動静脈が走行し器官があるのだろうか。脂肪、結合組織、筋などの中に埋もれるようにある構造を追いかけるが、運慶のような見事な手さばきでそれらは現れない。むしろ見失い、見当違いの方向に進み、損傷してしまうことさえあった。そんな時はくやしさや失望と能力のなさに、がっかりとしてし