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かぎりない未来へ手渡したいもの

常本知恵子

年令が五十の大台に乗った頃あたりから、人生の後半を生きている自分を、至極冷静に見つめているもう一人の自分に気付き始め胸が騒ぎました。

生きると云う事、死ぬと云う事について懸命に考える様になったのはこの頃からです。生と死これは紛れもなく自分のものだったのに日々の暮しに流され乍ら、とても疎かにし逃げていた様に思えます。

献体の事を知り自分の辿り着く所へ灯を見つけた思いがしました。この思いが成就されます様これからはより一層身体をいとおしみ過ごそうと思っています。

左記の文は、私が息子と娘、肉親へ献体の同意を得るために出した手紙ですが、何ぜ献体を望んだのか、御理解戴ければ幸です。

「お元気ですか

あなたに、お願い事があってこの書を届けさせてもらいました。この世に生を受けてからの五十数年を、今しみじみとふり返っております。今日迄私に縁があり、係ってくれたすべての人達へ何をして上げたろうか……。

と思えば悔だらけです。自分の事だけを考え自由奔放な生き方をしてしまった様です。過ぎてしまった日々を辿りなおし、少しでも修正し、近い将来、遠い将来かも知れない、しかし必ず迎えるべくその終りの日迄心の浄化に努めて行こうと決意しています。

世のためだとか、世の人達のためだとか大層な考えではなく、せめて私に血のつながりを持ってくれた人達とその子と、又その子と…ずっと続くまだ見ぬいとしい人達が、今よりもっと住み易い、そして医学も発達した世に生きてほしいと願い込めて、私の死後医学のほんの針の先程、いや“ミクロ”の進歩にでも役立たせてもらいたく献体を希望しました。

思えば名、地位、名誉、何ひとつ手にする事が出来なかった私の不純なすり替えの思いがあるかも知れませんが、しかし、あなたにこの世で巡り逢えた事を感謝し、血のつながりをいとおしく思っています。

どうぞ私に一生に一度の花道を歩かせ、拙い人生の、幕を閉じさせて下さい。

又肉親の一人にでも反対者があれば、無効となるそうです。以上私の思いに、あたたかいエールをもらえます様心から願います。

一九九七年一月」

 

 

 

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