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千葉 潜

 

り巻く状況はますます困難になっていきます。「おばあちゃんが家にいるなら孫の嫁が家を出るというので、もう一度入所させてくれないだろうか」と、相談を受けることはまれではありません。農家の嫁不足を考えると、家庭介護が一番などとはいっていられない現実があるのです。

家庭介護の現場では、介護者がかなりの高齢者となっていることが多く、87歳のご主人の介護を2歳年下の奥さんが、また、91歳の姑を68歳の嫁が面倒をみているという状況があります。若者は、一家の生計を支えるため仕事にでており、介護までは手が回りません。核家族化、高齢人口の増加、少子化を考えると、状況はますます不安なものになっています。この老人介護の現実は、介護する側の介護能力への不安や、介護者の肉体疲労の蓄積、そして病気の発症、助長、新たな要介護者の発生というような悪循環をたどっています。

また、独り暮らしの痴呆高齢者の問題があります。先日、相談を受けたケースでは、20年も前に売った土地が駐車場になり、状況を理解できない痴呆のお年寄りが、「ここは自分の土地なのに何で勝手に車がとまっているんだ。出ていけ」と、自分のつえで車を叩いて破損させてしまったのです。そこで、民生委員や施設の相談員が、その老人の甥の方とともに話しに出かけましたが、「おれはぼけていない。帰れ」と怒られて何の処遇もできませんでした。このように、独り暮らし高齢者が痴呆となった場合、本人および周囲の方々の安全面においても大きな問題が生じます。しかし残念なことに、このようなケースに立ち入って処理するシステム、法的な整備は遅れているのが現状です。

寿命が尽きる日まで家族と暮らすことはだれもが望むことです。しかし、自分の愛する家族に対して苦しみを与えることは、耐えがたいことでもあります。また、家族側には、できる限り介護したいという望みとは逆に、肉体的、精神的な限界、守らなければならないほかの家族の生活があります。これら双方ともに相反する要望を実現させるものが、在宅ケアと施設ケアによる支援だと思います。

このような考えから、南山苑では、デイケアおよびナイトケアとショートステイを組み合わせ、家族に介護の負担が集中しないように支援しています。家族は、介護チームの一員として参加し、自らの負担をできるだけ軽くすることで精神的な余裕がもて、それが継続性のある温かな介護につながるのです。また、訪問看護ステーションの積極的な利用を勧めています。訪問看護婦に痴呆症状に対する対応を相談し、介護不安を解消することで自信をもった介護が行えるのです。そして、ほかの在宅ケア支援メニューや施設ケアの利用を有機的に結合し活用することが、痴呆高齢者を抱える家族と本人自身の幸せな生活につながるのではないでしょうか。

さて、少子化で若年層が急激に減少し、高齢者が増加する社会では、若年者や壮年層が、経済を支えながらさらに高齢者の家庭介護をも行えるのかという大きな問題があります。近未来社会では、介護ロボットの開発、あるいは低開発国からの介護労働者の導入を行わない限り、質量ともに十分な在宅ケアは維持できないのではないでしょうか。在宅ケアの充実度は、マンパワーの量と深い関係があるわけですから、今後の人口動態、生産社会構造をじっくりと見極める必要があります。そういう面からも、在宅ケアの充実は、今後さらに難しい状況をはらんでいるのです。

つまり、在宅ケアと施設ケアは両輪であり、どちらにも潤沢な福祉予算が投入され、整備されるべきなのです。いまのように、ともすれば「在宅、在宅」とのかけ声が大きくな

 

 

 

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