日本財団 図書館


ら生まれた、世界の都市は全部海や川なのです。

日本のように、その海や川を埋め立てて、そして海を遠ざけ、そこに港を作って工場を建てて、市民の立ち入りを拒否しているような町づくりをしている都市が、世界に一か所もなかったということに初めて気づきまして、日本というのは、大阪というのは、一体いかなる国なのかと、逆にそう問いかける日に、どうしてもならざるをえなかったのです。

例えば大阪と同じような条件の世界の都市といいますと、アメリカのサンフランシスコなんです。これも大阪湾と同じように閉鎖された、丁度今から30数年前に。このまま開発が進んだらサンフランシスコ湾は、サンフランシスコ川になるというアメリカの農務省の将来展望の論文が発表されまして、それがきっかけとなってサンフランシスコは住民投票で、サンフランシスコのベイプランを作りました。現在、ベイプランができた1963年以前より、サンフランシスコはもっと自然の豊かな湾になっております。ところが、それから30数年経って、大阪ベイレイ法案が設立されたんです。これも議員法案で決まったんです。サンフランシスコのベイレイ法案は、ここは絶対に自然を破壊してはいけないという、聖域を決めることから第一条件が始まっているんです。日本のベイレイ法案はそれから30年後にできたんです。それまでに世界の主要国のサミットで地球環境問題が論議されて、ブラジルで地球会議が開かれる。環境問題が地球規模の論議を巻き起こしてから後に、大阪ベイレイ法案ができたのですが、大阪ベイレイ法案は、大阪湾を開発することが初めで、環境ということに触れたのは、但し書きで開発にあたっては環境に留意することだけなんです。二つのベイレイ法案を比べますと大阪のベイレイ法案が百年前に決まって、サンフランシスコが百年後に決まったら、「うん、なるほど世の中はこれだけ進歩したんだなあ」と分かりますけれど、大阪のベイレイ法案はサンフランシスコのベイレイ法案ができて30数年後にできまして、百年くらいさかのぼった、そういうふうなベイレイ法案を日本は作っております。

日本という国は、皆さん方も教育程度は進んでいると、勤勉だと、戦後敗戦から不死鳥のようによみがえったと、まあ、そういう意味合いでは、我々は世界に冠たる優秀な民族だと、そういうふうな思いを様々な形ではありますが日本人は持っていると思います。しかし、こと環境問題に関しましては、日本はそれこそ世界で最低の国です。

世界中釣り歩きまして、ウォーターフロントを歩きまして、我々が低開発の国だと。まだ未開発国だと思われているような国でも、自然や母なる海を大事にしている国はいくらでもあります。スリランカに釣りに行きまして、そこは、昔セイロン島といいまして首都はコロンボという港町です。そこの一番の目抜きのところに、砂浜の幅が300メートルで長さが5キロメートルにわたって完全な砂浜がそのまま、それが町一番の目抜きです。国の政府機関や超一流ホテル、あっちこっちでぶつかりまして私、環境問題でこういう運動をしていますから、行く度に聞くんです。通訳を通じて。こういうふうな町の正面に、これだけの自然を残すためには、どんな人が頑張ったのか、どんな運動があってこれを残したのか、ということをずっと聞いて回るんです。どこも皆一緒で、通訳が十ぺんくらい表現をかえて、やっと解るんです。むこうは分からないんです。ぼくの質問している意味が分からないのです。やっと分かったら、世界のどこの国の人でも答えるのは「そんなのあたりまえのことじゃないんですか」という答えです。

 

母なる海を大切にする国、しない国

母なる海を大事にするのは当たり前のことなんです。その当たり前のことができていない日本が、僕はショックだったんです。日本と赤道から正反対の位置にありますニュージーランドは、先月も行っておりましたけれど、僕はニュージーランドだけでも30回以上行っています。それはニュージーランドが好きなのと、ニュージーランドほど世界の先進国の中で自然を大事にしている国はありません。それはまず国中コンクリートの護岸は全

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION