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第4回ワークショップ

「海から見る・考える なぎさ海道」

 

■講演「明石海峡の魅力」 林崎漁業共同組合企画研究室長 鷲尾圭司氏

 

●研究室の仕事・経緯

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明石には有名な「魚の棚」があり、「うおんたな」と呼んでいます。その近くの林崎漁協に勤めていますが、ここのように研究室を持つ漁協は全国的にもまれなケースです。

明石海峡周辺での漁業専業者は2000人、全体で200億円位の水揚げがあります。明石海峡大橋ができ、環境が変わる中で漁業が地域の魅力として21世紀につながるにはどうしたらいいかをテーマに研究実践しています。

 

●工業地帯の中にある漁業の地域

瀬戸内海の海域を分けると、湾奥部の産業や流通に利用されている海域、漁業・海洋生産現場の海域、それから採石等土木建設の素材提供と廃棄物の捨て場の海域となります。岡山や広島では海砂採取のため漁業環境が損なわれている状況で、その狭間にありながら淡路島・播磨地区のように漁業が成り立っている場所は非常に奇異な感じがします。

大阪湾ベイエリア全体から見ると西に位置する明石海峡周辺で養殖している海苔は、冬の寒い時期に盛んになり、全国で100億枚作られている海苔のうち17、8%は兵庫県産で、ここ5、6年日本一を保っています。工業地帯や都市から栄養分がたくさん入る、いわゆる富栄養化状態が、海苔にとって好環境で、よく育つようになりました。

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●歌に詠まれる明石海峡

明石は古くは万葉の時代から色々な歌に詠まれています。柿本人麿や笠朝臣金村等の歌の中に「明石大門」や「明石の門」がでてきます。万葉の時代、西国との交流で京都・畿内地方に対して明石海峡が地方との境目だったので、「明石の門」と言われていました。「門」には「門がまえ」があり、必ず扉があり開閉する機能がある、ということで、海洋物理の専門家の立場で、ここの潮の流れを調査しています。

潮流は5〜7ノットの早さ。明石海峡の上げ潮は大阪湾から播磨灘の方へ、下げ潮は播磨灘から大阪港へ流れており、6時間ごとに向きを変えます。大潮の時、明石海峡大橋の橋脚では流れが逆巻きます。特に林崎漁港近くの「クシャレ」という所では、海の波がクシャクシャといつも波立っています。この海峡の一番深いところは150m、潮がその断崖に当たり、沸き上がったり浅い所から奈落へ落ちて行く場所なので非常に波立ちやすく、昔から海難事故の多い所です。このあたりを通り抜けるには、上げ潮や下げ潮の潮の変わり目を待たなければなりません。林崎漁港のすぐ近くに松江という地名があります。それは潮待ちする入り江という意味で、同じく淡路島の松帆の浦は、風待ちの入り江ということになります。明石と淡路は橋が架かれば非常に近くなりますが、古代の人たちにとっては非常に渡りにくく、待たないと渡れなかったと詠まれています。

粟島に漕ぎ渡らむと思へども 明石の門波いまだ騒けり

波立ちが厳しいから栗島に渡りたいと思っても、なかなか渡れないという意味。

わが船は明石の湖に漕ぎはてむ 沖へなさかりさ夜更けにけり

沖にいると流されるから明石の湖、つまり船溜りにおとなしくいましょう、と詠まれています。

 

 

 

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