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第3章 ロシア沿海地方における政治と制度 ―ナズドラチェンコ体制の比較政治学的分析

 

1 はじめに

 

(1) 本稿の課題

 

ロシア極東部は、朝鮮半島、台湾、中国沿海部と並んで、日本にとって最も近い「外国」のひとつである(1)。しかも唯一欧州系の諸民族が住民の大半を成す地域であり(ここから、「日本に最も近いヨーロッパ」などという楽天的で誤解を生みやすいキャッチフレーズが出てくる)、ロシアの安全保障上、枢要視されている地域でもある。極東は地球上で最も遅く開発と植民が着手された「最後のフロンティア」のひとつであり、こんにちに至るも豊かな天然資源とは不釣り合いの人口不足に悩まされている。そこで進行するウクライナ系、ポーランド系、ロシア系、モルドワ系などの諸人種が混交する民族学的プロセスは非常に興味深い。どうでもよいことだが、おそらく混血の結果であろう、旧ソ連圏でも有数の美人の産地として知られている。

ソ連崩壊後、日本政府の対極東政策は、北方領土問題を桎梏としつつも、しだいに積極性を増してきた。言うまでもなく、飛躍点となったのは、1993年10月のエリツィン訪日を受けた日本の対ロ政策の「拡大均衡」論への転換である。これに比べれば目立たない変化ではあったが、1993年11月、日本総領事館が、ナホトカから、1992年以来閉鎖都市(外国人の立入制限地域)ではなくなっていたウラジオストクに移転し(2)、同時にハバロフスクにも日本総領事館が開設された。1996年には、それまで外務省新独立国家(NIS)室長であった廣瀬徹也が在ウラジオストク総領事として赴任した。こんにち、在ウラジオストク総領事館には人員13名、在ハバロフスク日本領事館には人員12名、さらに、1997年11月には、在サハリン出張駐在官事務所(人員2名)がユジノサハリンスクに開設された。つまり、沿海(プリモーリエ)、ハバロフスク、サハリンの3地方を合わせても人口500万人にも満たない地域に、日本外務省は三つの代表機関を置き、計27名の職員を配置しているのである。また、欧州復興開発銀行に協力して日本政府が設立した地域企業基金(RVF)は、極東・シベリア東部の劣悪な投資環境の中で奮闘している(3)。

良し悪しは別として、沿海地方・ウラジオストク市における日本総領事館のプレゼンスは、もはや外交の枠を越えて(ロシア側にとっての)内政上の意義も獲得しつつあるというのが、現地調査を行っての筆者の感想である。

 

 

 

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