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合計は1,500床を超えており、市民21人に1べットの割合である。私達の病院は、べット数800床を有し、第三次医療機関の指定を受けている民間の大病院から約10km程山間部に入った地域に存在し、公立病院とは言えベッド数は一般55床、伝染15床で計70床の小病院である。周辺住民の主な職業は農業と林業で、過疎化、高齢化傾向は更に顕著である。加えて山間部の独居老人が非常に多く、大きな社会問題と成っている。この様な地域特性より、私達の病院では昭和59年より独自の医療に取り組み、地域住民のニーズに基づいた在宅医療を心掛けて来た。

そしてその結果、多くの住民に喜ばれる在宅医療システムが築かれて来たが、しかし中には何らかの理由で在宅療養を断念せぎるを得なくなった例が発生し、在宅医療の在り方に関し種々の問題提示が成されるに至って来た。そこで私達は先ず、小さな地域内で各医療機関どおしが患者の取り合いをしている事の不合理さに気付き、当地域の保健所長に提案し。保健所が音頭を取る形で会議を重ね各医療機関のみならず、地域関係者や、行政、社協、ボランティアグループ等、多職種の人々が一堂に会する事の出来る会議を開催する様を提案した。

これが、保健、医療、福祉関係者が一堂に集い、共通の認識の下に、定期的にディスカッションをする当地域の"ケアワーカーの集い"である。その結果医療機関相互の連携が図られたのみならず、行政と民間を問わず、この市内はもとより、他市町村の行政関係者の出席も見られる様に成って来ており、各組織間、他行政との連携がスムーズに成り、住民の悩みをお互いに協カして解決して行く風潮と体制作りが図られる様に成って来ている。

III.鴨川市と鴨川市立国保病院における地域包括システムの実現に向けての試み

A.鴨川市立国保病院における試み

私が当院に院長として赴任したのは昭和58年の4月であった。当時私は千葉市内の第一線の総合病院の外科医長として勤務していたが、若者中心の医療をしていた当時の私は、その当時既に高齢化率20%の地域の公立病院に赴任してその患者層の格差が大きな事を先ず実感した。先ず第一に感じた事は小さな病院であるにもかかわらず、少ない一般べットの多くを社会的入院の老人が占めていた事であった。そしてその老人達の多くが数年間も同じべッドを占有して生活している事であった。この様な状況に疑問を感じた私は当時同時に赴任した外科医長と相談し、事情はどうあれ、全員に退院を促す事にして、一人一人と根気よく話し合い、遅い人でも最高3年間をかけて退院してもらう事が出来た。

しかし、後に成って知らされた事であるが、その多くの老人が近所に身寄りが無く、かつ中には山間部の独居老人も含まれていたのであった。私達も赴任後一定期間経過してからは、この様な患者一人一人の生活環境を考慮せずに無条件で退院を促す事に対し、極く自然と疑問を感じる様に成っていたのも事実であった。そして、その様な気付きを私達医師に与えたのは当時のナースの行動であった。それは、私達新任の医師が社会的入院の老人に積極的に退院を勧めている時に、一人のナースが定期的に薬袋と血圧計を持って或る退院した老人宅を訪問していた事であった。調べてみるとその老人は山の中の独居老人で、しかも周囲に民家の無い地域である事が判明した。その事を知らされた私達医師もその後定期的にその老人宅を訪問した事は言うまでも無い。この様な形で私達の病院では極く自然に在宅療養者に対するサポートシステムが形成された来たのである。特に昭和61年には県の補助金を元に訪問看護車を購入する事が出来、病院の正規の事業として位置づけて当院の在宅医療は進められて来た。そして昭和63年よりは当時の歯科医師の自発的な提案で訪問歯科診療も開始され、多くの在宅療養中の老人に"食べる喜び"のプレゼントをする事が出来る様に成って来た。

しかし、この様にして進められて来た私達の病院の在宅医療も10年目を迎えた頃よりは反省期に入り、私達の医療機関のみの対応では地域の在宅療養を希望する人や家族のニーズに答えきれない事に気付き、他医療機関や他施設は元より行政にも積極的に働きかける様に成って来た。それは在宅療養者の多くが多種の疾患で複数の医療機関と係わっているのみならず、介議の代り手の居ない要介護者が多く、必然的に地域内の施設ケアを含めて諸種社会資源の活用を必要とするケースに多く出会う様に成って来たからである。いずれにしても当院で対応した在宅療養者は過去12年同で180名を数え、その内の約150名は既に他界しているが、その内の約70%は住み慣れた自宅で家族に囲まれてその一生を閉じる事が出来、

 

 

 

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