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課税管轄権の視点から見た地方税
東京大学法学部教授
中里実

 

一 はじめに
1 二つの極論
地方分権と中央集権とは、対立するものと考えられている。完全に分権化されたシステムの下においては、各地方団体は独立国になるであろうし、他方、完全な中央集権システムの下においては、地方団体はなくなりすべてが国家の機関になるであろう。
現実の議論は、この二つの極論の間に位置する。すなわち、日本という統一性を保った組織の中でどの程度の分権を実現するかという議論になる。日本国憲法もまた、そのような中間的な形態としての地方自治を命じている。しかし、このような中間的な議論を行うに際しても、少なくとも理論的検討においては、常に上述の二つの極論を念頭におく必要がある。本稿は、この点について、地方団体の「課税管轄権」という視点から明らかにしようとするものである。
2 従来の議論
従来の地方税に関する議論においては、地方団体の固有の財源の確保という財政的な視点が中心的なものとされてきた。すなわち、法律学者は、地方団体の課税権が、日本国憲法により与えられたものなのか、地方税法により与えられたものなのかという点を議論してきたが、通説においては、憲法における「地方自治の本旨」という文言の解釈から、日本国憲法上、地方団体にも固有の財源調達手段が保障されているとして、地方税の課税根拠が説かれてきた。
すなわち、従来の法律学における地方税に関する議論においては、財源という点にのみ力点がおかれ、地方団体の「主権」から産み出される主権の属性としての課税管轄権という、法律家ならば当然にもっていなければならない発想−それを肯定するにせよ、否定するにせよ−がまったく欠けていたのではなかろうか。換言すれば、従来の議論においては、課税管轄権という国際法・国際私法的な視点から地方団体の課税権に関して検討するという視点が存在しなかったのである。
これは、国対地方という対立関係のなかでのみ資源配分を考え、地方団体どおしの対立に十分な注意を払わないという思考様式の結果である。したがって、たとえば、固定資産税という場合には、日本全国に「地方」という単一の主体の課する単一の租税しかないかのような感覚が存在した。しかし、法的には、課税権者の数だけ異なる固定資産税が存在すると考える方がむしろ自然なのかもしれない。たとえば、仮に日本の法人税法とアメリカの法人税法がまったく同一の制度を採用していたとしても、それは、全く別の租税である。なぜなら、課税権者が異なるからである。同様に、地方団体ごとに課税権があるとするならば、日本には、3000以上の固定資産税が存在するということになるのではなかろうか。すると、地方団体が独立国のような存在であるとすれば、各地方団体は、どれほど税収が少なくとも、その課税権の範囲であがる税収で運営されるしかないであろう。さらに、各地方団体の租税の間で国際的な二重課税のような事態も引き起こされることになる。
いずれにせよ、地方税に関する法律学の議論において課税管轄権の視点が欠けているということは、きわめて重大なことである(アメリカにおける地方税の議論の大部分が課税管轄権の衝突の調整に関するものであるという点に留意せよ)。そこで、本稿においては、もっぱら、この課税管轄権という点から、地方税の課税根拠について法理論的にあらいなおしてみたい。

 

 

 

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