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この次に何が情報として必要かという事になってきます。次は生活情報なんですね。水も、交通機関も勿論全部止まりましたし、電話は通じない、ガスは出ない、買い物する場所がない、こういう事になりました。道路にはもう車がごったがえしまして、とにかく車自体が身動きが出来ない状態でした。
 17日の午後にたくさんの方がお亡くなりになって、市立体育館に遺体を安置したわけですが、ドライアイスを隣の町に買いに行こうものなら、いつもだったら15分間くらいで行って帰ってこれる、ところが、その日の昼に出かけた車が帰ってきたのが何と翌日の午前2時でした。お見舞いにかけつけて頂いた方が空港からやってこられるのに、何とここまで6時間かかるんです。もうとにかく全く身動きが出来ない、そういう状態でございました。
 そういう中で、我々は水や食べ物の提供というような、やはり生きていく上に必要な事を市民の皆さんに提供する、これは当然の我々の任務でございます。
 但し水もなかなか手には入らない状態でしたが、2,3日致しますというと、全国から非常にたくさんのご支援の手をさしのべて頂きました。
 水、食料品あるいは毛布、医薬品、その他日常生活に必要ないろんなもの、お医者さんもかけつけて頂きました。
 しかしそういうものを、欲している方々のところへどの様にお届けをするのか、これは情報と一緒で大変でした。なかなかこの情報が届かないという事でたくさんの市民の皆さんにもいろんな不便をおかけしました。
 特に中途難聴者の方々も、難聴者の方々もそうでございますが、我々の社会では、音声による情報伝達という事が実は非常に大きな要素なんですね。我々がどうしてたくさんの方々にお伝えをするか、電話がだめになったときに歩いていくか、それとも拡声器でもって車でその地域を回ってお伝えをするか。水の情報、あるいは食料品はここにありますよ、避難所はここですよ。またこの宝塚というところは、ご覧頂きましたらわかりますように山麓に住宅がたくさんありますので二次災害の恐れもございました。
 六甲山系と長尾山系がこういうふうにずっとあるものですから、その山麓を開きましてそこにたくさんの人々が生活しておられるんですね。ですから今度の地震で実はその地盤が揺らぎました。
 だから例えば崖の上にも下にも住んでおられる、そういう地形のところは上が崩壊してくるかもわからないものですから、そういうところの方々には避難をして下さいとお願いに行くわけであります。こちらの避難所の方へお移り下さい。
 また、わが市は山麓部に学校が非常に多うございます。
 その地盤が崩壊する危険があるという事で、下に住んでいる人々には、この広大な施設がもしも崩壊を致しましたら大変な被害が出ますから、そのためにぜひ避難をして下さい、そういう情報もお伝えをしなければなりません。
 そういう場合に、どうしても広範囲にお知らせをするのは、やはりマイクなんですね。

 広報車を出して、そしてマイクで皆さんにその情報をお伝えをするわけです。
 そういうところで、特に難聴者の方々あるいは中途難聴者の方々にとっては、非常に我々の情報伝達システムというのは限られているなあと、この震災の機会につくづくと学ばせて頂きました。
 今回の震災というのは、高齢化社会における大都市直下の大災害というのが特徴でございました。
 実はこの大震災を通じて近代都市が持っている脆さ、弱さ、そういう事の全部がさらけだされたわけです。
 どこにどんな問題があるかという事が、我々も初めてこの体験を通じてわかりました。

 我々のまちづくりというのは、これから10年がかりで復興して行こうとしている訳でありますが、今度の震災を通じて学んだ数多くの教訓を生かしながら、安全なまち、特に高齢者や障害者の方々が安心をしてお住まいを頂けるような、そんなまちをつくって行かなければならないと考えて

 

 

 

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