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(3)障害者自らによる自立を支援
自立生活センターを支援
 1972年に米国で障害者が運営し、障害者にサービスを提供する「自立生活センター」が設立され、1980年代に入り、その当事者運動が日本に持ち込まれた。1986年に、ヒューマンケア協会が設立され、日本では初めて当事者主体の介助サービス、生活体験プログラム、ピア・カウンセリング(※1)が開始された。
 1991年には、ヒューマンケア協会を中心に全国自立生活センター協議会が設立され、センターの全国展開を図った。
 日本財団は、立ち上がったばかりの各地のセンターに対し、主にバリアーフリーのための事務所改装費などを支援した。
※1 ピア・カウンセリング:自立生活を実現した障害者がこれから自立しようとしている障害者に自分の経験を通じて行うカウンセリング
 
ヒューマンケア協会の活躍
 1993年に障害者基本法が施行。政府も障害者市民の自己決定や脱施設をめざして、障害者プランを策定し、その推進を図るものの、どうしても為政者・健常者の立場から見た障害者ケアに傾きがちであった。
 そうした中、ヒューマンケア協会は、常に障害当事者から見た障害者ケアを標榜し、「措置から契約へ」、「ケア計画の立案はケアコンサルタント任せから障害者自らの手へ」などをキーワードに、政府に提言し続けてきた。本財団はこうした提言を裏付けるための海外事例調査に対し3年間継続して支援し、この成果の一部は政府のケアガイドラインに反映された。
 そして、2003年の支援費制度導入後をにらみ、障害当事者主体のケアが各地で展開されるよう、地域で核となる受け皿づくりを急いでいる。具体的には、既存の自立生活センターのレベルアップを図るとともに、センターのない地域には障害者団体の立ち上げを促進しているところである。
 
JOY-VAN全国キャラバンの場合
 障害者自らによる自立支援事業としては、NPO「ジョイプロジェクト」が行った「JOY-VAN全国キャラバン」が挙げられる。これは、従来自動車を運転することが不可能であった重度の障害を持った人でも、指1本で操車可能なジョイスティックコントロールを使うことにより、電動車椅子に乗ったまま運転ができる自動車(JOY-VAN)を米国より輸入して行った普及活動である。
 我が国で初めて導入したこの自動車の周知普及のための全国キャラバンは、1997年4月、東京八王子市を皮切りに、同年12月の沖縄で終了するまで、全国45カ所を訪れ、多くの障害者との意見交換やシンポジウムを実施した。
 この事業が目指したものは、それまで「保護」の対象であった障害者が、自分の意思で自由に外出ができる可能性を手に入れる、障害者自身が社会に対する責任をも持つという理念の実現であった。
 この事業は、1998年8月に警察庁がジョイスティックコントロールを使用した特別運転免許制度を創設し、ジョイプロジェクトに続く障害者の運動も発生させ、さらに2001年12月には国産で初めての市販車が発売されるに至り、大きな成果を残した。
 ボランティア支援方針の一つに、「実践活動の中からはじめて有効な提言が生まれる」というものがある。従って単なる陳情や要求型の運動には支援をしない。自立生活センターやJOY-VANの場合、草の根の実践活動を継続していく中から政策レベルの提言を行い、それが施策に結び付いた典型的な事例とも言えよう。
 
JOY-VAN全国キャラバンによる啓発活動
(4)人と自然が共生してきた「里山」を守る
環境保全団体のニーズとは
 ボランティア助成を開始した1993年度の環境分野への支援は、150件中わずか1件であった。その後3年間で支援件数は微増したものの、割合としては極めて小さく、支援の内容も公園の美化活動、希少生物の保護や原生林保全等が中心であった。
 その後1996年度より、人と自然が共生する「里山」といった概念を環境保全の中核としてとらえ、環境保全団体のリーダーを中心に「生き物緑地委員会」を設置し、環境保全団体の現状を調査するとともに、日本財団の助成制度の新規開発を目指した。その結果、
1)設立間もない団体に対する小口の助成金支援や、トップランナーを対象とした大型助成金制度の設置
2)活動を継続的に展開する上で必須な組織のマネジメント能力の向上
が環境保全団体のニーズとして確認された。
 同委員会の報告書は「生き物緑地活動をはじめよう」として製本され、2000年度には市販されることとなった。
 
公園に残る自然環境を守る活動
 
「はじめの一歩助成」の新設
 2000年度からは、生き物緑地委員会での意見を反映し、設立2年未満の環境保全団体を対象に「はじめの一歩助成」を開始した。
 この助成は、雑木林や休耕田といった活動フィールドを持つ団体に対して助成金額30万円を上限に、チェーンソーや刈払機等の備品購入費に限定したものであり、「里山」という言葉や里山保全活動が徐々に社会に認知される時期に、延べ100件の助成を実施し、新たな里山保全の担い手創出に寄与した。ちなみに、広辞苑に「里山」という言葉が初めて登場したのは、1998年の改訂時のことである。
 
ボランティアの手によって整備された里山でこどもたち向けに環境学習を行う
 
継続的に活動を展開していくために
 調査研究事業としては「里山保全活動マネジメントセミナー」を開催しながら、前述の「生き物緑地活動をはじめよう」をテキストとして利用し、これまでの成果を有機的に活用しながら、環境保全団体のマネジメント能力の向上を図った。
 本セミナーは1999年度に静岡県、2000年度は広島県にて開催された。2001年度からは各地のNPO支援センターの協力を得て、茨城県・長野県・愛知県・熊本県で開催され、里山保全活動をマネジメント面から向上させるとともに、地域の中でつながりを持てずにいた里山保全団体同士のネットワークの構築にも貢献した。
(5)日本で暮らす外国人との共生
助成事業と調査研究を通じて課題を抽出
 我が国で暮らす外国人の数は、およそ193万人(2000年法務省統計)。この数は1969年から30年以上にわたって増加傾向にあり、90年代以降は、定住化、国籍や年齢の多様化などが顕著になってきている。
 この「定住化」と「多様化」が進行してゆく中で、これからの外国人施策はどのようにとらえて行けばよいのか。課題は、以前のような出稼ぎ外国人労働者が直面する緊急医療や労働問題に限らず、まさに「ゆりかごから墓場まで」、さまざまな分野での対応が必要となっている。
 日本財団ではこれらの課題を見据えて、1999年「在日外国人への支援活動」を重点項目に掲げ、集中的に資金支援を行った。
 一方、本財団自らが調査研究事業として、2000年3月に「在日外国人支援の今後について〜NPOの役割〜」と題して、東京都内でシンポジウムを開催した。
 そこで明らかになってきたことは、地域国際化の問題であるがゆえに、各地域ごとの対応に終始してしまい、同じような課題を抱えている地域やセクター間を超えたサービスやノウハウ等が普遍化されていないことであった。
 
多文化セミナリオ〜東海〜
フィールドワークで視察したブラジル人学校
 
「多文化セミナリオ」の実施と政策提言に向けて
 本財団では、在日外国人支援の課題の共有化と新しいプログラム、施策開発を目的として、連続スクール「多文化セミナリオ〜東海〜」を、外国人支援活動に取り組んでいるNPOと自治体、地域国際化協会のスタッフを対象に実施した。
 2001年、日系南米人が急増している静岡県浜松市で開催した「多文化セミナリオ」では、受講者が多くの議論を重ねた。そこで提案された活動プログラムは、その後の成果発表会「育てよう! 私たちの多文化共生社会」で発表され、多くの共感を得ることとなった。
 この「多文化セミナリオ」は、2002年度、舞台を愛知県に移し、NPOと自治体の協働を最大のテーマに掲げ、継続して実施している。
 また、外国人との共生については、先述の通り総合的な施策が必要不可欠となってきているため、本財団では学識者、NPO等と協力し、2002年3月に「外国人との共生に関する基本法案」策定委員会を発足させ、政策提言活動にも取り組み始めた。
 違った国籍、文化などを持つ人々が生活している現在の日本で、我々はどのような姿勢を持たなければならないのか。これらの取り組みは、共生の当事者である地域住民と、基本施策を決めている政府に対して、一つの道しるべを提示することをめざしている。
 
地域における外国人との共生を考えるセミナー
「多文化セミナリオ」



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