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平成18年函審第20号
件名

漁船第七十八栄保丸浸水事件

事件区分
浸水事件
言渡年月日
平成18年9月26日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(井上 卓,西山蒸一,堀川康基)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:第七十八栄保丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
主機,クラッチ,発電機,電動燃料移送ポンプ,雑用水ポンプ等に濡損

原因
機関室における漏水の有無の点検不十分

主文

 本件浸水は,機関室における漏水の有無の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年2月15日07時00分
 北海道久遠郡せたな町長磯漁港
 (北緯42度08.3分 東経139度55.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第七十八栄保丸
総トン数 19.88トン
全長 22.15メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第七十八栄保丸
 第七十八栄保丸(以下「栄保丸」という。)は,昭和53年5月に進水した,いか釣り漁に従事する一層甲板型のFRP製漁船で,船体中央部に上下二段からなる機関室を備え,上甲板の機関室囲壁左舷側に機関室上段に通じる出入口が設けられていた。
イ 機関室
 機関室は,船首尾方長さ約5メートル船横幅3.72メートル,下段床部から上段床部までの高さ約2.8メートルで,上段の機関室囲壁右舷側に主機の始動及び停止用の主機始動器盤が備えられ,下段中央に主機及び主機に接続された逆転減速機(以下「クラッチ」という。)とクラッチ上部にクラッチ潤滑油冷却器が,船底の機器取付け台上には,発電機4台,電動の燃料移送ポンプ,雑用水ポンプ及び空気圧縮機等がそれぞれ据え付けられ,後方のビルジ溜まりのビルジの水位を感知し,専用蓄電池を電源として自動運転するビルジポンプが装備されていた。
 そして,主機には,下段の右舷側に3個の潤滑油こし器,同左舷側前部に潤滑油補給口,同左舷側後部に油だめの潤滑油排出用ウイングポンプがそれぞれ備えられていた。
 機関室下段の通路は,主機の左舷側及び階段下には,網目鋼板製の床板が敷かれていたが,主機の右舷側には,床板がなく,階段下と右舷側ガーダ間を往来するとき,クラッチ潤滑油冷却器の右端を跨いで,右舷側のガーダ上に渡るようになっていた。
ウ 主機等の冷却海水系統
 主機等の冷却海水系統は,主機右舷方に備えた船体付海水吸入弁,海水こし器を介して,主機直結の冷却海水ポンプが海水を吸引し,加圧された海水が2系統に分岐し,一方が主機潤滑油冷却器及び清水冷却器を経て船外に排出され,他方がクラッチ潤滑油冷却器を冷却して船外排出されるようになっており,2系統の船外排出口には船外弁の備えはなかったが,排出口が常時海面上30センチメートル以上になるものであった。
 また,冷却海水系統のクラッチ潤滑油冷却器は,右舷側床上近くに同冷却器内の海水の凍結を防止するため,長さ数センチメートルのレバーハンドル付きの水抜きコックが備え付けられ,同コック出口に内径12ミリメートル長さ40センチメートルのビニール製ホースを取り付けて,同ホース端が機関室後部のビルジ溜まり上方に導かれて垂らされていた。

3 事実の経過
 栄保丸は,平成16年12月31日長磯漁港で水揚げを終え,翌17年3月末日までの休漁期間に入り,船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,同漁港岸壁に右舷付け係留されて無人となった。
 係留後,A受審人は,栄保丸にほぼ毎日赴き,船体及び機関等の整備を行っていたが,船を無人として離船するとき,1箇月以上の長期間無人とするとき以外には,船体付海水吸入弁を閉鎖する習慣がなかったが,機関室内のビルジの量や漏水の有無の点検は行っていた。
 同17年2月9日08時00分,A受審人は,機関整備の目的で1人で無人係留中の栄保丸を訪れ,集魚灯用の安定器の一部新替を行い,主機左舷側の潤滑油排出用ウイングポンプで主機クランク室下部の油だめ内の潤滑油約140リットルをくみ出して,新油を潤滑油補給口から入れる作業を行った。
 15時00分ごろ,A受審人は,潤滑油こし器整備のため,クラッチ潤滑油冷却器右舷端部を跨いで主機の右舷側に回ったとき,同冷却器の水抜きコックのレバーハンドルに靴かズボンの裾を引っ掛け,同コックが半開栓状態になり,海水がビルジ溜まりに流れ落ちる状態になったが,そのことに気付かなかった。
 15時30分ごろ,A受審人は,中段に上がり,主機始動器で主機を始動して試運転を行ったが,クラッチ潤滑油冷却器の水抜きコックからの漏水がビルジ溜まりに流れ落ちる音が,主機の運転音にかき消されて気付くことができず,15時30分ごろ主機を運転したまま機関室を出て甲板での作業に移った。
 そして,A受審人は,ハンドレールに足を掛けて操舵室上部の雪落とし作業を行っていたところ,足を滑らせて上甲板上に転落して右足膝部を強打し,激痛のため動けない状態となり,しばらくしてようやく機関室上段に入り主機を停止したが,下段に降りることができず,機関停止後の機関室のビルジ溜まり付近では,漏水していることが,漏水の滴下音等で判断できる状況であったものの,それに気付くことができないまま,再び栄保丸を無人として離船し,病院へ行き治療を受けて帰宅した。
 その後,自宅で療養中のA受審人は,乗組員の1人で,海技免許を受有する息子と同居していたことから,たびたび,息子を栄保丸に向かわせて雪下ろしを行わせていた。
 栄保丸の機関室内のビルジは,水抜きコックからの漏水により増加すると,自動運転のビルジポンプが始動して船外排出することが繰り返されていた。
 しかしながら,A受審人は,無人として係留中の栄保丸の機関室については,冷却海水系統の整備や操作を行っていないので異常はないものと思い,乗組員に指示して,ビルジ量を把握するとか,視覚・聴覚により,機関室における漏水の有無の点検を十分に行なうことなく,漏水が続いていることに気付かないままとなった。
 かくして,栄保丸は,ビルジポンプが自動運転により始動・停止を繰り返すうち,蓄電池の容量が低下して同ポンプが始動しなくなり,機関室のビルジが増加するままとなり,機関室が浸水した。
 2月15日A受審人は,足を負傷したのち初めて栄保丸を訪れ,機関室上段に入り,主機の始動操作を行ったところ,07時00分ポンモシリ岬灯台から真方位325度730メートルの地点で,フライホールが海水を巻き上げる異常な音により,主機据付け台から約1メートルの高さにまで海水面が達した機関室浸水を発見した。
 当時,天候は曇で風力3の北西風が吹き,漁港内の海面は穏やかであった。
 浸水の結果,栄保丸は,主機,クラッチ,発電機4台,電動の燃料移送ポンプ,雑用水ポンプ及び空気圧縮機等の濡損が判明し,主機,クラッチのフラッシング,発電機及び電動機の絶縁換装,新替等の整備が行われ,水抜きコックについては,再発防止のため取り外され,クラッチ潤滑油冷却器の水抜き孔にはプラグが施された。

(本件発生に至る事由)
1 船体付海水吸入弁を閉鎖する習慣がなかったこと
2 水抜きコックのレバーハンドルに靴かズボンの裾を引っ掛けるかして同コックが半開状態となったこと
3 2月9日船を無人とする際機関室の漏水の有無の点検ができなかったこと
4 機関室における漏水の有無の点検を十分に行わなかったこと
5 自動運転のビルジポンプが蓄電池の容量低下のため運転されなくなったこと

(原因の考察)
 本件は,係留中,船を無人として離れるとき,機関室海水系統の漏水防止措置がとられなくても,ビルジポンプが自動運転している数日間に,漏水の有無の点検を行なっておれば,容易に漏水が発見され,水抜きコックを閉鎖するのみで,浸水を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,離船時に,足の負傷により,通常の離船時に実施していた機関室内のビルジの量や漏水の有無の点検ができない状況であったのであるから,乗組員に指示するなどして,機関室における漏水の有無の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 船体付海水吸入弁を閉鎖する習慣がなかったことは,本件においては,水抜きコックを閉鎖するのみで漏水が止められたものであるから,本件発生の原因とするまでもない。しかしながら,海水系統の管やポンプ本体など,日頃点検できない箇所において,腐食破口が生じて漏水することがあるから,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 水抜きコックのレバーハンドルに靴かズボンの裾を引っ掛けるかして同コックが半開状態となったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,主機を停止して騒音がない状態の中では,同コックからの漏水がビルジ溜まりへの滴下音等により容易に判ったことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 自動運転のビルジポンプが蓄電池の容量低下のため運転されなくなったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,蓄電池は充電されることが条件で設置されているものであり,その認識で使用するものであるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件浸水は,船を無人として係留する際,機関室における漏水の有無の点検が不十分で,クラッチ潤滑油冷却器の水抜きコックから機関室への海水の漏洩が続いたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,船を無人として係留する場合,甲板上で足を負傷し,通常行っていた機関室内のビルジの量や漏水の有無の点検ができなかったのだから,乗組員で海技免許を受有する息子に指示するなどして,ビルジ量を把握するとか,視覚・聴覚により,機関室における漏水の有無の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,冷却海水系統の整備や操作を行っていないので異常はないものと思い,機関室における漏水の有無の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,クラッチ潤滑油冷却器の半開となった水抜きコックから機関室への海水の漏洩が続き,主機据付け台から約1メートルの高さに達する浸水となる事態を招き,主機,クラッチ,発電機,電動の燃料移送ポンプ,雑用水ポンプ及び空気圧縮機等を濡損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

  よって主文のとおり裁決する。





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