(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年10月18日00時10分
和歌山県樫野埼東方沖合
(北緯33度29.0分 東経136度00.5分)
2 船舶の要目
船種船名 |
油送船アステリックス |
総トン数 |
2,634トン |
全長 |
81.95メートル |
機関の種類 |
4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,573キロワット |
3 事実の経過
アステリックス(以下「ア号」という。)は,昭和58年11月にオランダ王国で竣工したのち,平成8年2月にB社が購入し,近海区域を航行区域とする,液化エチレン輸送に従事する船尾船橋型鋼製液化ガスばら積み船で,1箇月に1回大韓民国ウルサンで荷揚げする以外,主に京浜港川崎区を積地に,山口県徳山下松港を揚地とする航路に就航していた。
ア号の発電装置は,主機駆動の出力560キロワットの軸発電機(以下「軸発」という。)が1台,出力376キロワットの主発電機(以下「主発」という。)3台が,それぞれドイツ連邦共和国C社製のTBD604V8型と呼称する,出力450キロワット回転数毎分1,200の圧縮空気により始動されるディーゼル機関(以下「主発原動機」という。)で駆動されており,そのうち2台が機関室第二甲板相当の船尾側中央の右舷側に1号主発,左舷側に2号主発として設置され,残る3号主発と出力45キロワットの非常用発電機(以下「非発」という。)1台がセルモータ始動であるディーゼル機関(以下「非発原動機」という。)で駆動されるが,各々上甲板船尾の左舷側及び中央部のそれぞれ仕切られた3号主発室及び非発室に設置され,燃料常用タンクが各区画に設けられていた。
主発原動機始動用圧縮空気は,2台の空気圧縮機のうち1台を自動運転として,共通にしていた2個の容量250リットルの空気槽に充填され,エアホーンや制御空気系統にも使用されていた。また,同空気槽のほかに,3号主発原動機専用の非常用空気槽が3号主発室に装備されており,同室の手動式の非常用圧縮機で充填できるようになっていた。
空気圧縮機は,常時検出している空気槽圧力が20キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)で自動始動し,同圧力28キロで自動停止される自動運転モード,連続運転となる手動運転モード及び手動停止させる停止モードなどが切替えスイッチで選択できるが,同機は自動運転中でも同機クランクケースに3日毎に潤滑油消費分相当の新油を補給する必要があった。
ところで,A受審人は,昭和33年12月内航タンカーに機関員で乗船し,同52年12月甲種一等機関士(内燃)免許を取得したのち,自動車運搬船等に乗船し,平成3年7月B社に入社して各船に乗船し,同8年2月同社が購入したア号には,引取り時の回航から機関長で乗船していて機関の運転保守にあたっていた。
ア号の発電装置について,軸発は,航行速力に制限を受けるので,平素から使用しておらず,積地に向かう際,主発2台を並列運転し,冷却用エチレン30トンで輸送タンクを予め冷却するために消費電力200キロワットの再液化装置1台の運転と,それ以外の船内使用電力140キロワットとに対処し,また,揚地に向かう際,輸送するエチレンのために再液化装置2台を運転するので,主発3台の並列運転としていた。
ア号は,A受審人ほか13人が乗り組み,空倉のまま,船首3.35メートル船尾6.00メートルの喫水をもって,平成17年10月16日19時50分大分県大分港を発し,積地での荷役に備えて輸送タンク内圧力を0.1キロまで下げるために再液化装置2台を運転し,主発3台を並列運転する状態で,京浜港川崎区に向け航行中,翌17日23時30分当直交替前の機関室見回りを行っていた次直機関士から1号空気圧縮機のクランクケースの潤滑油がやや少ない旨の報告を受け,A受審人が当直機関士に自動運転中の同機に潤滑油の補給を指示したが,同機関士は,いったん停止モードとした同機の切替えスイッチを同作業終了後に,自動運転モードに戻しておくのを忘れ,以後,空気槽には圧縮空気が充填されない状況で当直を交替した。
18日00時05分3号主発原動機が,燃料流量計にごみをかみ込み同機の燃料供給が阻害されて異常停止したため,主発2台の並列運転に切り替わった。
当直機関士は,これまで機関長から,主発3台の並列運転中に1台が異常停止した際,発電機負荷を軽くするために消費電力の大きな再液化装置の運転を停止するよう指示されていたので,現場始動器盤で同装置を1台ずつ停止すべきところ,配電盤の元スイッチで同装置用電源を引き外し,同装置2台を一気に停止した。
このため,残る1,2号各主発原動機のガバナの燃料調節が同負荷変動に追いつかず,燃料噴射量を絞るのが遅れた1号主発原動機は燃料過多となって回転数が急上昇し,同機の過速度停止装置の作動により,また,2号主発原動機はガバナが燃料噴射量を鋭敏に絞り過ぎて燃料不足に陥り,いずれも異常停止するに至り,船内電源を喪失し,主機が停止した。
その直後,非発原動機が自動始動したものの,非発の自動電圧制御装置及び整流器が塩害等で不調となっていて発電できず,船内電源は喪失したままとなった。当時,空気槽の残圧力は22キロで,主発原動機の再始動が可能な圧力であったが,A受審人は,同機の異常停止原因を究明しないまま,当直機関士に1号主発原動機の再始動だけを指示していた。
こうして,ア号は,船内電源を喪失して空気槽に圧縮空気を充填できない状況で,主発原動機の異常停止原因がいずれも究明されないまま,1号主発原動機の始動操作が繰り返され,また,非常用空気圧縮機による手動での非常用空気槽への充填も3号主発原動機始動可能圧力になるまでには時間がかかり過ぎることから断念され,18日00時10分樫野埼灯台から真方位084度7.3海里の地点において,すべての空気槽の残圧力が著しく減少し,主発原動機がいずれも始動できない状況となり,運航不能に陥って漂流し始めたことから救援を依頼した。
当時,天候は曇で風力5の北東風が吹き,波高3メートルの波があった。
その結果,ア号は,来援したタグボートに曳航されて和歌山県串本港外に引き付けられたのち,本船乗組員により,タグボートが持参した移動式発電機を使用して空気圧縮機が運転され,空気槽に十分に充填されたのち,2号主発原動機が異常なく再始動できたほか,3号主発原動機の燃料流量計をバイパスし燃料系統のプライミングを行い,また,1号主発原動機が過速度停止装置をリセットしたことで,主発原動機が順次再始動されて船内電源が復旧された。
(海難の原因)
本件運航阻害は,大分港から京浜港川崎区に向けて樫野埼東方沖合を航行中,喪失した船内電源を復旧する際,主発原動機の異常停止原因を究明して同機を順次再始動するなど同電源の復旧措置に対する指示が不適切で,同機の異常停止原因がいずれも究明されないまま,始動操作が繰り返されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,大分港から京浜港川崎区に向けて樫野埼東方沖合を航行中,喪失した船内電源を復旧する場合,同電源を喪失していて空気槽に圧縮空気を充填できない状況であったから,同空気槽の残圧力を無駄に消費することがないよう,主発原動機の異常停止原因を究明して同機を順次再始動するなど同電源の復旧措置に対する指示を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,1号主発原動機の再始動を指示したので,すぐに船内電源は復旧できるものと思い,主発原動機の異常停止原因を究明して同機を順次再始動するなど同電源の復旧措置に対する指示を適切に行わなかった職務上の過失により,同機の異常停止原因を究明しないまま,始動操作を繰り返させ,空気槽の残圧力を著しく低下させる事態を招き,ア号を運航不能に陥らせた。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。