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平成18年横審第28号
件名

旅客船いなば2海苔養殖施設損傷事件
第二審請求者〔理事官 亀井龍雄〕

事件区分
施設等損傷事件
言渡年月日
平成18年7月28日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(清水正男,伊東由人,古川隆一)

理事官
亀井龍雄

受審人
A 職名:いなば2船長 海技免許:五級海技士(航海)(履歴限定)
指定海難関係人
B 職名:D社運航管理者
C 職名:D社運航管理補助者
補佐人
a,b(いずれもA受審人並びにB及びC両指定海難関係人選任)

損害
いなば2・・・プロペラ損傷
海苔養殖施設・・・海苔網等損傷

原因
いなば2・・・運航管理規程の遵守不十分(発航を中止しなかったこと),水路調査不十分
運航管理者・・・運航管理規程の遵守についての指導不十分,基準経路の変更を周知徹底しなかったこと
運航管理補助者・・・運航管理規程不遵守

主文

 本件海苔養殖施設損傷は,運航管理規程の遵守が不十分で,発航を中止しなかったばかりか,水路調査が十分でなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,運航管理規程の遵守についての指導を十分に行わなかったこと及び基準経路の変更を周知徹底しなかったことは,本件発生の原因となる。
 運航管理補助者が,運航管理規程を遵守しなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年12月3日19時20分
 伊勢湾東部
 (北緯34度53.5分 東経136度48.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船いなば2
総トン数 104トン
全長 23.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
(2)設備及び性能等
 いなば2は,平成9年4月に就航した軽合金製双胴旅客船で,船橋甲板の操舵室後部に28席の客室,上甲板に44席の客室が設けられ,航海速力は20ノットで,伊勢湾の遊覧を行っていた。

3 運航管理規程及び運航管理体制
 D社は,自社が運航する12隻の船舶のうち,いなば2及び交通船の運航業務を適正かつ円滑に処理するための責任体制及び業務実施の基準を明確にして輸送の安全を確保する目的で運航管理規程を定め,船長の職務権限に属する事項以外の船舶の運航の管理に関する統轄責任者として運航管理者を選任し,運航管理者代行が指名されていなかったものの,埠頭現業所の班長及び副班長の計9人を運航管理補助者として,運航管理者を含む10人で,午前と午後に分けた半日毎の当番制として運航管理に当たっていた。
 運航管理規程は,気象,海象の条件によって運航の中止の措置をとるべきことを定め,愛知県常滑港における発航の中止条件として,風速毎秒16メートル以上,波高1.0メートル以上,視程500メートル以下を運航基準に定めていた。

4 中部国際空港クルーズ
 D社は,平成9年3月新造のいなば2の所有者である財団法人E(平成15年3月所有者が財団法人Fに変更された。)と運航委託契約を結び,同船による伊勢湾の遊覧を開始した。同16年3月いなば2による建造中の中部国際空港(以下「空港」という。)を一周する不定期の中部国際空港クルーズ(以下「中空クルーズ」という。)を開始し,翌17年2月同空港が開港して空港内の見学が可能になったことから,3月から11月までの土曜日と日曜日に運航する定期の中空クルーズも開始した。
 中空クルーズは,三重県四日市港から空港の南側を経由して常滑港の同空港東側の桟橋(以下「空港桟橋」という。)に着桟して空港内見学の旅客を降ろし,見学終了後に旅客を収容して再度空港の南側を経由して帰航するものであったが,他の船舶と共用する空港桟橋が混雑する場合は,旅客を降ろしたのち対岸の常滑港新開ふ頭に回航して待機することとしていた。

5 常滑港北方海域の海苔養殖施設
 空港北側海域に当たる常滑港北方海域には,愛知県常滑市りんくう町,同多尾町等の海岸から沖合1海里ないし1.2海里の範囲に,8月15日から翌年5月15日までの間,G漁業協同組合が管理する海苔養殖施設が設置され,その周囲には浮標灯が設置されていた。また,海苔養殖施設の南端と空港北端との距離は約800メートルであった。
6 事実の経過
 いなば2は,A受審人ほか3人が乗り組み,不定期の中空クルーズ運航の目的で,旅客42人を乗せ,船首0.94メートル船尾2.01メートルの喫水をもって,平成17年12月3日13時15分四日市港を発し,常滑港の空港桟橋に向かった。
 出航に先立ちA受審人は,埠頭現業所に備えられていた海苔養殖施設の設置情報を調査するなど,空港周辺の水路調査を十分に行わず,秋から翌春までの間,空港北側海域に海苔養殖施設が設置されることは知っていたものの,同施設の正確な位置は知らなかった。
 B指定海難関係人は,運航管理者として運航管理に当たり,社内で定期的に安全に関する会議を開催し,安全を確保するための措置などを教育しており,定期の中空クルーズ開始に伴い,運航基準の見直しを行い,冬季に常滑港北方海域で海苔養殖を行うG漁業協同組合からの海苔養殖施設付近の航行自粛要請を受けて,定期及び不定期クルーズの往航及び復航共に基準経路を空港の南側を通る経路に変更した。定期の中空クルーズ開始に際しては,運航管理補助者及び乗組員に対し,説明会を催したものの,運航管理規程を遵守することについての指導を十分に行わず,また,同クルーズの開始に伴い変更した基準経路を記載した運航基準図をいなば2等に配布せず,基準経路を空港の南側を通る経路に変更したことを周知徹底しなかった。
 3日08時30分B指定海難関係人は,埠頭現業所で運航管理業務に当たり,親戚の通夜のために早退することとし,15時30分当番制で運航管理補助業務に当たっていたC指定海難関係人に業務を引き継いだ。
 14時15分A受審人は,空港桟橋に着桟して空港内見学のために旅客を降ろし,対岸の新開ふ頭に回航して待機したのち,再び空港桟橋に着桟して見学を終えた旅客を乗せ,15時45分離桟した。
 A受審人は,空港東側海域に至ったところ,基準経路付近に北西の強い風と波高1メートルの波浪があることを認め,船体の動揺が大きくなったことから針路を北に向け,空港の北側から伊勢湾に出ることが可能な状況であるかを見るために中部国際空港連絡道路橋(以下「連絡道路橋」という。)付近まで北上したところ,空港北側海域にも波高1メートルの波浪があることを認め,波高が運航基準の発航の中止条件に達していると判断して新開ふ頭に避難することとし,同橋の下を通過したのち反転して16時20分同ふ頭に入船左舷付けで係留した。
 A受審人は,無線電話で埠頭現業所のC指定海難関係人に常滑港の気象,海象の状況について連絡し,以後の運航について協議を行い,同指定海難関係人から風が少し収まってから空港の北側を通って伊勢湾に出るように指示を受け,また,18時ごろには風が弱まるとの気象情報を得て,18時00分まで荒天避泊することとし,その旨を船内放送で旅客に知らせ,ディナークルーズとして復路の伊勢湾において予定していた夕食を旅客に摂らせた。
 一方,C指定海難関係人は,A受審人から常滑港の気象,海象の状況について連絡を受け,以後の運航について協議を行った際,運航管理規程に定められた基準経路を遵守せず,風が少し収まってから空港の北側を通って伊勢湾に出るように指示したものであった。
 18時00分A受審人は,風の変化があまりないことから,C指定海難関係人に連絡をとり,伊勢湾を航行する僚船の気象情報なども得て出航時刻を30分延期し,更にその後30分延期することとし,その旨を旅客に知らせた。
 19時前A受審人は,いなば2に風向風速計が設備されていなかったものの,支柱に掲げた旗のなびき方などから風が弱まったことを認め,C指定海難関係人に19時00分に出航する旨を連絡した。
 A受審人は,船酔いのため陸路帰宅を申し出た旅客1人を降ろして19時00分新開ふ頭を離岸し,常滑港りんくう地区南防波堤灯台を右舷方に見て航過し,基準経路に沿って空港の南側を通るために左舵をとったところ,船体が大傾斜する大波を受け,左舵をとり続けるのが危険であることから右舵をとり,基準経路付近の波高が,依然,運航基準の発航の中止条件に達していることを認めたが,基準経路を外れるものの空港北側海域の波浪の状況によっては空港の北側を通って伊勢湾に出ることができると思い,また,C指定海難関係人から指示を受けていたこともあり,再度新開ふ頭で荒天避泊するなど運航管理規程を遵守して直ちに発航を中止することなく,空港北側海域の波浪の状況を見るために針路を北に転じた。
 19時08分A受審人は,鬼崎港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から180度(真方位,以下同じ。)1.8海里の地点に当たる連絡道路橋の下に達したとき,空港北側海域の波浪の波高が50センチメートル程度であることを認め,空港の北側を通って伊勢湾に出ることとし,針路を320度に定め,機関を極微速力にかけ,6.0ノットの対地速力で,操舵室中央の操縦席に腰を下ろして,手動操舵により進行した。
 A受審人は,水路調査を十分に行っていなかったので,海苔養殖施設に向かって進行していることに気付かず,19時16分半北防波堤灯台から206度1.25海里の地点に達したとき,操舵室の左舷側見張員から左舷方にブイがある旨の報告を受けて右舵をとった直後,右舷側見張員からも右舷方にブイがある旨の報告を受け,針路を両ブイの中間に向く351度に転じ,両ブイが海苔養殖施設の南端に設置された浮標灯であることにも気付かないまま,19時17分半両ブイを通過して同施設に侵入して続航し,19時20分わずか前舵が重くなったことを感じ,左舷側見張員から網がある旨の報告を受けて機関を中立とした。
 いなば2は,19時20分北防波堤灯台から218度1.0海里の地点において,海苔網等がプロペラに絡み航行不能となった。
 当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
 その結果,いなば2は,プロペラに損傷を生じ,海苔養殖施設は,海苔網等に損傷を生じたが,のちいずれも修理され,旅客及び乗組員は来援の船舶に救助された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,空港周辺の水路調査を十分行わなかったこと
2 B指定海難関係人が,運航管理補助者及び乗組員に対し,運航基準を遵守することについての指導を十分に行わなかったこと
3 B指定海難関係人が,運航管理補助者及び乗組員に対し,基準経路を空港の南側を通る経路に変更したことを周知徹底しなかったこと
4 C指定海難関係人が,A受審人に対し,空港の北側を通って伊勢湾に出るよう指示したこと
5 A受審人が,基準経路を外れるものの空港北側海域の波浪の状況によっては空港の北側を通って伊勢湾に出ることができると思ったこと
6 A受審人が,運航管理規程を遵守して発航を中止しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,運航管理規程を遵守して発航を中止し,また,水路調査を十分に行っていれば,発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,基準経路を外れるものの空港北側海域の波浪の状況によっては空港の北側を通って伊勢湾に出ることができると思い,新開ふ頭で荒天避泊するなど運航管理規程を遵守して直ちに発航を中止しなかったこと及び水路調査を十分に行わないまま空港の北側を通って伊勢湾に出ようとしたことは本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人が,運航管理補助者及び乗組員に対し,運航管理規程を遵守することについての指導を十分に行わなかったこと及び基準経路を空港の南側を通る経路に変更したことを周知徹底しなかったことは本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人が,運航管理規程に定められた基準経路を遵守せず,A受審人に対し,空港の北側を通って伊勢湾に出るように指示したことは本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件海苔養殖施設損傷は,夜間,愛知県常滑港北方海域において,荒天避泊の後に発航する際,運航管理規程の遵守が不十分で,発航を中止しなかったばかりか,水路調査が不十分で,海苔養殖施設に向かって進行したことによって発生したものである。
 運航管理者が,運航管理に当たり,運航管理補助者及び乗組員に対し,運航管理規程の遵守についての指導を十分に行わなかったこと及び基準経路を空港の南側を通るように変更したことを周知徹底しなかったことは本件発生の原因となる。
 運航管理補助者が,船長と運航について協議を行った際,運航管理規程に定められた基準経路を遵守せず,空港の北側を通って伊勢湾に出るよう指示したことは本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,夜間,愛知県常滑港北方海域において,荒天避泊の後に発航する際,基準経路付近の波高が運航管理規程の運航基準に定める発航の中止条件に達していることを認めた場合,再度新開ふ頭で荒天避泊するなど運航管理規程を遵守して直ちに発航を中止すべき注意義務があった。しかるに,同人は,基準経路を外れるものの空港北側海域の波浪の状況によっては空港の北側を通って伊勢湾に出ることができると思い,再度新開ふ頭で荒天避泊するなど運航管理規程を遵守して直ちに発航を中止しなかった職務上の過失により,水路調査を十分に行わないまま空港北側海域を北上し,同海域に設置された海苔養殖施設に向首進行して同施設への侵入を招き,いなば2のプロペラに損傷,海苔養殖施設の海苔網等に損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,運航管理者として運航管理に当たり,運航管理補助者及び乗組員に対し,運航管理規程の遵守についての指導を十分に行わなかったこと及び基準経路を空港の南側を通るように変更したことを周知徹底しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,本件後,運航管理規程の遵守及び輸送の安全確保に関する社内教育,事故訓練等を実施するなど再発防止措置を講じたこと並びに船舶所有者がいなば2を売船し,中部国際空港クルーズが廃止されたことに徴し,勧告しない。
 C指定海難関係人が,運航管理者補助者として運航管理補助業務に当たり,船長と運航について協議を行った際,運航管理規程に定められた基準経路を遵守せず,空港の北側を通って伊勢湾に出るように指示したことは本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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