(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月27日16時20分
京浜港東京区
(北緯35度37.5分 東経139度47.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船ありあけ |
総トン数 |
7,910トン |
全長 |
166.86メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
17,652キロワット |
(2)設備及び性能等
ア ありあけ
ありあけは,平成7年5月に進水した全通2層甲板型鋼製旅客船兼自動車航送船で,機関区域無人化船として2機2軸が装備されており,船体中央部船首寄りに船橋等が,その下方には上層から順に,客室や食堂等の甲板,3層からなる車両甲板が,車両甲板下層の船尾側に機関室上段が,及び二重底上部の船尾側に同室下段のほか燃料油タンク等がそれぞれ設けられていた。
イ 機関室
機関室は,上段の船尾右舷側に機関監視室が配置され,下段の船尾寄り左舷及び右舷に主機(以下「左舷機」及び「右舷機」という。)が据え付けられていた。左舷機及び右舷機の上方には,船首尾方向にレール4本が設置され,そのうち内側レール2本にチェーンブロックが,及び外側レール2本に電動ホイストが装備されており,チェーンブロック及び電動ホイストがいずれも各レールに沿って移動できるようになっていた。
ウ 主機
左舷機及び右舷機は,B社製造の16PC2-6V型と呼称される連続最大出力8,826キロワット同回転数毎分520の過給機付4サイクル16シリンダ・V形ディーゼル機関で,左舷シリンダ列の各シリンダに船尾側から1ないし8番の,右舷シリンダ列の各シリンダに船尾側から9ないし16番の順番号が付されており,左舷及び右舷シリンダ列に過給機及び空気冷却器がそれぞれ付設され,シリンダヘッドと空気冷却器との間にはシリンダごとのT字形鋼管を管フランジで結合した給気管が船首尾方向に取り付けられていた。
また,右舷機の7番シリンダ給気管は,重さ43キログラム,外径35センチメートル(cm),隣接する6番及び8番シリンダ給気管との各管フランジ間長さ73cmのもので,外径43cmの管フランジがボルト12本により,さらにシリンダヘッド給気ポートとの縦横各20cmの角形フランジが六角穴付ボルト4本により固定されていた。そして,7番シリンダ給気管周りは,各管フランジ外周部と機関室上段の床面とが,及び同管下部とその付近の燃料調整軸とがそれぞれ2cm隔てていた。
3 事実の経過
ありあけは,京浜港から鹿児島県の志布志港,名瀬港及び与論島を経て,那覇港に至る定期航路に就航しており,平成17年5月4日同港停泊時,C社から派遣された陸上整備員によって左舷機及び右舷機の給気管内部掃除等の定期整備が行われていた。
ところで,右舷機は,定期整備後に運転が続けられているうち,いつしか7番シリンダ給気管のシリンダヘッド給気ポートとの角形フランジ付近に亀裂が生じ,越えて7月上旬以降給気の漏洩が増加する状況となっていた。
ありあけは,A受審人及び三等機関士ほか20人が乗り組み,旅客103人及び運転手15人を乗せ,車両26台,シャーシ45台,コンテナ235個及び貨物1,553トンを積み,同年8月26日14時30分志布志港を発し,京浜港に向かい,船首5.30メートル船尾6.75メートルの喫水をもって,翌27日15時25分同港東京区東京10号地ふ頭A岸壁に入り船右舷付けで係留した。
係留後,A受審人は,いずれも主機の給気管の取り外し作業を度々経験している自ら,三等機関士及び操機長の3人で,右舷機の7番シリンダ給気管に生じていた亀裂箇所を溶接により修理することとし,機関長の了承を得たのち,15時40分機関監視室において同修理の手順を打ち合わせ,15時50分作業服,保護帽,保護靴及び軍手をそれぞれ着用した前示3人で同機の機側に赴き,同管の取り外し作業の指揮を執り,機関室の上段に操機長及び下段に同機関士を就かせ,自ら上段で同管中央部にワイヤスリングをたすき掛けとしてその上方にワイヤスリングを通し,同スリングとチェーンブロックのチェーンの延長用ワイヤスリング及び電動ホイストのチェーンの各先端とをY字形につって軽く張り,シリンダヘッド給気ポートとの角形フランジの六角穴付ボルト,さらに隣接する給気管との管フランジのボルトをすべて外した。
その後,A受審人は,機関室の下段で右舷機の7番シリンダ給気管周りが狭い作業環境下,6番シリンダ給気管側に自ら,及び8番シリンダ給気管側に三等機関士を立たせ,7番シリンダ給気管を取り外し,チェーンブロックのチェーン等と電動ホイストのチェーンでつって下ろす際,同管が突然動くことはないものと思い込み,ロープで引き寄せるなど,同管の取り外し作業における安全措置を十分にとることなく,操機長に連絡してチェーン等を小刻みに緩め,取り外した同管をシリンダヘッドから少しずつ離したのち,シリンダヘッド給気ポートとの角形フランジを燃料調整軸からかわすため,同管を手前に引き寄せようとし,左手に持った長さ120cm外径2.5cmのバールと称する鋼製棒を同管の下部に当てて動かしながら,右手の親指を除く指を6番シリンダ給気管との管フランジの内側に入れていた。
一方,三等機関士は,A受審人を補助し,右舷機の7番シリンダ給気管を手前に引き寄せようとし,左手の親指を除く指を8番シリンダ給気管との管フランジの内側に入れていた。
こうして,ありあけは,右舷機の7番シリンダ給気管のシリンダヘッド給気ポートとの角形フランジが燃料調整軸をかわったとき,たまたまチェーンブロックのチェーン等が電動ホイストのチェーンと比較して張っており,同管が斜め上方に引かれ,バールが同管の下部から外れて落下すると同時にシリンダヘッド給気ポートとの角形フランジが下がり,6番シリンダ給気管との管フランジが上下した反動で8番シリンダ給気管との管フランジが上下し,16時20分東京中央防波堤東灯台から真方位295度2.1海里の係留地点において,A受審人の右手の親指を除く指が6番シリンダ給気管の,三等機関士の左手の親指を除く指が8番シリンダ給気管の各管フランジ間でそれぞれ挟まれた。
当時,天候は晴で風力3の東南東風が吹き,港内は穏やかであった。
ありあけは,操機長が異状に気付いて機関室の下段に下りたところ,A受審人及び三等機関士の負傷を認め,補油作業に立ち会っていた機関長に報告し,機関監視室で衛生担当者による応急措置後,要請した救急車で負傷者を病院に搬送したのち,機関長が事後の措置をとった。
その結果,A受審人は2週間の加療を要する右手挫滅と,三等機関士は6週間の加療を要する左手第2中節骨開放骨折及び同手挫滅とそれぞれ診断された。また,右舷機の7番シリンダ給気管は,そのまま復旧され,のち亀裂箇所が合成樹脂と金属粉の混合剤で肉盛り補修された。
(本件発生に至る事由)
1 主機の給気管周りが狭い作業環境下にあったこと
2 A受審人が,給気管が突然動くことはないものと思い込み,ロープで引き寄せるなど,同管の取り外し作業における安全措置を十分にとっていなかったこと
3 A受審人が,手の指を給気管の管フランジの内側に入れたこと
4 三等機関士が,手の指を給気管の管フランジの内側に入れたこと
5 A受審人が,手の指を隣接する給気管の管フランジ間で挟まれたこと
6 三等機関士が,手の指を隣接する給気管の管フランジ間で挟まれたこと
(原因の考察)
本件は,一等機関士が,主機の給気管の取り外し作業の指揮を執り,給気管周りが狭い作業環境下,同管をチェーンブロックと電動ホイストでつって下ろす際,ロープで引き寄せるなど,同管の取り外し作業における安全措置を十分にとっていたなら,自ら及び三等機関士がいずれも手の指を管フランジの内側に入れることが回避され,指を隣接する給気管の管フランジ間で挟まれる事態に至らず,発生を防止することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,給気管が突然動くことはないものと思い込み,ロープで引き寄せるなど,同管の取り外し作業における安全措置を十分にとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,主機の給気管周りが狭い作業環境下,給気管をチェーンブロックと電動ホイストでつって下ろす際,同管の取り外し作業における安全措置が不十分で,乗組員が手の指を管フランジの内側に入れて隣接する給気管の管フランジ間で挟まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の給気管の取り外し作業の指揮を執り,給気管周りが狭い作業環境下,同管をチェーンブロックと電動ホイストでつって下ろす場合,同管の動きによって手の指を挟まれないよう,ロープで引き寄せるなど,取り外し作業における安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかし,同人は,給気管が突然動くことはないものと思い込み,同管の取り外し作業における安全措置を十分にとっていなかった職務上の過失により,自ら及び三等機関士がいずれも手の指を管フランジの内側に入れて隣接する給気管の管フランジ間で挟まれる事態を招き,自らが2週間の加療を要する右手挫滅を負い,三等機関士に6週間の加療を要する左手第2中節骨開放骨折及び同手挫滅を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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