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平成17年広審第127号
件名

漁船伊佐丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年9月13日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(島 友二郎,内山欽郎,野村昌志)

理事官
古城達也

受審人
A 職名:伊佐丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a

損害
乗組員が外傷性ショックにより死亡

原因
高波が甲板上に打ち込んで船体が大傾斜したこと

主文

 本件乗組員死亡は,突然出現した高波が,甲板上に打ち込んで船体が大傾斜し,乗組員が海中転落したことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月9日10時05分
 愛媛県二神島東岸沖合
 (北緯33度56.2分 東経132度33.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船伊佐丸
総トン数 1.1トン
全長 7.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 20
(2)設備及び性能等
 伊佐丸は,平成11年5月に進水した,無蓋のFRP製漁船で,船首部に揚網用ローラー,船体中央部やや後方に操舵区画,同区画前部に機関室囲壁がそれぞれ設置されていた。前部甲板は,長さ約2.7メートル(m)幅約2.0mで,後端に長さ56センチメートル(cm)幅46cmの生け簀ハッチが設けられ,床面からブルワーク上端までの高さが前部で41cm,後部で34cmであった。
(3)積載物の状況
 本件時は,刺網を収納した長さ80cm幅56cm深さ38cmのプラスチック製かごが,前部甲板の後部及び後部甲板に2個ずつ,空の同かごが,生け簀ハッチ上に重ねて2個,魚を取り外していない刺網2統が,前部甲板右舷側にそれぞれ置かれていた。
(4)乾舷等
 本件時は,水面からブルワーク上端までの乾舷は,船首部では50cm,中央部では41cm,船尾部では66cmで,船体の横傾斜はなかった。

3 操業方法等
 伊佐丸の行う刺網漁は,大潮の前後を除いて,月に20日間ほど出漁するもので,二神島及び横島周辺沿岸の水深10mばかりのところ数箇所に,幅約2m長さ約200mのナイロン製の刺網を仕掛け,翌朝船首部のローラーを使用して揚網し,主にメバルなどを漁獲していた。

4 事実の経過
 伊佐丸は,A受審人が妻と2人で乗り組み,揚網の目的で,船首0.2m船尾0.4mの喫水をもって,平成16年12月9日06時30分愛媛県二神漁港を発し,前示漁場に向かった。
 A受審人は,06時40分漁場に到着して揚網を開始し,その後,4箇所に仕掛けた刺網を順次揚げ,メバル約6キログラムを漁獲して操業を終え,10時03分半二神島ハッシ鼻南方の112m三角点(以下「基点」という。)から150度(真方位,以下同じ。)500mの地点を発進して,帰途に就いた。
 発進に際し,A受審人は,出港時の凪であった海象状況と比べ,やや北東風が強まり沖合に白波が立つのを散見したものの,特に海象の悪化は認められなかったので,これまで10年以上付近海域を航行した経験から,特に不安を感じることなく,平素のとおり,乗組員を前部甲板左舷前方にいす代わりに置いた直径34cm高さ20cmの円柱状の発泡スチロール製の浮子に船尾方を向いて座らせ,自らは舵輪後方に立って操船にあたった。
 A受審人は,機関を全速力前進の回転数毎分3,500にかけて13.0ノットの対地速力とし,二神島東岸の海岸線に沿って,その沖合約20mを反時計回りに進行中,10時05分わずか前船首が335度を向いたとき,突然正船首方至近に高波が出現し,船首を越えた青波が甲板上に打ち込んで船体が右舷側に大傾斜し,10時05分基点から071度450mの地点において,浮子に座っていた乗組員が,浸入した青波により右舷側に流され,海中に転落してプロペラに接触した。
 当時,天候は晴で風力3の東北東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
 A受審人は,直ちに機関を停止し,船尾至近に浮上した乗組員を認めたが1人では収容できなかったので,僚船の来援を待って二神漁港に運び,救急艇で愛媛県中島の病院に搬送したものの,乗組員は,外傷性ショックによる死亡が確認された。

(本件発生に至る事由)
1 乗組員が,前部甲板の左舷前方で,発泡スチロール製の浮子をいす代わりにして,船尾方を向いて座っていたこと
2 13.0ノットの速力で二神島の沖合約20mを海岸線に沿って航行していたこと
3 突然正船首方至近に高波が出現し,甲板上に打ち込んだこと
4 A受審人が,過去に青波が打ち込むほどの高波に遭遇した経験がなかったこと
5 船体が右舷側に大傾斜したこと
6 乗組員が海中転落したこと
7 乗組員がプロペラに接触したこと

(原因の考察)
 本件は,二神島東岸沖合を航行中,突然正船首方至近に高波が出現し,甲板上に青波が打ち込んで船体が右舷側に大傾斜し,前部甲板に座っていた乗組員が海中転落したことにより発生したものである。
 したがって,突然正船首方至近に高波が出現し,甲板上に青波が打ち込んだこと,船体が右舷側に大傾斜したこと,前部甲板に座っていた乗組員が海中転落したこと,及び同乗組員がプロペラに接触したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,漁場を発進する際,高波の出現を予測し,乗組員を後部甲板に移動させるなどして,海中転落防止措置をとっていれば,また,高波出現後,同波を回避していれば,本件発生はなかったものと認められる。
 したがって,同受審人にその原因を求めるためには,高波の出現を予測できたか否か,また,高波の出現後,青波の打ち込みを防ぐため,高波を回避することができたかどうかについて,検討されなければならない。
 本件時,A受審人は,漁場を発進するにあたり,出港時の凪であった海象状況と比べ,やや北東風が強まり沖合に白波が立つのを散見したものの,特に海象の悪化は認められず,過去10年以上の付近海域の航行経験から,同様の状況で,過去に青波が打ち込むほどの高波に遭遇した経験はなく,このような高波の出現を予測することはできなかったものと認められる。
 また,高波は突然正船首方至近に出現したものであったから,操舵や機関の使用により,高波を回避することは困難であったものと認められる。
 したがって,A受審人が,漁場を発進する際,高波の出現を予測できず,乗組員を後部甲板に移動させるなどして,海中転落防止措置をとらなかったこと,及び高波を回避しなかったことは,本件発生の原因とするまでもない。
 13.0ノットの速力で,二神島の沖合約20mを海岸線に沿って航行したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,原因とはならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,愛媛県二神島東岸沖合において,突然正船首方至近に出現した高波が,甲板上に打ち込んで船体が右舷側に大傾斜し,乗組員が海中転落したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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