(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月16日21時10分
パラオ諸島北方沖合
(北緯09度33分 東経134度51分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第七十八光洋丸 |
総トン数 |
349トン |
全長 |
63.51メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,912キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第七十八光洋丸
第七十八光洋丸(以下「光洋丸」という。)は,平成3年5月に進水した,かつお及びまぐろ漁を行う大中型まき網漁業に従事する全通二層甲板の船首船橋型鋼製漁船で,上下2段の機関室を有し,上段機関室前部には機関監視室が設けられ,下段機関室中央に主機を据え付け,上段及び下段の各機関室後部には魚倉用冷凍装置関連機器類が設置されていた。
船楼甲板下の機関室後方には,船首側より順に7番から11番までの魚倉(以下「上側魚倉群」という。)が配置され,船首尾方中央の通路を挟んで右舷側及び左舷側の各魚倉に区画され,上甲板下の機関室後方には,船首側より順に1番から6番までの魚倉(以下「下側魚倉群」という。)が配置され,軸室を挟んで右舷側及び左舷側の各魚倉に区画されていて,各魚倉天井部には漁獲物の搬入・搬出用のハッチが設けられていた。
イ 冷凍装置
冷凍装置は,C社が組立及び納入したもので,1台あたり最大95冷凍トンの能力を有する高速多気筒型の2段圧縮機5台を適宜に運転し,圧縮された冷媒(R22)が,2基の凝縮器で液化され,2基の受液器等を経て,膨張弁で膨張されて低温のガス状態で,1基あたりの冷却面積が114.8平方メートルの海水やブラインを冷却するブライン冷却器4基や各魚倉内の呼び径32ミリメートル(以下「ミリ」という。)の圧力配管用炭素鋼鋼管製冷却管群等を冷却し,ヘッダーから圧縮機に戻り,循環するようになっていた。
ウ ブライン
ブラインは,海水に塩化ナトリウムを加えて塩分濃度がボーメ度25として凝固点を下げた,漁獲物をマイナス20度(摂氏度,以下同じ。)まで冷却するための二次冷却剤で,光洋丸では40日程度の航海ごとに新しくしており,漁獲物に影響を与えないよう腐食防止剤は投入されておらず,4番両舷魚倉で合計150トン保管するようにしていた。各魚倉には呼び径150ミリの配管用炭素鋼鋼管製のブライン注入管及び同吸入管を通してブラインポンプによりブライン冷却器経由のブラインの注入,排出ができるようになっていた。
エ 漁獲物の冷凍及び保管手順について
漁獲物の冷凍は,船楼甲板中央の開放できる穴から,搬入先の魚倉ハッチまで延伸することができるシューターで,下側魚倉群中の漁獲物が搬入された魚倉には,ブライン冷却器を経由して0度程度に冷却された海水がブラインポンプで満たされ,循環し,同魚倉内の漁獲物が予冷される。
その後,同魚倉から同海水を抜き取り,4番魚倉からブラインポンプで吸引され,ブライン冷却器を経由してマイナス20度程度に冷却されたブラインが,各魚倉内の天井に取り付けられているブライン注入管の数箇所の散布口から散布されつつ,ブライン吸入管から吸入ストレーナを経て,ブラインポンプにより吸引・循環され,冷却が完了すれば,同ブラインは4番魚倉に戻される。
次に,マイナス20度となった漁獲物は,冷却管群に直接冷媒を循環させてマイナス45度前後に冷却されている上側魚倉群に順次移送されて冷凍保管されるが,操業に応じて漁獲物が増え,上側魚倉群が満杯になると,下側魚倉群も冷却管に冷媒を通して冷凍保管魚倉に切り替えて,最終的には4番魚倉もブラインを船外に廃棄して冷凍保管魚倉に切り替えるようにしていた。
オ 5番左舷魚倉
5番左舷魚倉は,概略寸法が長さ4.7メートル幅4.9メートル天井までの高さ3.1メートルで,床面を除く5面の壁面に冷却管群が配管され,ブライン注入管が,船首壁面上部の横に延びている本管から2本の枝管が天井面の左舷側と中央をそれぞれ船尾方向に魚倉中央付近まで延びていて,各々に3箇所と本管右舷側の1箇所にブライン散布口が取り付けられており,ブライン吸入管が,右舷船首側底部隅に設けられていた吸入ストレーナの内と外とに2本配管されていて,平素は,同ストレーナ経由のブライン吸入管を使用してブラインに混入している魚のうろこやひれなどを吸い込まないようにしていた。
また,右舷及び船尾の側壁面のハッチ枠に沿う位置には,冷却管群への漁獲物等の接触防止及び同管群の発錆を遅らせるために先行して発錆する,概略寸法が幅150ミリ長さ2.3メートルの薄板鋼板がそれぞれの壁面にほぼ均等な間隔で,各々5枚及び6枚の合計11枚が取り付けられていたが,いずれも全面に発錆及び腐食が進展しており,冷却管群にも多数発錆箇所があり,ブラインの注入管及び吸入管に至っては,塗装膜が剥がれ落ち,全体に亘って発錆と腐食が進行していた。
カ 5番左舷魚倉ハッチについて
5番左舷魚倉ハッチは,上甲板中央通路寄りにある同魚倉唯一の開口部で,1辺176センチメートル(以下「センチ」という。)の正方形をなすアルミ製の蓋で,ヒンジや締付ボルトはなく,同開口部の縁部に設けられた高さ38センチのコーミング枠上に被せかけられていた。
ハッチの開閉は,同ハッチ外舷側の1辺を支点に,同ハッチ中央通路寄りの取っ手と左舷側壁面上部の取っ手とに架け渡したロープを2,3人で引くことにより行われていた。
また,同ハッチには中央通路寄りに魚倉内に海水やブラインの水準等を目視点検するための,1辺の長さ47センチの正方形型の点検孔が開けられていて,同孔にはアルミ製蓋がヒンジで取り付けられており,外側に開くことができるが,同孔に人が立ち入ることができないような柵等は取り付けられていなかったので,乗組員が魚倉内壁面の冷却管群を梯子代わりにして同孔から魚倉内に出入りすることもできた。
キ 5番左舷魚倉冷却管群の整備について
魚倉内冷却管群は,5ないし7年で新替えしており,5番左舷魚倉については,平成11年1月入渠時に実施され,その後,同13年8月に同管群の発錆箇所の錆打ち,錆止め塗装等を行って以降,同整備は行われていなかった。また,船内作業としての冷却管群等の発錆部の錆打ちやタッチアップは,剥がれ落ちるペイント片で吸入ストレーナが詰まったことがあったので,15年ほど前から実施していなかった。
ク 機関部当直体制及び安全管理体制
機関部は,D機関長ほか職員3人,機関員4人(うち,ミクロネシア国籍1人,インドネシア国籍2人)の合計8人で,乗船して3航海目のまだ新人のインドネシア国籍E機関員は,D機関長が指導を兼ねて一緒に2人当直していたが,そのほかの6人は単独で,航海中及び操業中を問わず3時間交替での機関室当直を実施していた。
ケ 光洋丸の安全管理体制
光洋丸の安全管理体制としては,機関部が魚倉の実務管理を担当しており,漁獲物の搬入魚倉の決定や冷却・冷凍等はすべて機関長が担当していたが,各部安全担当者には,機関部が一等機関士を,甲板部が一等航海士をそれぞれ選出していて,A受審人が安全及び衛生に関する事項を統括管理し,関係者間の調整を行っていた。
3 事実の経過
光洋丸は,静岡県焼津港若しくは鹿児島県山川漁港を水揚げ港として,中西部太平洋ミクロネシア連邦周辺海域を主な漁場に,毎日早朝から夕方まで操業し,年間7航海をこなしながら周年操業を行っており,A受審人ほか外国人7人(ミクロネシア国籍4人,インドネシア国籍3人)を含む21人が乗り組み,船首4.0メートル船尾6.2メートルの喫水をもって,平成16年7月26日15時00分焼津港を発し,ミクロネシア連邦周辺海域の漁場に達して操業を続けていた。
8月4日からはしけ続きで,操業ができず,漁獲高は300トンの半載程度になって,5番左舷魚倉は空倉のままであった。
12日正午,5番左舷魚倉は,ほかの魚倉の漁獲物の都合で,一旦30トンばかりのブラインが移送され,すぐに抜き出され,その際,同ブラインの状況確認のために,点検孔が15分間前後開放されたが,空気が入れ替わるまでもなく同孔は閉鎖されていた。
同日以降もしけが続いて操業ができず,5番左舷魚倉は,ハッチや点検孔が閉鎖されており,空気が外気と入れ替わらないまま,室温が30度近い状況で,右舷側側壁面上部とブライン注入管との間に挟まれ,取り残されていたかつお1本が腐り始め異臭を放つとともに,海水やブライン等の塩分でブライン吸入管や冷却管群等は発錆及び腐食が著しく進行している状況下,酸素欠乏(以下「酸欠」という。)状態となっていた。
ところで,A受審人は,船長として船内における安全及び衛生に関する事項を統括管理していて,乗組員に魚倉内作業を行わせる際,入室前に,移動式送風機を使用して換気を励行したうえ,酸素濃度計で内部の酸素濃度を測定して安全を確認するよう指示していなかったものの,平素,ハッチを開放しての自然換気だけで,これまで酸欠による死亡事例がなかったことや,会社側からも安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育が十分に行われていなかったことから,同作業に対して,同人を含めた乗組員は安全担当者を初めとして何らの支障も感じることなく,昼間に,甲板部機関部合同の12,3人の人数で魚倉内作業を実施していた。
16日18/21時直のD機関長と一緒に機関室当直に就いていたE機関員が船内巡視の途次,5番左舷魚倉内の状況を点検孔から目視したところ,魚の血液で床面等が汚れ,ブライン吸入管のストレーナ付近には同血液等で汚損された残留水があって,これらを掃除しようとしたものか,通路上に移動式排水ポンプを準備したうえ,デッキブラシを持って点検孔から冷却管群を梯子代わりにして入った。
その後,同巡視からなかなか戻らないE機関員が気になったD機関長が,5番左舷魚倉内に昏倒している同人を発見して,ハッチを開放するなど酸欠に対する何らの措置もとらないまま,同人救助のために点検孔から同魚倉内に立ち入った。
このとき,A受審人は,船橋で操船にあたっていて,魚倉内掃除等の連絡がなかったし,平素,魚倉内に入るのは昼間だけと決めていたので,機関当直者が夜間単独で点検孔から魚倉内に入ることや,機関長が同人救助のために単独で,同孔から入ることは考えもしなかった。
こうして,光洋丸は,パラオ諸島北方沖合を航行中,平成16年8月16日21時10分北緯09度33分 東経134度51分の地点において,21/24直の機関室当直の機関員が前直者が不在であることに不審を抱いて船内巡視を行い,5番左舷魚倉の点検孔が開いていたので,中を覗きこんだところ,D機関長及びE機関員の2人が昏倒しているのを発見し,その旨A受審人に報告した。
当時,天候は曇で,風力5の南南西風が吹き,海上には白波及びうねりがあった。
その結果,A受審人は,インマルサットのリストで連絡が取れた日本国内の医者の助言を受けて救命措置を施しながら,最寄りのミクロネシア連邦ヤップ島コロニア港に向かったが,現地の医師により,D機関長及びE機関員の窒息による死亡が確認された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,乗組員に魚倉内での作業を行わせる際,入室前に,移動式送風機を使用して換気を励行したうえ,酸素濃度計で魚倉内の酸素濃度を測定して安全を確認するよう指示していなかったこと
2 指定海難関係人B社が,安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていなかったこと
3 5番左舷魚倉内が,酸欠状態となっていたこと
4 5番左舷魚倉内に,E機関員が単独で点検孔から入り,その後,昏倒している同機関員を発見してD機関長が,救助するために,ハッチを開放するなど酸欠に対する何らの措置もとらないまま,同孔から立ち入ったこと
(原因の考察)
本件乗組員死亡は,パラオ諸島北方沖合を航行中,海水やブラインが繰り返し満たされ,内部の配管等が発錆し,腐食が進行している状況で,ハッチ等を長く閉鎖していた同魚倉の点検を行う際,魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成が不十分で,酸欠状態に陥っていた魚倉内に,機関員が単独で点検孔から入り,その後,昏倒している同人を発見した機関長が,救助するために,ハッチを開放するなど酸欠に対する何らの措置もとらないまま,同孔から立ち入ったことによって発生したものであるが,船舶所有者である水産業者が,安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていたなら,点検孔から単独で魚倉内に立ち入ることなく,ハッチを開放し,魚倉内の換気を十分に行うなどして,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,船舶所有者である水産業者が,安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,乗組員に魚倉内での作業を行わせる際,入室前に,移動式送風機を使用して換気を励行したうえ,酸素濃度計で魚倉内の酸素濃度を測定して安全を確認するよう指示していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,点検孔から酸欠のおそれのある魚倉内に立ち入ることの危険性に対して明確な禁止若しくは防止する措置が取られていなかったものの,これまで,ハッチを開放して魚倉内作業にかかっている状況で酸欠による死亡事例がなかったこと,機関当直者が夜間当直中に魚倉内の掃除等の作業を単独で行うことがなかったこと,及び本件時,A受審人が同作業の連絡を受けていなかったことなどから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
しかしながら,これは,指定海難関係人B社が安全操業手引書の各船配布だけで十分とは考えていなかったものの,国内港帰港時に行う訪船指導の際,魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性について十分に言及していなかったこと,少なくとも各船の安全担当者に対して「酸欠危険作業及び安全担当者講習会」を受講させるなどの措置がとられていなかったことなど,同社が安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていなかったことの証左であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は,パラオ諸島北方沖合を航行中,海水やブラインが繰り返し満たされ,魚倉内部の配管等の発錆及び腐食が著しく進行している状況下,ハッチや点検孔が長く閉鎖されていた同魚倉の点検を行う際,魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成が不十分で,機関員が単独で点検孔から酸欠状態の魚倉内に入り,その後,同魚倉内で昏倒している同人を発見して機関長がハッチを開放するなど酸欠に対する何らの措置もとらないまま,点検孔から同魚倉内に立ち入ったことによって発生したものである。
船舶所有者である水産業者が,安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
指定海難関係人B社が,安全担当者を通して魚倉の酸欠のおそれ及びその危険性に対する乗組員の共通認識の醸成を図る安全教育を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
指定海難関係人B社に対しては,本件後,魚倉に入る前にはバラスト又はブラインを魚倉に満水した後,空気を吸わせながら排水するか送風機等で換気を行い,酸素濃度計で酸素濃度を測定してから入ることや単独行動は決して行わないことなどを徹底させ,魚倉の点検孔に柵を施し,同孔から魚倉内に立ち入ることができないようにするなどの再発防止策をとった点に徴し,勧告しない。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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