日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成18年仙審第4号
件名

漁船第五十三寳洋丸乗組員行方不明事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年9月28日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(弓田邦雄,供田仁男,小寺俊秋)

理事官
寺戸和夫

受審人
A 職名:第五十三寳洋丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第五十三寳洋丸漁ろう長
補佐人
a(受審人A及び指定海難関係人B選任)

損害
甲板員が行方不明

原因
作業の安全措置不十分

主文

 本件乗組員行方不明は,揚縄終了後,漁獲物の取り込み口を閉鎖する際,作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月22日14時50分
 ミッドウェー諸島北方沖合
 (北緯34度35.0分 西経175度37.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第五十三寳洋丸
総トン数 147トン
全長 38.01メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 536キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第五十三寳洋丸
 第五十三寳洋丸(以下「寳洋丸」という。)は,平成4年6月に進水した,はえ縄漁業に従事する長船尾楼型鋼製漁船で,同船尾楼上の船橋甲板前端の船体中央に船橋を有し,同船尾楼が船首方から居住区,漁具置き場,投縄区画と,その下の上甲板上が船首方から餌・氷庫,居住区とそれぞれなっており,船橋前面から船首楼後端までは約14メートルで,上甲板には約40センチメートル(以下「センチ」という。)の高さに木板が敷き詰められ,揚縄中の作業区画(以下「前部甲板」という。)となっていた。
 前部甲板は,右舷側の前部にラインホーラ,中ほどにブランリール,後部に漁獲物の取り込み口(以下「舷門」という。),左舷側に枝縄送りベルトコンベア,幹縄送りパイプがそれぞれあって,右舷側から漁獲物を揚収し,左舷側から漁具を船尾の同置き場に送り出すようになっていた。
イ 舷門
 舷門は,高さ約1.6メートルのブルワークが一部切り開けられた,長さ約1.2メートル高さ約1メートルの開口で,その下端から約20センチ下が前部甲板となっており,揚縄終了後,差し板を舷門両端の溝部に装着し,海水の打込みや海中転落を防止するようになっていた。
 なお,舷門に接して,前部甲板からの高さが約70センチの引き戸式の開閉装置(以下「引き戸」という。)が設けられ,揚縄時に舷門から海水が打ち込むときなど,適宜引き戸を閉め,漁獲物を取り込むときと舷門を閉鎖するときに開けるようになっていた。
ウ 差し板及び舷門への装着方法
 差し板は,高さ約0.5メートル厚さ約2.5センチの上下2枚に分かれた鋼製で,重さはそれぞれ約25キログラムあり,波浪の衝撃に耐えるものであった。
 差し板の舷門への装着方法は,側面両側に取り付けられた2個の取っ手を2人がそれぞれ両手でつかんで持ち上げ,舷門の上部から1枚ずつ溝部に装着するものであった。

3 事実の経過
 寳洋丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほかインドネシア国籍の研修生(以下「インドネシア人」という。)3人を含む13人が乗り組み,操業の目的で,船首2.0メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,平成16年5月3日11時00分(日本標準時,以下同じ。)宮城県気仙沼港を発し,同月9日ミッドウェー諸島西北西方沖合の漁場に至って操業を始め,その後漁場を移動しながら操業を繰り返した。
 寳洋丸の操業形態は,太平洋北西海域で1航海40日前後のさめを主体としたはえ縄漁に従事し,4ないし4時間半かけて投縄したのち3ないし4時間漂泊後,8ないし10時間かけて揚縄するもので,ほぼ一日に一回の投揚縄を行っていた。
 揚縄作業中,A受審人は,B指定海難関係人が投縄終了後,揚縄開始時にかけて休息しているので,最初の3時間ばかり船橋で単独で操船して指揮を執り,その後同人と交替して前部甲板に赴き,船尾に配置された一人以外の乗組員が,ラインホーラ,ブランリール,漁獲物の取込み,ベルトコンベアなどの各作業にそれぞれ順繰りで当たり,揚縄終了後の舷門閉鎖作業は全員で行っているなか,それらの作業に当たっていた。
 ところで,A受審人は,甲板作業中には作業用救命衣を着用するよう,B指定海難関係人とともに指導し,揚縄作業中はこれが守られていたものの,平素から揚縄が終わればほとんどの乗組員が同救命衣を脱ぎ,同救命衣を着用しないまま,舷門の閉鎖作業を行っているのを認めていたが,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,甲板作業が終了するまで同救命衣を着用するよう,乗組員に強く指示していなかった。
 また,A受審人は,重い差し板を2人がかりで持ち上げて舷門に装着する際,船体の動揺により,身体のバランスを失って海中転落するおそれがあったが,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,舷門に保護索を張り渡すなど,同転落を防止する措置をとっていなかった。
 越えて,同月22日14時45分寳洋丸は,11回目の揚縄を終え,船体の動揺を軽減するため,船首を風に立てて微速力で前進し,船体が縦揺れするとともに横揺れが混じる状況下,後片付け作業に入った。
 B指定海難関係人は,船橋で操船に当たり,前面の窓越しに同作業を見ているとき,作業用救命衣を脱いだ乗組員が2枚の差し板を船首楼倉庫から運び出すのを認め,同救命衣を着用しないまま,舷門の閉鎖作業を行うことを認めたが,作業に危険を感じるほどの波高ではないので大丈夫と思い,同作業を行う乗組員に同救命衣を着用するよう指示することなく,また,舷門に保護索を張り渡すなど,海中転落を防止する措置をとらなかった。
 こうして,寳洋丸は,カッパ上下,ヘルメット,ゴム長靴及び軍手を着用し,作業用救命衣未着用の甲板員C及び同じく未着用のインドネシア人が,舷外を見て船尾側と船首側に舷門に接して立ち,両人がそれぞれ取っ手を両手でつかんで一枚目の差し板を持ち上げ,舷門の上から溝部に装着しようとしていたところ,14時50分北緯34度35.0分西経175度37.0分の地点において,右舷側に大きく動揺したとき,両人が身体のバランスを失って,差し板をつかんだまま,舷門から海中に転落した。
 当時,天候は曇で風力5の西風が吹き,海上はやや波が高かった。
 B指定海難関係人は,海中転落を目撃し,直ちに救命浮環や浮き玉を投入させ,両人の救助作業に当たった。
 A受審人は,前部甲板の左舷側で右舷側に背を向けて漁具のもつれを解いているとき,背後の騒ぎ声で本件発生を知り,両人の救助作業に当たった。
 この結果,インドネシア人は救助されたが,C甲板員は浮き玉につかまっていたものの,力尽きて水中に没し,来援した僚船やアメリカ合衆国沿岸警備隊による捜索も及ばず,行方不明となり,のち死亡と認定された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,甲板作業が終了するまで作業用救命衣を着用するよう,乗組員に強く指示していなかったこと
2 A受審人が,舷門を閉鎖する際,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,舷門に保護索を張り渡すなど,海中転落防止措置を十分にとっていなかったこと
3 B指定海難関係人が,作業に危険を感じるほどの波高ではないので大丈夫と思い,舷門の閉鎖作業を行う乗組員に作業用救命衣を着用するよう指示しなかったこと
4 B指定海難関係人が,舷門を閉鎖する際,作業に危険を感じるほどの波高ではないので大丈夫と思い,舷門に保護索を張り渡すなど,海中転落防止措置を十分にとらなかったこと
5 大きく横揺れしたとき,舷門の閉鎖作業を行っていた乗組員が身体のバランスを失い,舷門から海中に転落したこと

(原因の考察)
 本件は,揚縄終了後も,作業用救命衣を着用して舷門の閉鎖作業を行っていれば,万一海中に転落しても救助されたものである。
 したがって,舷門を閉鎖する際,作業の安全措置が不十分であったこと,すなわち,A受審人が,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,船員労働の安全管理者として,甲板作業が終了するまで作業用救命衣を着用するよう,乗組員に強く指示していなかったこと及びB指定海難関係人が,作業に危険を感じるほどの波高ではないので大丈夫と思い,漁ろう作業の指揮者として,舷門の閉鎖作業を行う乗組員に同救命衣を着用するよう指示しなかったことは,それぞれ本件発生の原因となる。
 また,海中転落のおそれがある舷門の閉鎖作業において,同転落を防止するため,保護索を張り渡すなどしていれば,大きく横揺れしたとき,同作業を行っていた乗組員が身体のバランスを失っても,舷門から同転落することはなかったものである。
 したがって,舷門を閉鎖する際,作業の安全措置が不十分であったこと,すなわち,A受審人が,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,舷門に保護索を張り渡すなど,海中転落の防止措置を十分にとっていなかったこと及びB指定海難関係人が,作業に危険を感じるほどの波高ではないので大丈夫と思い,同措置を十分にとらなかったことは,それぞれ本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件乗組員行方不明は,はえ縄漁において揚縄終了後,舷門を閉鎖する際,作業の安全措置が不十分で,折からの海況により船体が大きく横揺れしたとき,差し板を舷門に装着しようとしていた乗組員が,身体のバランスを失って海中転落し,水中に没したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,揚縄終了後,平素からほとんどの乗組員が作業用救命衣を脱ぎ,同救命衣を着用しないまま,舷門の閉鎖作業を行っているのを認めていた場合,甲板作業が終了するまで同救命衣を着用するよう強く指示するとともに,海中転落を防止するため,舷門に保護索を張り渡すなど,作業の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,今まで特に問題がなかったので大丈夫と思い,作業の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,折からの海況により船体が大きく横揺れしたとき,差し板を舷門に装着しようとしていた2人の乗組員が,身体のバランスを失って海中に転落し,1人が水中に没する事態を招き,行方不明となるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,揚縄終了後の後片付け作業中,作業用救命衣を脱いだ乗組員が舷門の閉鎖作業を行おうとしているのを船橋から認めた際,同救命衣を着用するよう指示せず,かつ,舷門に保護索を張り渡すなどせず,作業の安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対して勧告しないが,今後海中転落のおそれがある甲板作業中,漁ろう作業の指揮者として,作業の安全に十分努めなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION