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平成18年門審第22号
件名

遊漁船勇照丸釣客死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年8月25日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(向山裕則,安藤周二,小金沢重充)

理事官
蓮池 力

受審人
A 職名:勇照丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a,b,c,d

損害
釣客1人が溺死

原因
釣客に対する安全措置不十分,救命胴衣未着用

主文

 本件釣客死亡は,釣客に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 釣客が,救命胴衣を着用していなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年4月7日09時10分
 宮崎県戸崎鼻東方沖合
 (北緯31度46.9分 東経131度33.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 遊漁船勇照丸
総トン数 4.8トン
全長 13.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 253キロワット
(2)設備及び性能等
 勇照丸は,平成7年に進水したFRP製小型遊漁兼用船で,全通甲板中央部船尾寄り下方に機関室,同室上方にキャビン及び操舵室が設けられ,船首部に船首マスト,ハンドレール及び錨等,操舵室に後部マスト等並びに同室前後部各甲板上に物入れや生け間用蓋がそれぞれ備えられていた。
 操舵室は,長さ2メートル(m)幅1.3mの囲壁で囲まれ,後部に操舵室入口,前後部及び左右に窓が設けられ,右側に背凭(もた)れ付き操縦席,その前方に舵輪,レーダー,GPSプロッター及び魚群探知機,右舷端に機関遠隔操縦装置がそれぞれ置かれていた。
 操舵室入口は,引き戸で,その外側に「利用者の皆様へ」と題する乗船時における救命胴衣の着用などの遵守事項が掲示されていた。
 後部甲板は,操舵室入口から船尾端までが3.6mで,船尾端から1.1m前方の左右ブルワーク間に幅30センチメートル(cm)の渡し板が架けられ,ブルワーク高さは渡し板から前方操舵室前面までが90cm,その後方船尾端までが57cmとなっていた。
 なお,ひも付き救命浮環が操舵室入口手前の左舷囲壁に備えられており,トイレを設けていなかった。

3 事実の経過
(1)業務規程
 業務規程には,船長は遊漁中の利用者の安全確保を図ることのほか,海上警報が発令されたとき,又は自らの経験に基づき気象海象の状況が悪化して利用者が危険になると予測するときをそれぞれ帰航基準と定められていた。
(2)小戸ノ瀬
 小戸ノ瀬は,宮崎県戸崎鼻東方約4海里に位置する南北1海里東西0.5海里の底質岩水深20m以下の楕円状海域で,その南端付近に存在する水深2.8mの暗岩を中心とする海域が通称黄金瀬と呼ばれ,めじな,いさき等がよく釣れる場所として知られていた。黄金瀬の水深状況は,暗岩を中心として,南北800m東西300mの部分が水深10m以下,その内側南北300m東西200mの部分が水深5m以下となっていた。
 また,黄金瀬は,周辺海域が徐々に深くなっていて,浅海効果によって同瀬に寄せる波浪の波長が短くなり高起しやすい海域であった。
(3)A受審人の黄金瀬における錨泊経験
 A受審人は,黄金瀬で何回となく自ら釣りをするほか,遊漁を行っていたので,同瀬の状況についてはよく把握しており,また,平成10年ころ同瀬で錨泊して遊漁中,高起したうねりの来襲を受ける経験があった。
(4)発生に至る経緯
 勇照丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣客Bを乗せ,遊漁の目的で,船首0.6m船尾1.5mの喫水をもって,平成17年4月7日06時25分宮崎港を発し,黄金瀬に向かった。
 ところで,前日6日18時ころA受審人は,B釣客から乗船の申込みを受け,18時40分テレビの天候雨及び波高約2mの予報を見て,海上警報が発令されていないことを確認した。
 また,B釣客は,釣具店の店長職に就いており,釣り情報に詳しく,約10年前から年に3回ほどの頻度で勇照丸に乗船していたほか,他の遊漁船でも主に黄金瀬で釣りを行っており,今回の遊漁では同瀬に行くことをA受審人に要望していたものであった。
 B釣客は,釣竿(ざお)1本及びクーラー等を持参し,帽子を被(かぶ)り,長靴を履き,上下防寒着の上に自らの救命胴衣を着用していた。
 A受審人は,南方からの波高約2mのうねりを受けながら南東進して黄金瀬に近づき,南方に向首して錨泊する遊漁船C丸の西方に投錨することとし,07時00分戸崎鼻灯台から092度(真方位,以下同じ。)6,930mとなる水深約5m底質岩の地点において,船首から約15キログラムの4爪錨を投下し,根掛かりしないよう錨から10mのところに浮きを付けた直径18ミリメートル(mm)の化学繊維製錨索30mを延出して船首部タツに固縛した。
 勇照丸は,機関を停止し,操舵室入口の引き戸を開けたまま,折からの風及びうねりに立って南方を向き,釣り位置の水深が約3mとなり,暗岩が後方約6mのところに存在することとなった。また,しばらくすると,遊漁船D丸がC丸の東方に錨泊した。
 このころ,風力3の南風が吹き,南から寄せる波高約2.5mのうねりがあった。
 B釣客は,渡し板と船尾端間の左舷側に立って船尾方を向き,撒き餌(まきえ)をしながら,錘(おもり)を付けずに浮きを付けた釣竿を手に持って釣りをしていたが,ときには渡し板に座ったり,釣れた魚を持って渡し板を跨(また)いで後部甲板上の生け間用蓋を開けて同魚を投げ入れたりしていた。
 A受審人は,専ら操縦席に座って前方を向く姿勢で,時々B釣客を見ていたところ,浮きが真後ろに流れて同釣客の背中を見ることが多く,よく釣れていたこともあって,同釣客が操舵室に入ることも,会話することもほとんどなかった。
 08時半ころ降雨があり,B釣客は,救命胴衣を脱いで,合羽を着けたが,再び救命胴衣を着用しなかった。
 そして,西風に変わるとともに風力が増し,南へ向かう下げ潮流も強くなったことから釣り位置が移動して水深が深まり,08時50分B釣客が「魚が見えなくなった。」と言ったのを聞いたA受審人は,釣り位置を以前のような水深状態とするため,機関をかけて錨を曳(ひ)いたまま北西方向に約50m前進し,08時55分戸崎鼻灯台から092度6,890mの地点に再錨泊し,水深及び暗岩との相対位置関係が元の状態となった。
 また,C丸及びD丸は,勇照丸と同じように転錨し,勇照丸の南方に位置することになった。
 転錨ののち,勇照丸は,西風,南南西方に流れる潮流及び南方から寄せるうねりによって西方に向首することになり,黄金瀬が前示海域であることに加え,潮流とうねりが逆方向で,寄せる波浪がさらに高起しやすい状況となったうえ,左舷正横からうねりを受けていた。
 A受審人は,渡し板後方ブルワークが大人のほぼ膝(ひざ)の高さであったので,高起した波浪に乗って船体が大きく動揺すると,立って釣りをしているB釣客がバランスを失い落水するおそれがあったが,同釣客は勇照丸及び黄金瀬での釣りに慣れているから落水することはあるまいと思い,座らせたり,渡し板の前方に移動させたりしたうえ,救命胴衣の着用を確かめるなど,同釣客に対する安全措置を十分にとらなかった。
 09時10分少し前A受審人は,操縦席に座っていたところ,左舷正横から高起したうねりが寄せ,それに乗った船体が大きく動揺したので,窓を手で押さえるなどして体勢を保持したが,B釣客は,09時10分前示錨泊地点で,バランスを失い落水した。
 当時,天候は曇で風力4の西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,潮流は南南西に流れ,南方から波高約3m周期約6秒のうねりがあった。
 A受審人は,B釣客の落水に気付いたC丸釣客の大声を聞いて後方を振り返ると,釣竿を持ったまま救助を求めているB釣客に気付き,備付けのフックを伸ばしたが同釣客に届かず,右舷船尾から徐々に離れる状況であったので,機関を始動して後退して再びフックで引き上げを試みたが,1人では果たせなかった。
 B釣客は,接近したD丸船長,同船釣客2人及びC丸から移乗した釣客によって,09時20分ころD丸甲板に引き上げられ,人工呼吸処置を施されながら宮崎県青島漁港に至り,救急車に引き渡されて病院に搬送された。
 その結果,B釣客は,溺死と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 勇照丸
(1)正横からうねりを受ける状況下,高起したうねりに乗った船体が大きく動揺したこと
(2)渡し板後方ブルワークが大人のほぼ膝の高さであったこと

2 A受審人
 B釣客は勇照丸及び黄金瀬での釣りに慣れているから落水することはあるまいと思い,釣客に対する安全措置を十分にとらなかったこと

3 B釣客
(1)救命胴衣を着用していなかったこと
(2)渡し板と船尾端間の左舷側に立って釣りをしていたこと
(3)バランスを失い落水したこと

4 環境
(1)黄金瀬が寄せる波浪が高起しやすい海域であったこと
(2)うねりと潮流が逆方向であったこと

(原因の考察)
 本件は,錨泊して遊漁中,正横からうねりを受ける状況下,高起したうねりに乗った船体が大きく動揺し,釣客がバランスを失い落水して溺死するに至ったものである。
 船体が大きく動揺すると,渡し板と船尾端間の左舷側に立って釣りをしている釣客はバランスを失い落水するおそれがあったから,船長が,釣客を座らせたり,渡し板の前方に移動させたりしたうえ,救命胴衣の着用を確認するなど,釣客に対する安全措置を十分にとっていれば,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,B釣客は勇照丸及び黄金瀬での釣りに慣れているから落水することはあるまいと思い,釣客に対する安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B釣客は,バランスを失い落水したとき,救命胴衣を着用していたなら,勇照丸のほか付近に錨泊する遊漁船2隻によって救助されたと認められる。
 したがって,B釣客が,救命胴衣を着用していなかったことは,本件発生の原因となる。
 渡し板後方ブルワークが大人のほぼ膝の高さであったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは運航及び遊漁の都合などを考慮してハンドレール増設などが検討される事項である。
 黄金瀬が寄せる波浪が高起しやすい海域であったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,当時海上警報が発令されておらず,付近に遊漁船2隻が安全に錨泊していたことを考え合わせ,原因とするまでもない。
 うねりと潮流が逆方向であったことは,当時波浪が高起しやすい状況となっていたが,この状況を正確に予測することは困難なことであるので,原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件釣客死亡は,宮崎県戸崎鼻東方の黄金瀬において,錨泊して遊漁中,正横からうねりを受ける状況下,釣客に対する安全措置が不十分で,高起したうねりに乗った船体が大きく動揺し,釣客がバランスを失い落水したことによって発生したものである。
 釣客が,救命胴衣を着用していなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人の所為)
 A受審人は,宮崎県戸崎鼻東方の黄金瀬において,正横からうねりを受ける状況下,錨泊して遊漁を行う場合,同瀬は寄せる波浪が高起しやすい海域であり,船体が大きく動揺して釣客が落水するおそれがあったから,座らせたり,渡し板の前方に移動させたりしたうえ,救命胴衣の着用を確かめるなど,釣客に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,釣客は勇照丸及び黄金瀬での釣りに慣れているから落水することはあるまいと思い,釣客に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,高起したうねりに乗った船体が大きく動揺し,渡し板と船尾端間の左舷側に立って釣りをしていた釣客がバランスを失い落水して溺死するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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