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平成18年神審第42号
件名

漁船第百八若潮丸乗組員行方不明事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年8月31日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(横須賀勇一,雲林院信行,濱本 宏)

理事官
阿部能正

受審人
A 職名:第百八若潮丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
B 職名:第百八若潮丸漁労長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
甲板員が行方不明,のち死亡認定

原因
原因不明

主文

 本件乗組員行方不明は,遠洋まぐろ延縄漁業の揚縄中に乗組員が漁具格納庫へ向かったまま,行方不明となったものであるが,その原因を明らかにすることはできない。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月10日22時10分
 南インド洋
 (南緯42度19.0分 東経52度58.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第百八若潮丸
総トン数 499トン
全長 61.79メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
(2)設備及び性能等
 第百八若潮丸(以下「若潮丸」という。)は,平成7年9月に進水した,遠洋まぐろ延縄漁業に従事する船体中央に船橋,その前面に凹甲板を有する長船尾楼構造の鋼製漁船で,南インド洋において1日1回投縄及び揚縄を繰り返していた。
 揚縄作業が行われる凹甲板は,両舷が高さ1.5メートルのブルワークで囲まれ,その右舷側には,前から幹縄を引き揚げるラインホーラ及び漁獲物を取り込むための長さ1.5メートルの舷門が配置され,右舷船尾側には長船尾楼甲板に上がる階段があり,凹甲板の左舷側には,舷側に沿って長船尾楼甲板に上がって漁具格納庫の左舷側搬入口に至る幅0.6メートル長さ35メートルのベルトコンベアが設置されていた。
 長船尾楼甲板は,長さ36メートルで,前から長さ22メートルの船員居住区画を配置し,周囲を囲むように通路が設けられ,両舷側の通路はブルワークを有し,その区画内の後方から4メートルには,機関室囲壁を囲んで便所,浴室が設けられ,通路を挟んで同区画後方は,順に長さ3メートルの幹縄収納庫及び長さ3.5メートルの漁具格納庫が配置され,船尾端が長さ3メートルの船尾甲板となっていた。
 漁具格納庫は,両舷及び船尾方に開口部があり,高さ0.2メートル,長さ1.1メートルの仕切り板を甲板上から重ねることで閉鎖でき,左舷側は,凹甲板からのベルトコンベアの終点で,漁具搬入口となり,揚縄時は,右舷側及び船尾側は仕切り板でほとんど閉鎖されていた。
 投縄作業が行われる船尾甲板には,漁具格納庫の船尾側開口部である漁具搬出口から船尾端中央左舷寄りのブルワークトップレールに掛けられた幅0.6メートル長さ4メートルのステンレス製枠のベルトコンベア(以下「船尾コンベア」という。)が,甲板上高さ1.5メートルに設置され,その下は人の通行が可能であったが,揚縄時は,翌日の投縄のえさ缶を甲板上に出していたので通行することができなかった。
 一方,船尾コンベアを乗り越えることは,ステンレス製枠に足を掛けるため滑りやすく海中転落の危険があった。

3 操業模様について
(1)まぐろ延縄漁法
 若潮丸のまぐろ延縄漁法は,長さ136キロメートルの幹縄に,40メートル間隔に長さ10センチメートルの釣針の付いた枝縄及び400メートル間隔に直径35センチメートルのプラスチック製浮玉の付いた浮縄を結び付けてほぼ一直線に投縄するもので,漂流して4時間ほど休息した後,凹甲板のラインホーラによって幹縄を回収するもので,延縄の方向が常に船首右舷50度となるように針路を保って3ノットの速力で進行しながら,毎分190メートルの速度で幹縄を揚げ,その場で,枝縄,浮玉等を外して漁獲するものであった。
(2)投縄作業
 投縄作業は,幹縄収納庫から導かれた幹縄に,船尾コンベアの甲板上高さ約30センチメートルの台に作業員が立って,えさを付けた長さ38メートルの枝縄及び長さ15メートルの浮縄等を取付けるもので,6人1組の3交替で行い,投縄に要する時間は約6時間であった。
(3)揚縄作業
 揚縄作業は,全員で行い,揚縄に要する時間は約12時間で,作業指揮を漁労長と船長が交替で行い,二等航海士が操船にあたり,凹甲板では,ラインホーラを操作する作業員が1人,幹縄から枝縄を外す作業員が1人,外した枝縄をコイルして籠に入れる作業員が6人,及び左舷側のベルトコンベアによって搬送して浮玉や籠を漁具格納庫に整理する作業員が1人,計9人が1組となって輪番で行い,休憩も兼ねて2時間に1回の割で漁具格納庫を整理する番に当たるようにしていた。
 漁具格納庫を整理する作業員は,凹甲板から浮玉5個又は枝縄の籠1箱をベルトコンベアで搬送して漁具格納庫に整理し,これ自体は2ないし3分間で終了するもので,ついでに用を足すなどして長くても10分ほどで凹甲板に戻ることになっていた。

4 事実の経過
 若潮丸は,A受審人及びB受審人ほか10人が乗り組み,まぐろ延縄漁の目的で,船首3.0メートル船尾4.8メートルの喫水をもって,平成16年3月3日13時00分(日本標準時,以下同じ。)静岡県焼津港を発し,同月14日インドネシア共和国バリ島沖合において同国人甲板員8人を乗り組ませたのち,同日08時30分南インド洋の漁場に向かい,同27日10時34分アフリカ南端から南東方約700海里の漁場に至り,操業を開始した。
 ところで,甲板員Cは,平成16年3月に高等学校を卒業後,初めての航海で,若潮丸に乗船後は,船員居住区の左舷側一番前の甲板員二人部屋が与えられ,上司やインドネシア人との関係もよく,明るく精神面や健康面について問題はなく,上司の指導もよく守っていた。
 また,A船長は,船舶所有者から安全担当者として選任され,所定の救命胴衣及び作業用救命衣を備え,海中転落の防止教育を行い,海上経験が少ないC甲板員に対しては海中転落の危険のない作業を行わせていたことから,作業用救命衣を使用するよう指示しなかった。
 B漁労長は,作業指揮者としてC甲板員に海中転落の防止について指導を行い,漁具格納庫の整理を1人で行わせることとし,漁具格納庫の整理は,海中転落の危険がなかったので,C甲板員に対して作業用救命衣を使用するよう指示しなかった。
 こうして,若潮丸は,5月10日11時10分南緯41度40.5分 東経52度30.8分の地点において,第37回目の投縄を開始して南下し,15時50分南緯42度18.6分 東経53度01.1分の地点に達したとき,投縄を終え,漂泊して休息をとった後,20時00分南北方向に投入した幹縄が右舷船首約50度方向となるよう針路を310度(真方位,以下同じ。)に定め,3.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)として揚縄を開始し,適宜漁獲状況により速力を増減しながら進行した。
 C甲板員は,安全帽,長靴及び厚手の徳利セーターのうえにクレモナ製の合羽上下を着用し,作業用救命衣を使用しないで,揚縄の開始とともに凹甲板で外された枝縄をコイルして籠に詰める作業に従事し,22時00分ごろ幹縄が約12.0キロメートル及び浮玉30個が揚がり,すでに25個の浮玉及び枝縄を詰め終えた籠は漁具格納庫に整理済みであったので,ベルトコンベアで運ばれた未整理の5個の浮玉を整理する順番となり,1人で漁具格納庫に向かったが,22時10分南緯42度19.0分 東経52度58.0分の地点において,誰も気付かないまま,行方不明となった。
 当時,天候は曇で,風力3の西南西風が吹き,海面は穏やかで船体動揺もほとんどなく,水温は摂氏13度で東南東に流れる3ノットの海流があった。
 22時15分作業指揮に当たっていたA受審人は,C甲板員が船尾甲板での漁具格納庫の整理から戻ってこない旨の報告を受け,直ちに船内の捜索を行ったが見つけられず,海中転落したと判断し,海流を考慮して揚縄進路を逆行し,捜索を開始した。
 また,捜索本部が,D組合に設けられ,同本部の指示により,付近で操業中の僚船3隻が捜索に加わり,同月13日まで捜索が継続されたが,C甲板員を発見できず,のち死亡と認定された。

(本件発生に至る事由)
1 C甲板員が,作業用救命衣を使用していなかったこと
2 船尾甲板船尾端に設置された船尾コンベア下の通路を確保しておかなかったこと
3 C甲板員が,揚縄中,浮玉を整理するために凹甲板から漁具格納庫に向かったまま,行方不明となったこと

(原因の考察)
 本件乗組員行方不明は,南インド洋において,遠洋まぐろ延縄漁の揚縄中,乗組員が揚収した漁具を格納するため凹甲板から漁具格納庫に向かったまま,行方不明となったもので,船内を捜索した結果,発見できなかったことから,海中転落したと推認される。
 転落場所については,船尾甲板船尾端のブルワークトップレールに架けられた船尾コンベア付近で海中転落したものと推測することができるので,この点について検討する。
1 C甲板員は,行方不明になる前,漁具格納庫の左舷側にベルトコンベアによって搬送した浮玉5個を漁具格納庫に整理するため凹甲板を離れたことについては,事実認定したとおりである。
2 C甲板員は,初めての航海とはいえ,すでに36回の操業を経験しており,漁具格納庫及び船尾甲板において一方の舷から他方の舷に行けないことを,同人も十分に承知していたことから,漁具格納庫で浮玉の整理を行うために左舷側の漁具搬入口へ行くには,左舷側通路から行くのが自然であった。
3 凹甲板から漁具格納庫までの経路については,2の点を踏まえて,通常使用される経路は,右舷船尾側の階段から長船尾楼甲板に上がり,船員居住区画の前か後ろの通路から左舷側通路を通行して漁具格納庫左舷側の漁具搬入口へ向かい,用便の必要があれば,船員居住区画のトイレに立ち寄ることができた。つまり,C甲板員は,漁具整理の目的から左舷側通路から漁具格納庫の左舷側に向かったものと推認できる。しかしながら,途中の経路については,明らかにすることができない。
4 C甲板員が,漁具格納庫の左舷搬入口に到達して漁具整理をしたかどうかについては,ベルトコンベアで搬送された5個の浮玉の格納状態を確認していないので,明らかにすることができない。
5 C甲板員が,船尾コンベアを乗り越えたかどうかについては,乗船当初,A受審人及びB受審人が船尾コンベアの上に乗ると,海中転落の危険があるので,乗らないよう注意をしており,C甲板員が船尾コンベアを乗り越えるところを一度も見たことがなく,日頃からB受審人の指導をよく守っていたことと,乗り越えた痕跡が認められなかったことから,これを明らかにすることができない。
6 海中転落の場所について,当時,A受審人及び操船者が船橋から船首方を見ており,凹甲板には作業員が居たので,船橋から前方で海中転落したことは考えられない。
 一方,長船尾楼甲板上の両舷通路は,甲板上高さ1.5メートルのブルワークが全面にあり,長船尾楼甲板の中間から船尾側はブルワーク上の開口部に波よけのためのスクリーンが張られ,転落の危険は全くなく,唯一船尾コンベアが設置された船尾端が投縄のため開放されていた。
 航海船橋甲板は,長船尾楼甲板の一つ上にあり,同甲板通路の3箇所から直接上がることができるが,周囲には甲板上高さ1.5メートルのハンドレールが張り巡らされており,当時,海上も穏やかで,大舵による船体動揺もなかったことから,動揺による海中転落は考えられない。
7 C甲板員の体調については,インドネシア人を含め船内の人間関係も良く,悩みもなく,良好であった。
 以上検討した結果から,海中転落の場所を推定すると,船尾甲板船尾端のブルワークを越えたか,航海船橋甲板のハンドレールを越えたかして海中転落したとしか考えられない。
 また,C甲板員の当時の休憩を兼ねた行動目的から,具体的転落状況を考えると,船尾コンベアを乗り越えようとして足を滑らせ,海中転落して行方不明になったものと推測することもできる。
 しかしながら,C甲板員がトイレに急いでいたとしても,左右どちらの舷からも簡単に行くことができ,A受審人やB受審人の注意を守るC甲板員が,船尾コンベアを乗り越える理由がなく,乗り越えた痕跡もないことから,船尾甲板から転落したことを証拠立てるものがないので,これを断定することはできない。
 船尾コンベア下の通路を確保しておかなかったことは,C甲板員が,海中転落したことは推認されるが,転落場所を特定することができず,船尾コンベアを乗り越えたという推測も,これを断定するまでには至らず,転落場所を明らかにできないので,これは本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。
 しかしながら,船尾コンベア下の通路を確保しておかなかったことは,仮に船尾コンベア付近からの転落を想定したとき,船尾コンベア下の通路が確保されていれば,船尾コンベアを乗り越える必要がなくなるので,海難防止の観点から是正されるべきである。
 C甲板員が作業用救命衣を使用していなかったことについては,船尾甲板は,周囲がブルワークに囲まれ,通常の作業では転落の可能性はなく,また,凹甲板でも舷門付近以外は転落の可能性がないので,このことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。
 しかしながら,長年の経験から熟練者にとっては作業用救命衣の使用に対して違和感があるというが,作業用救命衣はあくまでも予期しない危険から命を守る最後の手段であり,緊急時の命綱と心得て,海上に浮かぶ船舶の特殊な環境の中で,甲板上の作業を行う場合,作業用救命衣を使用するよう是正されるべきである。

(海難の原因)
 本件乗組員行方不明は,南インド洋において,遠洋まぐろ延縄の揚縄作業中に,乗組員が浮玉を格納するため凹甲板から船尾甲板にある漁具格納庫へ向かったまま,行方不明となったもので,海中転落したものと推定することはできるが,転落場所を特定することはできず,その原因を明らかにすることはできない。

(受審人の所為)
 A及びB両受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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