(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年6月4日16時21分
京浜港横浜区
(北緯35度23.2分 東経139度38.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船川葉丸 |
総トン数 |
942.53トン |
全長 |
65.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,029キロワット |
(2)設備及び性能等
川葉丸は,昭和46年7月静岡県で進水し,平水区域を航行区域とする船首船橋型貨物船で,専ら千葉港から京浜港横浜区への鋼材輸送に従事していた。
船体は,一層甲板型で,上甲板に鋼材などを積むようになっており,同甲板前部の上には,上から順にコンパス甲板,シェード甲板及びB甲板を備え,シェード甲板に操舵室が,B甲板に係留設備がそれぞれ設置されていた。
上甲板は,上部を鋼甲板で,左右両側を鋼壁で囲まれ,前部にバウドアー,中央部に荷役作業用の門形クレーン1台を備え,中央部に幅2.5メートル長さ11.2メートルのトレーラーを2列に並べて合計8台を,左右両舷側に鋼板コイル各470トンをそれぞれ積むことができ,荷役を行う際にはバウドアーを上方に開き,岸壁から船首にとったランプウエイを経由してトレーラーや鋼板コイルの揚げ降ろしを行うようになっていた。
船首部の係留作業を行うB甲板は,船首側の幅が12.5メートル船尾側の幅が15.5メートルで前後方向の長さが6.0メートルの台形状をしており,両舷船首端に縦型ローラー3個から成るフェアリーダが1個ずつ取り付けられ,中央部に係留索を巻き込むドラム(以下「ドラム」という。)付きのウインチが左舷正横から少し船尾方を向いた状態で,また船体中央から両舷各約4メートルのところにドラム及びワーピングエンド付きのウインドラス各1台(以下,右舷側のウインドラスを「右舷機」,左舷側のウインドラスを「左舷機」という。)が正船首から少し舷側方向を向いた状態でそれぞれ設置され,ウインチ,各ウインドラスともにオートテンションになっており,オートテンション用の荷重計がウインチ,各ウインドラスそれぞれの前方に備えられていた。
荷重計は,縦型ローラー3個及び横型ローラー1個から成っていて,係留索にかかる荷重を測定する装置で,川葉丸には就航後しばらくして取り付けられた。
操舵室は,シェード甲板の前部に設置され,その前方に見張りの妨げとなる構造物がなく,同室前部中央部に舵輪が,左舷側に機関操縦装置が,右舷側にレーダー1台が,右舷後部に海図台がそれぞれ備えられていた。
3 係留方法及び係留索
係留方法は,川葉丸が千葉港及び京浜港横浜区の,いずれもコの字形の専用岸壁に船首を付けた入船左舷係留で,船首部では右舷機及び左舷機から前方の岸壁のビットにヘッドライン各1本(以下,右舷側のヘッドラインを「右舷索」,左舷側のヘッドラインを「左舷索」という。)を,ウインチから左舷方の岸壁のビットにスプリング1本を,船尾部では左舷方の岸壁のビットにスプリング2本及びブレストライン1本を取っていた。
係留索は,いずれも直径55ミリメートル長さ80メートルの合成繊維製索で,先端1.2メートルの部分がビットなどに掛けるアイとなっており,使用されないときはウインチや各ウインドラスのドラムにそれぞれ巻き込まれていた。
船首部のスプリングは,ウインチのドラムから荷重計を介し,左舷機の後方及び左舷側の甲板上を通り,左舷船首端のフェアリーダ(以下「左舷フェアリーダ」という。)を経て岸壁のビットに導かれ,同フェアリーダから同ビットまでの長さが約10メートルであった。
左舷索は,左舷機のドラムから荷重計及び左舷フェアリーダを経て岸壁のビットに導かれ,同フェアリーダから同ビットまでの長さが約25メートルで,離岸作業時には毎秒約1メートルの速さで左舷機に巻き込まれていた。
岸壁係留中のB甲板左舷船首部の状況は,左舷フェアリーダの船首側から1個目と2個目のローラー間を左舷索が,2個目と3個目のローラー間をスプリングがそれぞれ通り,両係留索の至近にボラード,左舷機の荷重計,錨鎖口などが存在し,狭くて足場が悪く,作業を行うときは係留索に足を取られることがないよう,足元に十分注意する必要があった。
4 出航配置及び船首部配置の各役割
出航配置は,乗組員7人のうち,船長が船橋に,一等航海士,甲板長及び甲板員1人が船首部配置に,機関長及び甲板員1人が船尾部配置にそれぞれ就き,次席一等航海士が岸壁に降りて川葉丸に陸電を取っていた電線の切り放しなどを行ったのち昇橋して操船の補佐にあたるもので,機関室には乗組員が配置されていなかった。
船首部配置における各乗組員の役割は,一等航海士が作業の責任者で作業指揮に,甲板長及び甲板員がウインドラスやウインチなどの甲板機械の操作及び係留索の取扱いにあたることになっていたが,一等航海士が右舷機の操作も行うことがあった。
5 離岸作業時の作業手順及び安全指導
離岸作業時の作業手順及び安全指導は,D社E部F課が昭和61年5月に定めた安全作業動作標準に基づいて行われ,さらに乗組員が毎日交代で記載していた安全日直日誌を利用し,離岸作業時の甲板機械や係留索の取扱い要領の確認,諸設備の点検などを行うとともに,乗組員と港運課長,船長及びA受審人との意志疎通を図っていたほか,船内安全委員会や作業開始前にミーティングを行って作業時の事故防止が図られていた。
6 事実の経過
川葉丸は,A受審人及びC指定海難関係人ほか5人が乗り組み,平成15年6月4日08時10分京浜港横浜区の専用岸壁に南東方に向首し入船左舷付けで着岸して鋼材の揚荷役を始め,同荷役を終えたのち,空倉のまま,船首2.0メートル船尾2.8メートルの喫水をもって,千葉港に向かうこととし,16時18分A受審人が離岸作業の注意事項などを乗組員に確認したのち,船長が船橋に,同受審人,甲板長及びC指定海難関係人が船首部配置に,機関長及び甲板員1人が船尾部配置にそれぞれに就き,次席一等航海士が岸壁に降りて離岸作業に取りかかった。
A受審人は,甲板長をウインチに,C指定海難関係人を左舷機にそれぞれ就けて係留索の揚収作業を開始することとしたが,乗組員が同作業に慣れているので指示するまでもないと思い,係留索の巻込み状況などに合わせて作業手順を適切に指示をするなど,船首部での作業指揮を執ることなく,自らも右舷索の揚収にあたることとし,右舷機の操作レバーに就いた。
16時20分C指定海難関係人は,船長からの指示により,左舷機の右舷少し後方に設置された操作レバーを操作して左舷索を少し緩め,岸壁上の次席一等航海士がビットから同索を放したことを確認したあと,巻込みを開始した。
C指定海難関係人は,間もなく甲板長がウインチを止めてスプリングの巻込みを中断したのでスプリングの先端部を見たところ,アイが左舷フェアリーダまで約3メートルに近づいて船外に垂れ下がっているのを認めたことから,スプリングの先端部を手で引き上げることとし,狭く足場が悪い同フェアリーダ付近で左舷索の巻込みを続行して作業にあたると,同索に巻き込まれるおそれがあったが,A受審人の指示を受けないで,左舷機を作動させ同索の巻込みを続行したまま同機から離れ,同機の後方及び左舷側を通って同フェアリーダのところに赴き,同フェアリーダの船尾側に立ってスプリングを手で引き上げ始めた。
A受審人は,甲板長がウインチを止めてスプリングの巻込みを中断したことも,C指定海難関係人が左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま,左舷フェアリーダのところでスプリングの先端部を手で引き上げ始めたことにも気付かないで,右舷方を注視して右舷索の巻込みを続けた。
16時21分わずか前C指定海難関係人は,左舷フェアリーダの船尾側でスプリングの先端部をB甲板上に引き上げ終えたとき,左舷索の先端が同フェアリーダに近づいたのを認めて急いで左舷機を停止することとし,同機の前方及び右舷側から操作レバーのところに行くつもりで巻込み中の左舷索をまたごうとしたところ,同フェアリーダを通ってB甲板に上がってきた同索のアイに左足を踏み入れた。
C指定海難関係人は,左舷索のアイに左足を巻き込まれて転倒し,同索にB甲板上を引きずられ,16時21分横浜金沢木材ふとう東防波堤灯台から真方位304.5度1,730メートルの地点において,荷重計に左足を引き付けられた。
当時,天候は雨で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期であった。
A受審人は,右舷索の巻込みを終えて同甲板の前部中央に行き,左舷機付近を見てC指定海難関係人が負傷したことを知り,事後の措置にあたった。
その結果,C指定海難関係人は,救急車によって病院に搬送されたが,1年10箇月の入院加療を要する左脛骨骨幹部開放骨折,左腓骨骨幹部骨折等を負った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,右舷機の操作にあたり,船首部での作業指揮を執らなかったこと
2 甲板長が,ウインチを止めてスプリングの巻込みを中断したこと
3 C指定海難関係人が,一等航海士の指示を受けないで,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま同機から離れたこと
4 C指定海難関係人が,左舷フェアリーダのところでスプリングの先端部を手で引き上げていたこと
5 C指定海難関係人が,巻込み中の左舷索をまたごうとしたこと
(原因の考察)
本件は,一等航海士が作業指揮を執っていれば,乗組員に作業手順を適切に指示することができ,乗組員が負傷することはなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,右舷機の操作にあたり,船首部での作業指揮を執らなかったことは,本件発生の原因となる。
また,甲板員が,一等航海士の指示を受けていれば,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま,同機から離れて巻込み中の同索をまたごうとすることはなく,負傷しなかったものと認められる。
したがって,C指定海難関係人が,A受審人の指示を受けないで,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま,同機から離れて巻込み中の左舷索をまたごうとしたことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人が,左舷フェアリーダのところでスプリングの先端部を手で引き上げていたことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,左舷索を巻き込んで左舷機を止めていれば同フェアリーダのところで作業にあたっても左舷索のアイに足を踏み入れることはないものと判断できるので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
甲板長が,ウインチを止めてスプリングの巻込みを中断したことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,スプリングの先端がすでに左舷フェアリーダから垂れ下がった状態で,他の構造物に引っかかることはなく,急いでスプリングを引き上げる必要がなかったものと判断できるので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,京浜港横浜区の専用岸壁において,離岸作業中,係留索の揚収作業を行う際,作業手順が不適切で,甲板員が巻込み中の係留索をまたごうとしてそのアイに足を踏み入れ,荷重計に引き付けられたことによって発生したものである。
作業手順が適切でなかったのは,一等航海士が,船首部での作業指揮を執らなかったことと,甲板員が,一等航海士の指示を受けないで,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま同機から離れ,巻込み中の同索をまたごうとしたこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,京浜港横浜区の専用岸壁において,離岸作業中,係留索の揚収作業を行う場合,船首部配置の責任者であったのだから,係留索の巻込み状況などに合わせて作業手順を適切に指示するなど,船首部での作業指揮を執るべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,船首部配置の乗組員が係留索の揚収作業に慣れているので指示するまでもないと思い,船首部での作業指揮を執らなかった職務上の過失により,C指定海難関係人が指示を受けないで,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま同機から離れ,巻込み中の同索をまたごうとしてそのアイに足を踏み入れ,荷重計に引き付けられて,1年10箇月の入院加療を要する左脛骨骨幹部開放骨折,左腓骨骨幹部骨折等を負う事態を招くに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が,京浜港横浜区の専用岸壁において,離岸作業中,係留索の揚収作業を行う際,A受審人の指示を受けないで,左舷機を作動させ左舷索の巻込みを続行したまま同機から離れ,巻込み中の同索をまたごうとしたことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
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