日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成17年仙審第68号
件名

漁船第二十五勝運丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年8月18日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(弓田邦雄,供田仁男,小寺俊秋)

理事官
寺戸和夫

受審人
A 職名:第二十五勝運丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第二十五勝運丸甲板員

損害
甲板員が外傷性脾臓破裂

原因
作業の安全措置不十分

主文

 本件乗組員負傷は,漁獲物を魚倉に収納する際の作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年2月2日09時00分
 岩手県黒埼東方沖合
 (北緯40度02.0分 東経142度14.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第二十五勝運丸
総トン数 75トン
登録長 27.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第二十五勝運丸
 第二十五勝運丸(以下「勝運丸」という。)は,昭和62年6月に進水した,沖合底びき網漁業に従事する全長約33メートルの船首船橋型鋼製漁船で,船橋後方約8.0メートルの上甲板下が深さ2.0ないし2.2メートルの魚倉,その後方が機関室となっており,同甲板上は魚倉上の作業区画,次いで2条のインナーブルワークで3区画に仕切られて,同ブルワークの外側にトロールウインチが各1台設置され,同ブルワークの内側が同甲板より一段高くなって,船首方へ傾斜した幅約2メートルの木甲板の揚網区画となっていた。
 また,揚網区画の後方船尾部が斜部の高さ約1.4メートルのスリップウエイとなっており,同ウエイの頂部には,波除け用の高さ約75センチメートル(以下「センチ」という。)の2枚の外開き式鋼製扉(以下「船尾扉」という。)が備えられ,人力により開閉したうえ,ピンを挿入して船尾扉を固定するようになっていた。
 なお,作業区画の前部には揚網時等に使用する漁ろうウインチが設置され,後部中央には約1.4メートル四方の漁獲物搬入・搬出用の魚倉口(以下「ハッチ」という。)が1個設けられていた。
イ ハッチカバー
 ハッチカバーは,深さ約10センチのアルミニウム合金製で,アングル材で内側から補強され,重量が69キログラム(以下「キロ」という。)であり,高さ約50センチのハッチコーミングに被せるようになっていた。
 なお,作業区画にはハッチカバーと同一面まで木板が敷き詰められていたが,揚網区画の前端は木板部より高く,約15センチの段差があった。
ウ 魚倉への漁獲物の収納方法
 魚倉への漁獲物の収納方法は,揚網区画に揚収した漁網から漁獲物を作業区画に取り出したうえ,発泡スチロール製やプラスチック製の魚箱に魚を詰め,ハッチコーミング内に船尾側に接して取り付けた台(以下「足場台」という。)の上に乗った乗組員を介して魚倉内の乗組員に手渡し,同倉内に同箱を積み重ねて冷蔵するようになっていた。
エ 足場台
 足場台は,船横方向の長さがハッチ幅一杯で,船首尾方向の長さが約40センチの底板と2枚の側板とでコの字形に作られたアルミニウム合金製で,側板上端の縁部をハッチコーミング内の突起に乗せて固定するようになっており,底板の位置が上甲板の下方約40センチ魚倉床からの高さが約1.8メートルで,底板に立った乗組員の上半身が同コーミングから出るようになっていた。
 したがって,乗組員は,船首方を向いて足場台に乗り,作業区画の乗組員から魚箱を受け取り,前面の約1メートルのハッチ空間を通して,手を伸ばした魚倉内の乗組員に手渡すものであった。
 なお,腰を屈めて魚倉内の乗組員に魚箱を手渡しするときに支障となる関係から,足場台の前面にはロープ等が取り付けられていなかったが,底板の前端部には滑り止めの桟が付いていた。

3 事実の経過
 勝運丸は,7及び8月の休漁期や盆及び正月の休暇を除いて操業に従事しており,平成17年1月上旬から岩手県宮古港を基地とし,同県沖合の漁場で操業を行っていた。
 翌2月1日勝運丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか10人が乗り組み,操業の目的で,船首1.8メートル船尾4.2メートルの喫水をもって,03時30分宮古港を発し,06時ごろ同港北東方沖合の漁場に至って操業を始めた。
 操業方法は,漁ろう長が船橋内で操船しながら操業の指揮を執り,他の乗組員が甲板上で漁ろう作業に当たり,かけ回し式により20分間くらいで投網し,15ないし20分間曳網した後20分間くらいで揚網したうえ,漁獲物を魚倉に収納するものであった。
 A受審人は,揚網後,作業区画で漁獲物を魚倉に収納するに当たり,乗組員が適宜交替して魚箱の魚詰め,足場台及び魚倉内での各作業に就くのに任せ,自らは魚箱の仕分け及び積付けの関係から,主に魚倉内の作業を行っていた。
 そして,A受審人は,船尾扉の閉鎖について,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込むときには乗組員が自主的に閉鎖していることから,乗組員の判断に任せていた。
 ところで,A受審人は,漁場で穏やかな海況でも,船尾喫水や曳網・揚網中の引き索の張力による船尾の沈下や折からの波浪との同調など,種々の状況が重なって船尾が大きく上下動したとき,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込むおそれがあったが,船尾扉の閉鎖を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,揚網後,漁獲物を魚倉に収納する作業を行う際,同扉を閉鎖することなく,同扉を開放したままとしていた。
 また,A受審人は,漁獲物の収納作業を始めるためにハッチカバーを取り外した際,同カバーがほとんど移動することがなかったことから,同カバーの固縛を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,付近の構造物にロープで固縛することなく,ハッチ周囲に床置きしていた。
 翌2日朝勝運丸は,漁獲物を半載した状況のところ,3回目の揚網を終えて漁獲物を作業区画に取り出し,その後同じ海域で投網したのち曳網を終え,1人の乗組員がトロールウインチの配置に就き,引き索を巻き上げて揚網を始め,漁ろう長が船橋で操船して1.5ノットの速力で南下した。
 これに先立ち,A受審人は,投網作業を行ったのち,漁獲物の収納作業を行うこととしたが,船尾扉を閉鎖しないまま,ハッチカバーをハッチ後方に床置きし,作業区画に8人の乗組員が,足場台にカッパ上下,ゴム長靴,ゴム手袋及びヘルメットを着用したB指定海難関係人がそれぞれ配置に就くなか,自らは1人の乗組員とともに魚倉に入った。
 こうして,勝運丸は,B指定海難関係人が足場台に乗り,受け取った魚箱をA受審人等に手渡していたところ,突然,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込み,揚網区画を経て作業区画まで流入し,両区画の段差部にまたがり,下面全体が床面に接しない状態で置かれていたハッチカバーが押し流され,立っていた同指定海難関係人の背中に同カバーが当たり,09時00分陸中黒埼灯台から真方位085度14.0海里の地点において,同人が前方に飛ばされてハッチコーミングに胸部を強打し,次いで足から魚倉内に落下した。
 当時,天候は晴で風力2の南南東風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,魚倉内でハッチ部を見上げているとき,B指定海難関係人が海水とともに落下するのを認めた。
 この結果,B指定海難関係人は,20日間の入院と2箇月間の通院加療を要する外傷性脾臓破裂の重傷を負った。
 本件後,勝運丸は,開催された船内安全衛生委員会において同種事故の再発防止策を検討し,揚網後は船尾扉を必ず閉鎖し,取り外したハッチカバーを固縛するよう申し合わせた。

(本件発生に至る事由)
1 漁場で穏やかな海況でも,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込むおそれがあったこと
2 船尾扉の閉鎖を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,船尾扉を閉鎖していなかったこと
3 ハッチカバーの固縛を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,取り外した同カバーを固縛せず,ハッチ周囲に床置きしていたこと
4 海水が船尾のスリップウエイを越えて作業区画まで打ち込んだこと
5 海水に押し流されたハッチカバーがB指定海難関係人の背中に当たったこと

(原因の考察)
 本件は,船尾扉を閉鎖していたなら,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込むことがなく,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,漁場で穏やかな海況でも,海水がスリップウエイを越えて船内に打ち込むおそれがある状況下,漁獲物を魚倉に収納する際,作業の安全措置が不十分で,船尾扉の閉鎖を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,同扉を閉鎖せず,海水がスリップウエイを越えて作業区画まで打ち込んだことは,本件発生の原因となる。
 また,取り外したハッチカバーを固縛していたなら,海水が作業区画まで打ち込んでも,同カバーが海水に押し流されてB指定海難関係人に当たることがなく,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,同状況下,漁獲物を魚倉に収納するためにハッチカバーを取り外した際,作業の安全措置が不十分で,同カバーの固縛を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,同カバーを固縛せずにハッチ周囲に床置きし,海水に押し流された同カバーが同指定海難関係人に当たったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,揚網後,魚倉へ漁獲物を収納する際,作業の安全措置が不十分で,海水が船尾のスリップウエイを越えて作業区画まで打ち込み,ハッチ周囲に床置きされていたハッチカバーが海水に押し流されて乗組員に当たり,飛ばされた同人がハッチコーミングに胸部を強打したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,揚網後,魚倉へ漁獲物を収納する作業を行う場合,穏やかな海況でも,海水が船尾のスリップウエイを越えて船内に打ち込むおそれがあったから,乗組員に危害を及ぼすことがないよう,同ウエイ頂部の船尾扉を閉鎖するとともに取り外したハッチカバーを固縛し,作業の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,船尾扉の閉鎖及び取り外したハッチカバーの固縛を乗組員の判断に任せておけばよいものと思い,作業の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,海水が船尾のスリップウエイを越えて作業区画まで打ち込み,ハッチ周囲に床置きしていた同カバーが海水に押し流されてB指定海難関係人に当たり,飛ばされた同人がハッチコーミングに胸部を強打する事態を招き,全治約3箇月の脾臓破裂の重傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION