(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月2日13時20分
長崎県平戸島南東方沖
(北緯33度10.4分 東経129度27.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船第二たか丸 |
総トン数 |
7.9トン |
全長 |
15.55メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
316キロワット |
(2)設備及び性能等
第二たか丸(以下「たか丸」という。)は,平成5年9月に進水したFRP製小型遊漁兼用船で,一層甲板の船体中央に前部客室,操舵室及び後部客室を含むハウスを配置し,船首とハウス周囲を遊歩甲板とし,船首張り出し部の両舷に錨台を兼ねた錨索ローラーを装備していた。また,ハウス船首側の傾斜面の左舷角が張り出して,ウィンチの置き台になっていた。
錨は,右舷側に60キログラムの主錨,左舷側には四爪錨をそれぞれ備え,通常の錨泊時には主錨に直径22ミリメートルの合成繊維索を錨索として接続し,揚錨にはウィンチを用いていた。
ウィンチは,置き台の甲板上高さが60センチメートル(cm)で,ワーピングドラム(以下「ドラム」という。)の鼓形の最大直径が25cm高さ15cm,回転方向が時計回りの非可逆電動竪型で,発停用押ボタンがドラムから40cmほど離れたハウスの壁に取り付けられていた。
3 事実の経過
たか丸は,A受審人が船長として1人で乗り組み,遊漁の目的で,釣客7人を乗せ,船首0.3メートル船尾0.6メートルの喫水をもって,平成16年10月2日06時00分長崎県佐世保市浅子町の定係地を発し,平戸島南東方沖合の釣り場に向かい,06時30分ごろ釣り場に主錨を投入して錨泊し,釣りを開始した。
ところで,A受審人は,同年5月ごろから誘ってほぼ1箇月毎にたか丸で釣りを行っていた釣客Bが,船上での操作に興味をもっていたことから,揚錨のウィンチ操作を時々手伝わせるうち,いつしか単独で同操作を行わせるようになっていた。
A受審人は,釣りを開始後,途中で潮流が変わったのに合わせてほぼ同じポイントで釣りができるよう水深約45メートルのところに転錨し,錨索を約55メートル伸出したが,揚投錨作業を,申し出てきたB釣客に行わせた。
B釣客は,当日朝から薄着をしていたところ,徐々に風速が増すとともに気温が下がり始めていたことから寒さを覚え,転錨したのち,A受審人から雨合羽を借りて釣りを続けた。
B釣客が着用した雨合羽は,合成繊維製のLLサイズで,二重袖の内側がゴムで絞られるが,外側の筒袖には締め付けるバンドが付いていないもので,細身のB釣客には袖の部分が余り気味であった。
13時10分ごろA受審人は,釣りを終了して帰航することとし,揚錨に際してB釣客が申し出たので,やや船体動揺があったが,同釣客に任せておいてもそれまで無難に行っていたことから大丈夫と思い,自ら揚錨作業を行うことなく,操舵室に入って主機の始動と操船の準備に当たった。
B釣客は,雨合羽を着たまま,操舵室のA受審人が手で合図するのを見て,船首中央部ビットに係止されていた錨索をウィンチのドラムに時計回りに下から4回廻して巻き付け,右手でスイッチを入れてウィンチを始動し,左舷通路に船尾側を向いて立ち,両手で錨索をドラム上側から手繰り,揚錨を開始したが,錨索が緊張するに連れて滑り気味で,同索を引く方向が高かったためか,ドラム上端から1巻きが外れたので,再び巻き加えることとしたが,雨合羽の袖を引き込まれないよう注意を払わなかった。
こうして,たか丸は,主機を準備して揚錨していたところ,ウィンチを操作していたB釣客が,やや船体の動揺する中,ドラムに巻かれた錨索を抑えた左手の袖が錨索とドラムに挟まれ,13時20分下枯木島灯台から真方位229度2.8海里の地点において,左前腕がドラムに巻き付けられた。
当時,天候は小雨で風力3の北風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,海上は約1.5メートルの波があった。
A受審人は,巻き揚げる錨索が止まったことに気付き,前部甲板に出てB釣客の左前腕がドラムに巻き付けられていることが分かり,直ちに停止ボタンを押してウィンチを停止し,錨索を弛めて同前腕を解放したのち,海上保安部に救援を依頼して定係地に向かい,途中で来援した巡視艇にB釣客を移乗させた。
この結果,B釣客が,左橈尺骨開放骨折,左前腕部挫創,左上腕動脈損傷の重傷を負い,約40日間の入院加療と長期間のリハビリ治療を要した。
(本件発生に至る事由)
1 雨合羽を着たB釣客の袖の部分が余り気味であったこと
2 やや船体動揺があったこと
3 A受審人が,自ら揚錨作業を行わなかったこと
4 B釣客が,雨合羽の袖を引き込まれないよう注意を払わなかったこと
(原因の考察)
本件釣客負傷は,釣客が,ウィンチのドラムに錨索を巻き付けて揚錨を行っていたところ,ドラム上端から外れた錨索を再び巻き加える際に,雨合羽の袖を錨索とドラムに挟まれて引き込まれ,左前腕がドラムに巻き付けられたことによって発生したものである。
揚錨作業は,ドラムに巻き付けられた錨索の摩擦力とドラムのトルクとによって重量物の錨を引き込むもので,錨索が緊張したときの同索の滑りや船体動揺等に影響される危険な作業であるから,同作業の安全を確保するためには,釣客が好んで申し出てきたとしても,錨索が滑ったときの対処法を知らない同客に行わせるべきではなかったものである。
したがって,やや船体が動揺する状況下,ウィンチで錨索を巻く揚錨作業を釣客に行わせ,A受審人が,自ら揚錨作業を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B釣客が,雨合羽の袖を引き込まれないよう注意を払わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,錨索を巻き加える動作が技量を要するもので,船体の動揺等の状況も考慮すると,引き込まれを回避する注意力を求めるのは相当でなく,本件発生の原因とすることはできない。
(海難の原因)
本件釣客負傷は,長崎県平戸島南東方沖で,釣りを終えて帰航するに当たり,自ら揚錨作業を行わず,申し出た釣客に同作業を行わせ,揚錨開始後,雨合羽を着た同客が,ウィンチのドラム上端から外れた錨索を再び巻き加えようとして雨合羽の袖を錨索とドラムに挟まれ,左前腕をドラムに巻き付けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,長崎県平戸島南東方沖で,釣りを終えて帰航するに当たり,揚錨する場合,揚錨作業と操船とを単独で行えたのであるから,やや船体が動揺する中,釣客に作業を行わせて危険な状況に陥らせることのないよう,自ら揚錨作業を行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,同客に任せておいてもそれまで無難に行っていたことから大丈夫と思い,自ら揚錨作業を行わなかった職務上の過失により,袖の部分が余り気味の雨合羽を着て同作業を行った同客が,ウィンチのドラム上端から外れた錨索を再びドラムに巻き加えようとして雨合羽の袖を錨索とドラムに挟まれ,左前腕がドラムに巻き付けられる事態を招き,同客に左橈尺骨開放骨折,左前腕部挫創,左上腕動脈損傷の重傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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