(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年9月3日23時50分
博多港
(北緯33度36.4分 東経130度23.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第八新生丸 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
56.58メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八新生丸
第八新生丸(以下「新生丸」という。)は,平成10年7月に竣工した船尾船橋型鋼製貨物船で,船首部の上甲板下方に甲板長倉庫が,同庫と船尾楼間の上甲板下方に倉庫と貨物倉が,同楼に船橋,船室と食堂や倉庫等が,及びその下方に機関室がそれぞれ区画されており,船首部の上甲板の左右両舷に揚錨機が,及び船首端から8メートル(m)隔てた両舷中央部に前部マストが設置され,同マスト下部と甲板長倉庫に至るコンパニオンが隣接し,コンパニオンの船尾側がハッチカバー格納区画になっていた。
イ 前部マスト
前部マストは,高さ10m外径15センチメートル(cm)で,頂部に停泊灯が,高さ9.1mの箇所の船首側に前部マスト灯が,同灯直下に円錐形下向き笠(かさ)付きの1,000ワットの作業灯1個が,及び高さ6.5mの箇所に500ワットの作業灯2個がそれぞれ設置され,船橋に各灯のスイッチが装備されていた。そして,前部マストの高さ7.7m,4.9m及び2.9mの各箇所にはいずれも外径1cmの鉄製丸棒を同心円状に加工した踊り場のほか,各踊り場間の同マスト船尾側に足場として40cm間隔でコの字形の同棒が取り付けられており,また,岸壁の荷役用クレーンでエアードラフトが制限されるときなどには高さ3.0mの箇所で船首方向に倒すことができる構造になっていた。なお,1,000ワットの作業灯(以下「作業灯」という。)の電球は,全長25cm外径5cm程度の直管であった。
3 事実の経過
新生丸は,平成13年以降,A受審人ほか同人の妻,長男及び次男が乗り組み,同17年1月に長男を機関長,次男を一等航海士,同年7月に甲板部航海当直部員の資格を有する妻を甲板員としてそれぞれ雇い入れ,瀬戸内海から大阪湾や九州までの諸港間の鋼材輸送に専ら従事していた。
A受審人は,荷役作業に自らとB一等航海士の2人で適宜交替して立ち会い,安全担当者を兼ねる船長として,毎月荷主側主催の安全に関する会議に出席し,乗組員に対して同会議の指導事項を伝えていたほか,荷役作業時の服装や保護具等の着用に関する注意を与えていたものの,船内安全衛生委員会を開催していなかった。
ところで,A受審人は,平素,乗組員による高所の塗装作業等の機会が少なかったものの,高所作業では保護帽や船尾楼倉庫に置いている安全ベルトを着用するよう注意を与えており,また半年ばかりで作業灯が振動の影響を受けて切れていたことから,その都度,作業灯の電球交換の目的で,前部マストを倒さないまま,B一等航海士あるいは機関長の自主的な判断でいずれかが同マストに上っていて,同17年3月作業灯が切れた際には,自らも同マストに上ったが,看視員を配置していなかった。
新生丸は,A受審人ほか同人の家族3人が乗り組み,厚板鋼材489.052トンを積載し,関門港小倉区及び博多港に揚荷の目的で,船首2.4m船尾3.6mの喫水をもって,同年9月2日15時00分水島港を発し,関門港小倉区に向かい,出港操船に引き続いて同受審人,機関長及びB一等航海士が3時間交替の輪番で船橋当直に就き,同航海士が23時から翌3日02時まで入直し,08時00分小倉日明北岸壁に着岸した後,折から台風が九州方面に接近していたために甲板員が自宅管理の都合で帰省し,また同航海士等が船内に待機し,16時30分から19時00分までに同材278.618トンの揚荷が行われ,19時10分離岸して博多港に向かった。
A受審人は,出港操船に引き続き船橋当直に就いて航行中,波浪による飛まつで船首部の上甲板や前部マストがぬれた状況下,23時20分入港スタンバイを発令してB一等航海士と機関長を船首部に配置し,船橋で作業灯のスイッチを入れたところ,点灯しないことを知ってスイッチを元に戻した。
新生丸は,23時40分博多港須崎ふ頭6号岸壁に出船右舷付けで,船首1.8m船尾3.4mの喫水をもって,左舷錨を投下し,船首部の係留索2本を,次いでB一等航海士が船尾部に移動し,同部の係留索2本をそれぞれ取って係留した。
その後,A受審人は,翌日は日曜日で荷役が行われないことから,ハッチカバーを閉じた状態にしており,いったん船橋から食堂に下りたとき,船尾部の係留作業を終えて再び船首部に向かうB一等航海士と出会い,同航海士に対して「作業灯が切れているな。」と伝えたが,まさか入港直後に前部マストに上らないものと思い,作業灯の電球交換を行うことを事前に報告するよう指示せず,看視員を配置しないまま,後片付けのため船橋に引き返した。
B一等航海士は,翌日は実家にいる妻と面会する予定としたものか,作業灯の電球交換を直ちに行うことを思い立ったが,このことを事前に報告せず,食堂の棚に格納されていた予備電球を取り出し,半そでシャツに作業ズボンの服装で薄手の革手袋,保護帽及び保護靴を着用して船首部の上甲板に赴き,同電球をコンパニオン上部に置き,安全ベルトを着用しないまま前部マストに上って上甲板から高さ7.4mの足場に立ち,左手で同マストを抱えながら右手で作業灯の電球を取り外そうとしているうち,ぬれていた同足場で足が滑ったかして身体の平衡を失し,23時50分博多港西防波堤南灯台から真方位101度710mの係留地点において,同マストから墜落し,右舷方に傾斜したコンパニオン側壁に足を打ちつけ,上甲板のハッチカバー固定金具に頭部を強打した。
当時,天候は曇で風力2の北風が吹き,潮侯は下げ潮の中央期で港内は穏やかであった。
新生丸は,揚錨機を操作して錨鎖の張り具合を調節していた機関長が墜落による異音に気付き,倒れていたB一等航海士を見付けて大声を発したところ,これを船橋でA受審人が聞いて船首部に急行し,頭部を船首方に向け右肩を下にしたほぼ仰向けで両手を広げていた同航海士を認めた後,機関長の携帯電話の通報によって到着した救急車で同航海士を病院に搬送し,事後の措置にあたった。
その結果,B一等航海士は,9月4日01時03分病院で頭蓋底骨折による死亡が確認された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,船内安全衛生委員会を開催していなかったこと
2 A受審人が,作業灯の電球交換の目的で,前部マストを倒していなかったこと
3 A受審人が,B一等航海士に対して作業灯が切れていることを伝えた際,電球交換を行うことを事前に報告するよう指示せず,看視員を配置しなかったこと
4 B一等航海士が,作業灯の電球交換を行うことを事前に報告しなかったこと
5 B一等航海士が,安全ベルトを着用しないまま前部マストに上がったこと
6 B一等航海士が,高所作業中に前部マストから墜落したこと
(原因の考察)
本件は,前部マスト上方の作業灯の電球交換にあたり,船員労働安全衛生規則の安全担当者を兼ねる船長,及び一等航海士が,同規則第51条に規定された高所作業における看視員の配置及び安全ベルトの着用などの墜落防止措置を十分に講じていたなら,発生を防止することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,B一等航海士に対して前部マスト上方の作業灯が切れていることを伝えた際,作業灯の電球交換を行うことを事前に報告するよう指示せず,看視員を配置しなかったことは,本件発生の原因となる。
B一等航海士が,作業灯の電球交換を行うことを事前に報告せず,安全ベルトを着用しないまま前部マストに上がり,高所作業中に同マストから墜落したことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,船内安全衛生委員会を開催していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべきである。
A受審人が,作業灯の電球交換の目的で,前部マストを倒していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,高さ3.0mの箇所で倒したとしても,墜落のおそれのある場所における作業となるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は,博多港において,前部マスト上方の作業灯の電球交換にあたり,高所作業における墜落防止措置が不十分で,一等航海士が同作業中に同マストから墜落したことによって発生したものである。
高所作業における墜落防止措置が十分でなかったのは,安全担当者を兼ねる船長が,一等航海士に対して作業灯の電球交換を行うことを事前に報告するよう指示せず,看視員を配置しなかったことと,一等航海士が,作業灯の電球交換を行うことを事前に報告せず,安全ベルトを着用しないまま前部マストに上ったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,博多港において,B一等航海士に対して前部マスト上方の作業灯が切れていることを伝えた場合,作業灯の電球交換は高所で墜落のおそれがあるから,電球交換を行うことを事前に報告するよう指示すべき注意義務があった。しかし,同受審人は,まさか入港直後に前部マストに上らないものと思い,電球交換を行うことを事前に報告するよう指示しなかった職務上の過失により,看視員を配置しないまま,B一等航海士が高所作業中に同マストから墜落する事態を招き,同航海士が死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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