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平成17年広審第133号
件名

旅客船スターダイヤモンド作業員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年7月4日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(野村昌志,内山欽郎,橋本 學)

理事官
前久保勝己

受審人
A 職名:スターダイヤモンド船長 海技免許:二級海技士(航海)
指定海難関係人
B社 業種名:海上運送業
C社 職名:B社運航管理者
補佐人
a(受審人A,指定海難関係人B及び同C選任)
指定海難関係人
D社 業種名:貨物自動車運送業

損害
船内ランプのハンドレール,油圧シリンダー等に曲損,トラクタが圧壊,セミトレーラに損傷 
作業員が圧死

原因
スターダイヤモンド・・・車両陸揚げ作業の安全措置不十分
運航管理者・・・船内荷役作業の安全管理不十分
運転作業員・・・運転席から離れる際,サイドブレーキを掛けなかったこと

主文

 本件作業員死亡は,車両陸揚げ作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,船内荷役作業の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 トラクタを運転する作業員が,運転席から離れる際,サイドブレーキを掛けなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年3月8日07時40分
 愛媛県松山港
 (北緯33度53.5分 東経132度42.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船スターダイヤモンド
総トン数 9,463トン
全長 150.87メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 18,534キロワット
(2)設備及び性能等
 スターダイヤモンド(以下「ス号」という。)は,平成2年10月に進水した最大航海速力24.87ノットの多層甲板型旅客フェリーで,旅客942人,全長8.5メートルのトラック141台及び乗用車16台の搭載が可能であり,専ら愛媛県今治港及び同県松山港を経由する大分港と神戸港との間の一般旅客定期航路(以下「大分・神戸航路」という。)に他の2隻の旅客船とともに就航していた。
 ス号の甲板は,上から順に羅針儀甲板,航海船橋甲板,A甲板,B甲板,C甲板,D甲板及びE甲板の7層が配置され,A甲板,B甲板及びC甲板が旅客室区画,D甲板の前後部がそれぞれ係船用区画,前部係船用区画の後方が乗組員室区画,これらの区画を除くD甲板及びE甲板が車両積載区画となって,車両積み込み・陸揚げ用ランプがD甲板の右舷後部に,水密扉を兼ねたランプドアがE甲板の船首尾各部に設けられていて,D甲板のやや左舷寄り中央に長さ39.1メートル幅4.8メートルの可動式船内ランプが装備され,D甲板及びE甲板(以下「車両甲板」という。)には船尾方から同ランプ方へわずかに下がる傾斜があり,また,車両を駐車する車線がそれぞれ右舷端の1番線から左舷端の7番線まで設けられていた。
 船内ランプは,航海中,D甲板と同一面に保たれ,各港で車両を昇降する際,ランプの前端又は後端を油圧シリンダによってE甲板まで下ろして傾斜路になるよう装置されていた。
 各港での車両積み込みは,神戸港を除き,車両が船首ランプドアから船内に入り,D甲板に積み込まれるものは船内ランプを上って進入し,逆に陸揚げは,船内ランプを下りて船首ランプドアから船外に出るようになっていた。

3 本件に関わるトラクタ及びセミトレーラ
(1)トラクタ
 トラクタは,E社製の型式KL-CK482BHTと称し,F社が所有してD社が使用する,長さ5.55メートル幅2.49メートル高さ2.88メートル重量6.69トンの原動機を有した,セミトレーラを牽引する車両(以下「Dトラクタ」という。)で,車両後部の背面にカプラと呼ばれる連結器並びにセミトレーラに接続する電気配線,油圧ホース及びエアホースが備えられていた。
(2)セミトレーラ
 セミトレーラは,G社製の型式YFS2328Sと称し,D社が所有して使用する,長さ11.99メートル幅2.49メートル高さ1.45メートル重量7.14トンの車両(以下「Dセミトレーラ」という。)で,車両前部の下部にキングピンと呼ばれる連結器が備えられ,車両前部の左右に補助脚が1基ずつ,車両後部の左右に車輪が2個ずつそれぞれ設けられていた。
 補助脚は車両左側にある手動ハンドルで上下するようになっており,トラクタから切り離されて駐車する際,床面まで下げて車両を支えるものであった。

4 事実の経過
(1)運航形態
 大分・神戸航路の旅客船の運航形態は,上り第1便が07時30分大分港を出港し,途中,松山港及び今治港に寄港して21時00分神戸港に入港,上り第2便が16時10分大分港を出港し,各港に寄港したのち,翌日05時30分神戸港に入港,下り第1便が17時50分神戸港を出港し,今治港に寄港したのち,翌日06時00分大分港に入港,下り第2便が22時35分神戸港を出港し,各港に寄港したのち,翌日11時15分大分港に入港するもので,本件時,ス号は下り第2便として運航されていた。
(2)運航管理制度,運航管理規程及び作業基準
 旅客航路事業における輸送の安全を確保するための事業者の責任体制は,運航管理制度により明確化され,B社が国土交通大臣に届け出た運航管理規程には,社長が運航管理者を選任すること,更に運航管理者の職務及び権限としては,船長の職務権限に属する事項を除き,船舶の運航その他の輸送の安全の確保に関する業務全般を統括し,規程を遵守してその実施の確保を図ること,船長と協力して輸送の安全を確保すること,陸上作業員などを指揮監督すること,輸送に伴う作業の安全確保や安全に関わる教育及び訓練することなどがそれぞれ定められていた。
 運航管理規程に基づく作業基準には,船内荷役作業体制について,作業指揮者は船長の命を受け,船内作業員を指揮して船舶上における旅客及び車両乗下船時の誘導と積付け,その他旅客及び車両の乗下船に関する作業などを行うこととされ,作業員の配置,車両誘導員(以下「誘導員」という。)の人数や作業体制が定められており,乗船車両の全てに車止めを施し,また車両運転者に対して車両甲板で下車する際は,必ずエンジンを止め,サイドブレーキを掛けることなどの遵守事項を旅客待合室や駐車場に掲示するなどして周知することとされていた。
(3)船内荷役マニュアル
 平成17年1月C指定海難関係人は,同業他社でのサイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故に鑑み,荷役作業時の人身事故防止対策として,運航管理規程に基づく作業基準のほか,より実践的な手順等を定めた船内荷役マニュアルを作成し,社長ほか幹部の了承を得て各船に配布した。
 同マニュアルには,目的,作業の心構え,作業組織,規律,教育及び訓練,運転者の遵守事項などが記されており,具体的な荷役実務として,一等航海士の職務,船内作業員の職務分担,車両の誘導方法などが定められ,誘導員は運転者にサイドブレーキ確認のため,手・腕による信号を送り,車両の停止を確認することとされていた。また,船舶に備え置く車止め器具の種類及び数量などが定められていた。
(4)車両の陸揚げ作業体制等
 車両の陸揚げ作業体制は,運航管理規程,作業基準及び船内荷役マニュアル(以下「規程等」という。)によると,一等航海士が船長の命を受けて船内作業指揮者となり,陸上作業指揮者と連絡をとりながらE甲板船首又は船尾ランプドア付近に配置して船内荷役作業全般を指揮し,三等航海士が一等航海士の補佐などにあたり,二等航海士がD甲板の作業指揮などに,甲板長がE甲板で車両の誘導に,両甲板各3人の乗組員が車両の誘導及び車両の固縛解除などにそれぞれ従事することとしていた。
 また,セミトレーラを陸揚げするため進入してきたトラクタを後退させるときの誘導は,前方誘導員と後方誘導員により実施することとされていた。そして,トラクタ連結後のセミトレーラの車止めを外すなどの固縛解除作業は,前方誘導員が車両の停止を確認したのち後方誘導員に指示して行っていた。
(5)乗組員に対する作業の安全管理等の状況
 B社は,運航管理規程により,輸送の安全を確保するための責任体制を資格ある運航管理者に一元化し,運航管理者が作成した船内荷役マニュアルを了承していた。
 運航管理者は,乗組員等に対し,規程等その他輸送の安全を確保するために必要と認められる事項について,安全教育を実施し,その周知徹底を図り,規程等の遵守状況について総合点検を行うものとされ,C指定海難関係人は,車両の誘導等についても年に何度か訪船して点検し,その都度乗組員に対して指導・教育を実施していた。
 しかし,同業他社での車両の逸走事故を教訓として船内荷役マニュアルを作成したが,トラクタを運転する作業員がトラクタをセミトレーラに連結後,付属するエアホース等を接続するため運転席を離れる必要があり,その際,誘導員がトラクタのサイドブレーキの状態を直接確認することが困難であったから,本船乗組員で実施可能な同種事故防止対策として,トラクタの車輪前方にも木製のくさび型車止め(以下単に「車止め」という。)を施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めるなど,船内荷役作業の安全管理を十分に行わなかった。
 A受審人は,同様に乗組員に対し,毎月の船内研修会や発航時毎の船内打合せ会議などの際,船内荷役マニュアル作成の経緯等や同マニュアルに基づいて作業を行うなどの通達事項を伝え,また必要に応じ,車両の誘導等についても注意事項などを指示していた。
(6)本件発生に至る経緯
 ス号は,A受審人ほか30人が乗り組み,旅客122人及び車両67台を乗せ,平成17年3月8日05時45分今治港を発し,松山港に向った。
 これより前,ス号は,同月7日神戸港において,鉄板コイル約20トンを搭載した,松山港で陸揚げ予定のDセミトレーラをトラクタで牽引して積み込み,D甲板5番線の船内ランプ後端から15メートルほどの最後部に停車させ,車両前部の補助脚を甲板面まで下げ,トラクタ及び付属するエアホース等を切り離し,同ホースを切り離したことによって作動するセミトレーラのブレーキ及び補助脚と車輪後方に施した車止めによって移動防止措置がとられた。
 ところで,セミトレーラには,トラクタと連結後,電気配線,油圧ホース及びエアホース2本が接続され,このうち1本のエアホースが非常ラインとなっていて,同ラインがトラクタから外れたりしたとき,非常ブレーキが掛かるが,同ラインが修復されると,同ブレーキは自動的に解除されるものであった。
 A受審人は,下りの始発港である神戸港において,本航海における作業の安全等に関する船内打合せ会議を行ったが,車止めをセミトレーラに連結したトラクタの車輪前方にも施さないと車両甲板の傾斜により,サイドブレーキを掛けずに運転席を離れたトラクタが逸走するおそれがあったものの,過去に大型車両の車輪前方に車止めを施したところ,車止めを外す前に発進して車止めを跳ね飛ばし,危険だったことがあり,また補助脚を下ろしたセミトレーラの車輪後方に車止めを施しているので同トレーラに連結したトラクタが動き出すことはないものと思い,乗組員に対し,エアホース等の接続のため作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すよう指示するなど,作業の安全措置を十分に行わなかった。
 A受審人は,翌8日07時30分松山港高浜5号防波堤灯台から真方位194度370メートルの同港第1区松山観光港第2フェリー岸壁に真方位189度に向首した状態で,船首5.0メートル船尾5.1メートルの喫水をもって左舷係留し,松山港に定刻より15分遅れて入港したことなどから,出港予定時刻を15分繰り下げる旨を乗組員に伝えるとともに,乗組員を所定の配置に就かせ,間もなく旅客及び車両の陸揚げを開始した。
 A受審人は,乗客などを下船させたのち,D甲板上に駐めたDセミトレーラを含む4台のセミトレーラの陸揚げをするため,同甲板配置の二等航海士を,船内に入れるトラクタの確認なども兼務させて船首ランプドア付近の岸壁に移動させ,甲板員1人をD甲板の前方誘導員に,他の甲板員1人及び機関員1人を同甲板の後方誘導員に,それぞれトランシーバーを携帯させて就かせ,07時35分岸壁で待機していたH作業員が運転するDトラクタほか2台のトラクタをD甲板に入れた。
 一方,H作業員は,Dトラクタを運転してス号船内に入り,07時37分誘導されてD甲板5番線の船内ランプ後方に駐車中のDセミトレーラに後退して連結し,Dトラクタを同ランプのある船首方に向けて停車した。
 これより前,D社は,ス号によって航送されたDセミトレーラほか3台のセミトレーラを同船から陸揚げする目的で,トラクタの乗務を開始しようとするH作業員に対し,運行の安全を確保するために,運転席を離れる際は,サイドブレーキを掛けるよう指示しなかった。
 こうして,D甲板前方誘導員は,同甲板3番線及び4番線の固縛解除作業に同甲板後方誘導員の甲板員を,同甲板5番線の同作業に機関員(以下「5番線後方誘導員」という。)をそれぞれ当たらせ,同甲板3番線,4番線及び5番線の各最後部に並んで駐車中のセミトレーラ3台にそれぞれトラクタを順次誘導して連結させたのち,各セミトレーラの解縛を行うこととしたが,車両の逸走を防止するため,車両を運転する作業員にサイドブレーキを掛けることを確認することも,エアホース等の接続の際に作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すこともなく,07時39分5番線後方誘導員に,同線最後部のDセミトレーラの車輪後方に施した車止めを外させるとともに補助脚を上げるよう指示した。
 DセミトレーラにDトラクタを連結した直後,H作業員が同トラクタのサイドブレーキを掛けずに運転席を離れて同トラクタの後部に回り,Dセミトレーラにエアホース等を接続したところ,同セミトレーラの非常ブレーキが解除され,5番線後方誘導員が同セミトレーラの車止めを外し,次いで同トレーラの左側で補助脚の巻き上げハンドルを数回まわして同脚が甲板上から離れたとき,07時39分半Dトラクタ及び同トラクタに連結したDセミトレーラが甲板傾斜により前方の船内ランプに向けて逸走し始めた。
 H作業員は,Dトラクタの逸走に気付き,これを追いかけて運転席ドアに駆け寄ったところ,07時40分松山港第1区の松山観光港第2フェリー岸壁に係留中のス号おいて,同トラクタと船内ランプの右舷側ハンドレールとの間に挟まれた。
 当時,天候は晴れで風力2の南東風が吹き,潮候は上げ潮の末期にあたり,海上は平穏であった。
 船橋にいたA受審人は,事故の報告を受け,直ちに救急車の手配をするなどの事後の措置にあたった。
 その結果,H作業員は,最寄りの病院に搬送されたが,圧死と検案された。また,ス号は,船内ランプのハンドレール及び油圧シリンダーなどが曲損し,Dトラクタは,圧壊し,Dセミトレーラは,車体の一部が損傷した。
 本件後,C指定海難関係人は,車両の逸走事故を防止するため,エアホース等の接続の際に作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すことなどの,船内荷役マニュアルの見直しを図り,乗組員等に対し,必要な教育を行って船内荷役作業の安全管理の措置を講じた。また,運転席を離れる際はサイドブレーキを掛けることなどを記した運転者用船内荷役マニュアルを作成して関係する貨物自動車運送業者に配布し,同種事故防止の協力を依頼した。
 D社は,車両の逸走事故を防止するため,サイドブレーキを掛けずにドアを開けるとハザードランプが点滅するよう所有トラクタを改造するとともに,サイドブレーキを掛ける旨などが記されたセミトレーラ連結・切離しマニュアルをトラクタに備え置き,車両の運行の安全管理を図った。

(本件発生に至る事由)
1 B社が運航管理者の作成した船内荷役マニュアルを了承したこと
2 C指定海難関係人が,同業他社でのサイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故を教訓として作成した船内荷役マニュアルに,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めるなど,安全管理を十分に行わなかったこと
3 A受審人が,セミトレーラにトラクタを連結して船内荷役を行う際,補助脚を下ろしたセミトレーラの車輪後方に車止めを施しているので同トレーラに連結したトラクタが動き出すことはないものと思い,乗組員に対し,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう指示するなど,作業の安全措置を十分に行わなかったこと
4 D社が,トラクタの乗務を開始しようとする作業員に対し,運転席を離れる際にはサイドブレーキを掛けるよう指示しなかったこと
5 誘導員が,セミトレーラにトラクタを連結させたのち,トラクタの車輪前方にも車止めをしなかったこと
6 誘導員が,セミトレーラにトラクタを連結させたのち,トラクタを運転する作業員にサイドブレーキを掛けることを確認しなかったこと
7 トラクタを運転する作業員がサイドブレーキを掛けずにトラクタの運転席を離れたこと

(原因の考察)
 本件は,車両陸揚げ作業中,トラクタのサイドブレーキを掛けていれば発生せず,また,トラクタの車輪前方にも車止めを施していれば発生しなかったものと認められる。
 したがって,トラクタを運転する作業員がサイドブレーキを掛けずに運転席を離れたこと,及び誘導員がセミトレーラにトラクタを連結させたのち,トラクタの車輪前方にも車止めを施さなかったことは,本件発生の原因となる。
 ス号では,同業他社でのサイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故を教訓として,C指定海難関係人が船内荷役マニュアルを作成したが,トラクタを運転する作業員がトラクタをセミトレーラに連結後,付属するエアホース等を接続するため運転席を離れる必要があり,その際,作業員がサイドブレーキを掛けずに運転席を離れるとトラクタが逸走するおそれがあった。誘導員がトラクタのサイドブレーキの状態を直接確認することが困難であるから,乗組員による実施可能な同種事故防止対策として,同マニュアル中に,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めておく必要があったものと考えられる。また,車両を運転する作業員にサイドブレーキを掛けることを確認するなどの規程等に定められた作業手順が遵守されていない。これらのことから,船長及び運航管理者がその職務に基づく作業の安全対策をとっていたなら,本件発生を防止することができたものと考えられる。
 したがって,A受審人が,セミトレーラにトラクタを連結して船内荷役を行う際,補助脚を下ろしたセミトレーラの車輪後方に車止めを施しているので同トレーラに連結したトラクタが動き出すことはないものと思い,乗組員に対し,作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すよう指示するなど,作業の安全措置を十分に行わなかったこと,C指定海難関係人が,同業他社でのサイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故を教訓として作成した船内荷役マニュアルに,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めるなど,安全管理を十分に行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 誘導員が,セミトレーラにトラクタを連結させたのち,トラクタを運転する作業員にサイドブレーキを掛けることを確認しなかったことは,規程等に定められた作業手順の不遵守で,本件発生に至る過程で関与した事実であり,同手順に従って作業を行っていたら,作業員がサイドブレーキを掛け忘れることもなく,かかる事態をひき起こさなかった可能性を否定できないが,作業員にサイドブレーキを掛けることを確認することは必要な作業手順ではあるものの,誘導員がサイドブレーキの状態を直接確認することが困難であることなどから,本件発生の原因としない。しかしながら,このことは,作業における事故防止の観点から,定められた作業手順に従うよう是正すべき事項である。
 B社が,運航管理者の作成した船内荷役マニュアルを了承したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 一方,D社が,トラクタの乗務を開始しようとする作業員に対し,運転席を離れる際にはサイドブレーキを掛けるよう指示しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,車両運転者が運転席を離れる際にサイドブレーキを掛けるのは常識であり,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,サイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故が頻発していることに鑑み,同種事故防止の観点から,今後,運転席を離れる際にサイドブレーキを掛けることを車両に乗務する者に対する必要な注意事項として指導・教育すべきである。

(海難の原因)
 本件作業員死亡は,愛媛県松山港において,車両陸揚げ作業中,安全措置が不十分で,サイドブレーキを掛けていなかったトラクタが逸走し,作業員がトラクタと船内ランプのハンドレールとの間に挟まれたことによって発生したものである。
 車両陸揚げ作業の安全措置が十分でなかったのは,船長が,車両を誘導する乗組員に対し,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう指示するなど,作業の安全措置を十分に行わなかったことと,車両を誘導する乗組員が,トラクタの車輪前方にも車止めをしなかったこととによるものである。
 運航管理者が,船内荷役マニュアルに,トラクタの車輪前方にも車止めを施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めるなど,船内荷役作業の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 トラクタを運転する作業員が,運転席から離れる際,サイドブレーキを掛けなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,下りの始発港である神戸港において,本航海における作業の安全等に関する船内打合せ会議を行い,松山港でセミトレーラを陸揚げする場合,作業員がサイドブレーキを掛けずに運転席を離れると,セミトレーラに連結したトラクタが逸走するおそれがあったから,乗組員に対し,作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すよう指示するなど,作業の安全措置を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,補助脚を下ろしたセミトレーラの車輪後方に車止めを施しているので同トレーラに連結したトラクタが動き出すことはないものと思い,車両陸揚げ作業の安全措置を十分に行わなかった職務上の過失により,エアホース等を接続するためサイドブレーキを掛けずに運転席を離れた作業員が,逸走したトラクタとス号船内ランプのハンドレールとの間に挟まれて死亡する事態を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 C指定海難関係人が,同業他社でのサイドブレーキの掛け忘れによる車両の逸走事故を教訓として作成した船内荷役マニュアルに,作業員が運転席を離れる必要のあるトラクタの車輪前方にも車止めを施すよう車止めの使用箇所を具体的に定めるなど,船内荷役作業の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては,車両の逸走事故を防止するため,トラクタの車輪前方にも車止めを施すことなど,船内荷役マニュアルの見直しを図るとともに,乗組員等に対し,必要な教育を行うなど,船内荷役作業の安全管理の措置を講じたことに徴し,勧告しない。
 B社の所為は,本件発生の原因とならない。
 D社の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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