日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成18年横審第6号
件名

遊覧船第五和寿丸遊泳客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年7月20日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(村松雅史,金城隆支,古川隆一)

理事官
熊谷孝徳

受審人
A 職名:第五和寿丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a

損害
遊泳客が右下腿挫創等

原因
後方の見張り不十分

主文

 本件遊泳客負傷は,後方の見張りが不十分で,遊泳客に向けて後進したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年8月20日09時32分
 伊豆諸島御蔵島南岸沖合
 (北緯33度51.2分 東経139度36.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 遊覧船第五和寿丸
総トン数 0.9トン
全長 7.28メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 55キロワット
(2)設備及び性能等
 第五和寿丸(以下「和寿丸」という。)は,平成16年9月に進水した最大搭載人員7人の無蓋のFRP製遊覧船で,船体後部に操縦席,その下方に機関室を有し,操縦席前面には,GPS,操舵輪,クラッチハンドル及びスタータースイッチが設置されていた。
 船尾部は,船尾甲板がひさし状に65センチメートル(以下「センチ」という。)張り出し,トランサムにチルトアップダウンが可能なB社アウトドライブ装置SZ110-1形を取り付け,同装置のプロペラは,回転直径が約36センチの右旋回3翼一体型で,同翼の中心は海面から58センチのところに位置していた。
 また,汽笛の装備はなく,拡声器は備え付けていなかった。

3 事実の経過
 和寿丸は,A受審人が1人で乗り組み,小学5年生のC(以下「C遊泳者」という。)とその両親,妹,弟及び父親の同僚の計6人の遊泳客を乗せ,ドルフィンスイムを行わせる目的で,船首0.26メートル船尾0.78メートルの喫水をもって,平成17年8月20日08時28分御蔵島北西部に位置する御蔵島港を発し,同島周辺の海域に向かった。
 ところで,ドルフィンスイムの遊泳客は,足ひれを使ってかなりのスピードで泳いでおり,いるかを追うことに夢中になって船の存在を忘れ,船と衝突して脳しんとうを起こすこともあった。また,A受審人は,いるかが横の方から自船に向かってくるときは,船の前方を通過することが多いので,後退して避けることにしていた。
 A受審人は,前日,同じ遊泳客を乗せた僚船の船長から,同客に対し,船の後部はプロペラがあるから危ないことなどを注意したと聞いていたので,遊泳客に対して船の後部に接近することの危険性を注意するなど安全指導を行わなかった。
 A受審人は,東回りで御蔵島沿岸沖合を航行し,08時48分同島東岸スバル岩の南方沖合でいるかの群れを発見し,ドルフィンスイムを始めさせ,2回併せて10分ほど行わせたところでいるかが遠ざかったので遊泳客を船上に戻し,再びいるかを探しながら御蔵島東岸沿いを南下したのち,同島南岸沿いを西行した。
 A受審人は,御蔵島南部の川口の滝沖合に至り,09時19分御蔵島の御山山頂(851メートル)から175度(真方位,以下同じ。)1.3海里の地点付近において,東方から西方へ泳ぐいるかの群れの前方で待ち受けるため,船首を北方に向け,機関をアイドリングの回転数毎分600にかけ,クラッチを中立にして漂泊し,C遊泳者,父親,妹及び父親の同僚の計4人にドルフィンスイムを始めさせた。
 C遊泳者は,上半身部分がオレンジ色,黄色及び水色の縞模様で下半分が水色の水着の上に白色のTシャツを着て,黄色のスイミングキャップ,ゴーグル,シュノーケル及び黄色の足ひれを着け,前示3人と共に,右舷側から海中に飛び込み,いるかの群れを追いかけているうち,父親たちと離れて和寿丸の左舷前方に移動し,その後,左舷後方から来る別のいるかの群れを目指して泳いでいたところ,いつしか和寿丸の船尾後方に達し,その群れが離れて行ったので顔を海中につけてうつぶせの状態で浮いたまま,泳ぐのを止めた。
 A受審人は,今回は参加せず船上に残った遊泳客2人を,船体中央部の甲板上に渡した板に腰掛けさせ,自らは操縦席で待機し,いるかが右舷正横方から自船に向かって泳いで来るのを認め,同いるかを追いかけている遊泳客が自船に衝突しないよう,後退して避けることとしたが,全遊泳客の動静を把握しておらず,右舷方に2,3人の遊泳客の頭が見えていたので,全員が右舷方に一緒にいると思い,後方の見張りを十分に行わなかったので,C遊泳者が船尾至近にいることに気付かなかった。
 09時32分わずか前A受審人は,機関をアイドリング回転のまま,クラッチを中立から後進に入れてすぐ後方を見たところ,C遊泳者を正船尾約5メートルに認めたものの,直ちにクラッチを中立にしてプロペラの回転を止めることができないまま,09時32分御山山頂から175度1.3海里の地点において,和寿丸は船首が338度に向いていたとき,1.0ノットの後進対地速力で,回転するプロペラがC遊泳者の右足に接触した。
 当時,天候は晴で風力2の南南西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
 その結果,C遊泳者は,約2週間の入院加療を要する右下腿挫創などを負った。

(本件発生に至る事由)
1 拡声器を備え付けていなかったこと
2 遊泳客に対し,安全指導を行わなかったこと
3 全遊泳客の動静を把握していなかったこと
4 遊泳客全員が右舷方に一緒にいると思ったこと
5 後方の見張りを十分に行わなかったこと
6 クラッチを入れて遊泳客に向けて後進したこと
7 クラッチを中立にしてプロペラの回転を止めなかったこと
8 回転するプロペラが遊泳客に接触したこと

(原因の考察)
 本件は,いるかを追いかけて右舷方から自船に向かってくる遊泳客を後退して避けるとき,後方の見張りを十分に行っていれば,船尾至近の遊泳客に気付くことができ,同客に向けて後進することはなく,回転するプロペラが同遊泳客に接触して負傷することを避けることができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,遊泳客全員が右舷方に一緒にいると思い,後方の見張りを十分に行わず,クラッチを入れて船尾至近の遊泳客に向けて後進し,回転するプロペラが同客に接触したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,遊泳客を船尾至近に認めたとき,クラッチを中立にしてプロペラの回転を止めなかったことは,衝突のわずか前であり,判断及び操作できる時間がなく,本件発生の原因とはならない。
 しかしながら,同種海難防止のため,船尾付近に遊泳客などがいる場合,直ちにプロペラの回転を止めなければならない。
 遊泳客に対して安全指導を行わなかったこと,全遊泳客の動静を把握していなかったこと及び拡声器を備え付けていなかったことは,いずれも,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があると認められない。
 しかしながら,A受審人は,船長として遊泳客に対して安全指導を常に行わなければならない。
 また,全遊泳客の動静を把握していれば,負傷した遊泳客の所在も把握できたのであるから,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 拡声器の備え付け及び使用は,遊泳客に対し,有効な連絡手段であると認められるので,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件遊泳客負傷は,伊豆諸島御蔵島沖合において,遊泳客にいるかと一緒に泳ぐドルフィンスイムを行わせて漂泊中,後進する際,後方の見張りが不十分で,船尾至近の遊泳客に向けて後進し,プロペラが同客に接触したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,伊豆諸島御蔵島沖合において,遊泳客にいるかと一緒に泳ぐドルフィンスイムを行わせ,クラッチを中立として漂泊中,後進する場合,船尾至近の遊泳客を見落とさないよう,後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,右舷方に2,3人の遊泳客の頭が見えていたので,全員が右舷方に一緒にいると思い,後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,船尾至近の遊泳客に気付かず,クラッチを入れ,同客に向けて後進し,プロペラが同客に接触する事態を招き,遊泳客に約2週間の入院加療を要する右下腿挫創などを負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION