(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月23日09時22分
千葉県犬吠埼南方沖合
(北緯35度37.0分 東経140度49.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船新喜宝 |
総トン数 |
499トン |
登録長 |
72.37メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分305 |
(2)設備及び性能等
新喜宝は,鉄鋼材,セメント材等の運搬に従事する船尾船橋型の貨物船で,主機としてB社が製造したLH31G型と称する,連続出力1,323キロワット同回転数毎分370のディーゼル機関を装備し,主機にはC社が製造したNR24/R型と称する排気タービン過給機を備え,燃料制限出力を735キロワットとして登録されていたところ,いつしか同制限装置が外されて運転されていた。
主機は,A重油とC重油の比が4対6のブレンド油を燃料とし,清水による間接冷却方式で,シリンダブロックにシリンダライナを挿入した嵌合部の下部をシリコンゴム製のOリングでシールし,台板を潤滑油溜めとしていた。
主機の冷却清水系統は,冷却水ポンプで送られる清水(以下「冷却水」という。)が,海水で冷却されたのちシリンダライナ周囲とシリンダヘッドとを順に冷却し,出口集合管から再び同ポンプに戻るもので,水温による容積変化の吸収と漏えい分の補給のため,機関室上段に置かれた400リットル容量の膨張タンクから同ポンプ入口に予圧し,その流入分が出口集合管の空気抜き配管から同タンク上部に戻る配管も備えていた。
主機の潤滑油系統は,潤滑油溜めの潤滑油が潤滑油ポンプ(以下,機器名の潤滑油は省略する。)で加圧され,逆洗式こし器及び冷却器を経て主管から主軸受,伝動歯車,過給機等に分配され,各部で潤滑と冷却を終えたのち再びクランクケースに戻る主循環のほか,主管圧力を調圧した際の余剰の潤滑油が機関室中段の補助タンクに送られ,同タンクからオーバーフローしたものが潤滑油溜めに戻る静置循環があり,潤滑油溜めに標準油面で約600リットル,補助タンクに約1,000リットルのほか,冷却器など付属機器や系統配管を含めて合計約1,800リットルの潤滑油を保有していた。また,補助タンク底部から取り出して,処理量が毎時700リットルの遠心式清浄機で日ごとの燃焼残渣など汚損物質を除去し,同タンクに戻すようになっていた。
ところで,潤滑油の清浄は,いったん潤滑油が大量の水などで汚損したときには通油量を低く抑え,分離板を頻繁に掃除しながら時間をかけて行う必要があった。
過給機は,排気ガスで駆動されるラジアル式タービンのロータ軸に遠心式コンプレッサを取り付け,同軸中央部を2個のフローティングメタルとスラストリングからなるスリーブ式軸受で支え,軸受の潤滑油が潤滑油系統の主管から供給されていた。また,取扱説明書では,軸受の点検頻度を16,000時間又は2年とし,ロータ軸端を半径方向に動かす簡易な計測法で,半径方向の軸受隙間が規定値以内であることを確認するよう記載されていた。
(3)主機の整備経過
新喜宝は,複数の船主が加入する協業管理組合の工務監督によって入渠工事仕様書の作成,部品管理等の業務が代行されていたが,通常の機関整備管理については機関長が行っていた。
主機は,年間5,100時間ほど運転され,シリンダライナについては,一定年数で一巡するよう検査工事の際に抜き出して点検と整備が行われていた。
主機の過給機は,平成14年11月の定期検査のための入渠工事に際して開放・点検され,軸受一式が取り替えられていた。
3 事実の経過
(1)潤滑油への冷却水混入
主機は,平成15年12月中旬,6番シリンダライナのOリングが劣化したものか,冷却水がクランクケース側に漏洩し始めた。
A受審人は,同月16日ごろ機関室見回り中に冷却水膨張タンクの水量が水面計で10センチメートルほど減少していることを認めたが,冷却水ポンプグランドからの漏れによるものと思い,直ちに漏洩箇所を調査することなく,補給弁を開けて標準水位まで補給し,数日間見回りの都度補給していたところ,潤滑油のこし器前後の差圧が急激に上昇して1日に2回も逆洗を要したので,水漏れと潤滑油の汚れとの関連を認め,20日ごろシリンダライナの抜出しと潤滑油の取替えの手配を協業管理組合に依頼した。
新喜宝は,同月22日に兵庫県尼崎西宮芦屋港に入港し,クランクケースの点検でようやく主機6番シリンダライナからの水漏れが確認され,潤滑油溜めの増量分が合計400リットルほどに達し,潤滑油が大量の冷却水でスラッジを生じるなど汚損した。
(2)本件発生に至る経緯
主機は,同日同港において,主機メーカーなどの作業でシリンダライナのOリング取替えが行われた。
A受審人は,シリンダライナのOリング取替えに先だって潤滑油溜めから1,000リットルほど汲み出して廃油処理を行い,シリンダライナ組立て後にクランクケース内面のスラッジを拭き取ったうえで,同溜めに600リットルの新油を入れたが,清浄機を連続運転しておれば問題ないと思い,付属機器と系統配管及び補助タンクの潤滑油を取り替えなかった。また,出港を見合わせて清浄機の運転に専念し,補助タンクの潤滑油の水分とスラッジ分を除去するなど,潤滑油の性状回復を図らなかった。
新喜宝は,主機の整備の間に荷役が行われ,翌23日から運航を再開し,主機が始動されたので,補助タンク,系統機器,配管等に残っていた1,200リットルほどの汚損したままの潤滑油が潤滑油系統全体に混じり合った。
主機は,潤滑油にスラッジ分を含んだまま運転が続けられ,約2箇月間清浄機が連続運転されたが,同機の分離板が汚損した潤滑油を処理して短期間のうちに汚れ,A受審人が分離板の掃除を頻繁に行わなかったので清浄効果が低下し,清浄機によるスラッジの除去がはかどらず,潤滑油の性状が回復されなかった。
A受審人は,主機の運転再開後潤滑油のサンプルを採取して性状検査を行わなかったので,潤滑油溜めに新油を入れたのちも潤滑油の性状が劣化したままであることに気付かなかった。
主機は,潤滑油中にスラッジが残るまま運転されるうち,過給機のスリーブ式軸受の油溝にスラッジが付着してフローティングメタルに潤滑油が十分に行き渡らず,軸受の摩耗が徐々に進行した。
A受審人は,過給機の吸込フィルタをほぼ1箇月毎に掃除する際にサイレンサーケーシングを外せばロータ軸端の遊びを点検することができたが,同点検を行わなかったので,軸受の摩耗が進行していることに気付かなかった。
こうして,新喜宝は,A受審人が機関長としてほか3人と乗り組み,鋼材1,548トンを積載し,船首3.3メートル船尾4.5メートルの喫水をもって,同16年10月23日06時00分鹿島港を発し,新居浜港に向かい,主機を回転数毎分317にかけて航行していたところ,主機過給機の軸受が異常摩耗してロータ軸との隙間が過大になり,09時22分犬吠埼灯台から真方位202度6海里の地点において,過給機のタービン動翼とコンプレッサーが各ケーシングと接触して異音を発した。
当時,天候は晴で風力4の北北東風が吹き,海上には白波があった。
A受審人は,機関室に入り,主機過給機を聴音してみたが原因が分からず,再び増速して運転を続けた。
新喜宝は,翌々25日新居浜港に入港間際にも過給機が異音を発し,越えて26日呉港出港の際に過給機の異音が顕著になったので,造船所に着岸して過給機が点検され,タービン動翼とコンプレッサーのケーシングとの接触痕,及びロータ軸の曲損並びに軸受の異常摩耗が認められ,のちロータ軸仕組,ケーシング,軸受メタルなど損傷部がすべて新替えされた。
(本件発生に至る事由)
1 冷却水がシリンダライナから漏れたこと
2 膨張タンクの水量の減少を認めた際,直ちに冷却水漏洩箇所の調査を開始しなかったこと
3 潤滑油が汚損したこと
4 主機の潤滑油を全量取り替えなかったこと
5 出港を見合わせて清浄機の運転に専念し,補助タンクの潤滑油の水分とスラッジ分を除去するなど,潤滑油の性状回復を図らなかったこと
6 連続運転した清浄機の分離板の掃除を頻繁に行わなかったこと
7 潤滑油の性状検査を行わなかったこと
8 過給機ロータ軸端の遊びを点検しなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,主機の潤滑油が冷却水の混入で汚損したのち,潤滑油の一部が取り替えられたのみで,スラッジ分の多い状態が続くまま主機が運転され,主軸受など主要部には損傷を生じなかったものの,過給機フローティングメタルの油溝にスラッジ分が詰まって軸受が異常摩耗し,隙間が増大してタービンロータ軸仕組が損傷したものである。
主機の運転再開前に,潤滑油の性状を適正な範囲に回復させるなど,潤滑油の性状管理が十分に行われておれば,スラッジが前示メタルの油溝に詰まらず,本件発生を防止できたと認められる。
さて,本件において,取り替えられなかった潤滑油の性状を適正な範囲に回復させることは,出港を見合わせて清浄機の運転に専念し,補助タンクの潤滑油の水分とスラッジ分を除去し,その間清浄機の分離板を頻繁に開放掃除し,潤滑油の性状検査を適宜行って運転再開の可否を判断することでも達成できたとも言えるが,運航再開まで相応の日数を要するほか,確実を期するには冷却器など付属機器と配管内のフラッシングも必要であること,潤滑油に対する水の混入比が18パーセント以上と大きく,清浄機による清浄分離には時間的余裕が必要であることなどを併せて考慮すると,実務的には全量取替えが適切と認められる。
したがって,A受審人が,冷却水のシリンダライナからの漏れで潤滑油が汚損した際,主機の潤滑油を全量取り替えなかったことは,本件発生の原因となる。
また,主機の運転再開前に清浄機を運転して補助タンクの潤滑油の水分とスラッジ分を除去するなど,潤滑油の性状回復を図らなかったこと,連続運転した清浄機の分離板の掃除を頻繁に行わなかったこと及び潤滑油の性状検査を行わなかったことは,本件発生の原因としないが,汚損した潤滑油性状の把握に努めながら性状回復を図る重要性が再認識されなければならない。
A受審人が,膨張タンクの水量の減少を認めた際,直ちに冷却水漏洩箇所の調査を開始しなかったことは,漫然と冷却水の補給を続け,潤滑油中への冷却水混入量が大量になったことにつながり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当なる因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
過給機ロータ軸端の遊びを点検しなかったことは,潤滑油の汚損が軸受の潤滑に影響するのを予見し,1箇月毎に行われるエアフィルタの取替えの機会に合わせて早急に点検したとしても,同汚損の続く中で徐々に進行した軸受摩耗は見出せず,その後の点検の動機がなくなって,過給機軸受の損傷という結果回避は難しいと認められるから,本件発生の原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機のシリンダライナOリングから冷却水が漏れて潤滑油系統に多量の冷却水が混入し,潤滑油が汚損した際,潤滑油を全量取り替えるなど,性状管理が不十分で,スラッジが過給機の軸受の油溝に詰まって堆積し,同軸受が異常摩耗するまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の潤滑油系統に冷却水が多量に混入し,潤滑油が汚損したのを認めた場合,部分的な潤滑油の交換で直ちに運転を再開すると,潤滑油の汚損期間が長くなるから,スラッジによる不具合を生じることのないよう,潤滑油を全量取り替えるなど,性状管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は,台板の潤滑油溜めの内容量を取り替えたのち,清浄機を連続運転しておけば問題が生じることはないものと思い,潤滑油を全量取り替えるなど,性状管理を十分に行わなかった職務上の過失により,取り替えられなかった補助タンクや機器,配管などの汚損した潤滑油が系統に混じり合い,スラッジ分が過給機のフローティングメタルの油溝に詰まり,同軸受が異常摩耗してタービン動翼とコンプレッサーが各ケーシングと接触し,ロータ軸に曲損を生じる事態を招き,主機の運転に支障を来たすに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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