(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年6月22日11時20分
福岡県苅田港港外
(北緯33度48.2分 東経131度02.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船豊後丸 |
総トン数 |
506トン |
全長 |
61.77メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
回転数 |
毎分640 |
(2)設備及び性能等
ア 豊後丸
豊後丸は,昭和59年1月に竣工した船尾船橋型鋼製貨物船で,船尾楼に操舵室と居住区域が,及びその下方に機関室が区画されており,同室に主機が設置されていた。
イ 主機
主機は,昭和58年10月にB社が製造したZ280-ST3型と呼称するディーゼル機関で,軸系には減速機及び可変ピッチプロペラによる推進装置のほか,船内電源用の軸発電機,動力取出軸を介して荷役用の空気圧縮機が接続されていた。また,間接冷却方式で,圧縮空気によって始動されており,潤滑油の総油量が1.8キロリットルであった。架構船尾側上部には,排気ガスタービン過給機(以下「過給機」という。)が付設され,船首側から順番号が付けられている各シリンダのシリンダヘッドに組み込まれた排気弁2個からの排気が,1番,4番と5番シリンダ及び2番,3番と6番シリンダの排気マニホルド2群を通り,過給機に導かれていた。
ウ 主機の排気弁
排気弁は,バルブローテータ,弁ばね,弁棒,全長301.5ミリメートル(mm)外径102mm内径70mmの円筒形の排気弁箱,同弁箱上部のバルブガイド,及びはめ合いによって同弁箱下部に接合された弁座等から構成され,同弁箱ごと抜き出すことができるものであった。また,シリンダヘッドから分岐した冷却清水が排気弁箱及び弁座の水ジャケットを通るようになっていて,同弁箱と弁座との接合面に内径5mmの冷却清水連絡孔2個が設けられ,同連絡孔部に厚さ1.9mmのゴム製の水密用Oリング(以下「Oリング」という。)が装着されていた。そして,取扱説明書には,燃料油にC重油を用いる機関について800ないし1,200運転時間ごとに排気弁箱の開放点検及び弁棒と弁座とのすり合わせを行うことなどが記載されていた。
エ 主機の過給機
過給機は,C社が製造したVTR251型と呼称するもので,軸流式タービンと遠心式ブロワとを結合するロータ軸がタービン側軸受箱の単列玉軸受及びブロワ側軸受箱の複列玉軸受によって支持されており,排気弁から排気マニホルドを通った排気が,過給機の排気入口ケーシングを経てタービンノズルで膨張し,ロータ軸を回転させる構造になっていた。
3 事実の経過
豊後丸は,大分県津久見港や苅田港の積出地から中国,四国及び九州方面に至る諸港の揚げ地間におけるセメントのばら積輸送に従事しており,毎年7月に入渠して船体及び機関の整備を行い,船長及び機関長を含む航機各4人の乗組員が70日間乗船し,そのうち各1人が輪番で20日間の休暇を取る体制としていた。
A受審人は,主機の燃料油として出入港時等にはA重油を,全速力前進航行時にはC重油を用い,同航行時の回転数毎分635にかけて軸発電機を駆動しながら,最大21度の可変ピッチプロペラ翼角を17度までとし,年間に3,500時間ばかり運転しており,また,防錆剤を適宜投入していた。主機の排気弁の整備については,平素,次回入渠時までの中間時期となる毎年1月以降,定期的に船内作業で2シリンダずつ保有している予備の完備品4個と交換することとし,取り外した排気弁を開放して掃除したのち,バルブガイド,弁棒や弁座等が衰耗しているもののほかOリングを新替えし,弁棒と弁座とのすり合わせを行い,再び予備の完備品として組み立てる手順で他のシリンダとの交換を繰り返しており,また,竣工時以来の排気弁箱が長期間使用されて衰耗した同弁箱数個が取り替えられていることを知っていた。
A受審人は,平成16年3月2日に休暇を終えて乗船したのち,平素の船内作業による手順で主機の排気弁を整備することとし,3月20日に1番及び2番シリンダ,4月3日に3番及び4番シリンダ,4月13日に5番及び6番シリンダの排気弁をそれぞれ予備の完備品4個と交換したところ,5番及び6番シリンダから取り外した排気弁箱4個のうち1個が長期間使用されているもので,その弁座との接合面のOリングを装着する冷却清水連絡孔部に腐食が生じていたが,4月16日排気弁を開放して掃除した際,Oリングを新替えするから支障ないものと思い,排気弁箱の衰耗状況の点検を十分に行わなかったので,冷却清水連絡孔部に腐食が生じていることに気付かず,同連絡孔部の腐食箇所を平滑にする措置をとらないまま,Oリングを新替えし,他の排気弁箱3個とともに弁棒と弁座とのすり合わせを行い,予備の完備品として組み立て保管し,5月20日に下船した。
豊後丸は,越えて7月下旬定期検査受検の目的で入渠し,業者によって主機のピストンや過給機等が開放整備された際,全シリンダの排気弁が予備の完備品を使用せずに整備されたのち,次回の入渠予定が従来の7月から10月以降に変更されたことに伴い,翌17年4月24日に1番及び2番シリンダの排気弁が船内作業で予備の完備品4個と交換されたとき,前示排気弁箱の冷却清水連絡孔部に腐食が生じていたものが2番シリンダ右舷側の排気弁に取り付けられ,その後,運転が続けられているうち,同連絡孔部の腐食が進行したことから,Oリングによる水密機能が次第に低下する状況となった。
こうして,豊後丸は,D機関長ほか5人が乗り組み,空倉のまま積荷の目的で,同年6月21日16時50分広島港を発し,苅田港に向かい,翌22日01時30分同港の港外に至り,岸壁着岸待機のために投錨して停泊中,主機を停止しているうち,2番シリンダ右舷側の排気弁箱の冷却清水連絡孔部に生じた腐食が著しく進行していてOリングによる水密が不良となり,閉弁中に漏洩した冷却清水が排気マニホルドに流入し,開弁していた6番シリンダの排気弁を経て燃焼室に滞留する状況のまま,着岸に備え,機関室当直者が始動準備としてエアランニングを行ったとき,11時20分苅田港北防波堤灯台から真方位082度1.5海里の地点において,同水が過給機に浸入するとともに同シリンダのインジケータ弁から噴出した。
当時,天候は曇で風力2の西南西風が吹き,海上は穏やかであった。
豊後丸は,D機関長が入港部署で船首配置に就いていたところ,機関室当直者から主機の異状を知らされて機関室に赴き,6番シリンダの排気弁を抜き出して点検したものの,冷却清水の漏洩箇所を特定することができないまま,過給機のぬれ損を認め,始動不能と判断してその旨を船長に報告し,船舶所有者に救助を要請して来援した引船により関門港下関区に曳航されたのち,主機が精査された結果,2番シリンダ右舷側の排気弁箱から冷却清水が漏洩したことが判明し,排気弁が交換され,過給機及び6番シリンダのシリンダへッドが開放整備されたほか,漏洩した冷却清水が混入した潤滑油が取り替えられた。
(本件発生に至る事由)
1 主機の排気弁箱が長期間使用されていたこと
2 排気弁を開放して掃除した際,Oリングを新替えするから支障ないものと思い,排気弁箱の衰耗状況の点検を十分に行わなかったこと
3 排気弁箱の冷却清水連絡孔部に生じた腐食箇所を平滑にする措置をとらなかったこと
4 主機を停止しているうち,排気弁箱の冷却清水連絡孔部の腐食が著しく進行していてOリングによる水密が不良となり,漏洩した冷却清水が排気マニホルドに流入したこと
(原因の考察)
本件は,元機関長が,主機の排気弁箱が長期間使用されていたことを知っており,排気弁を開放して掃除した際,同弁箱の衰耗状況の点検を十分に行っていたなら,冷却清水連絡孔部に腐食が生じていることに気付き,同連絡孔部の腐食箇所を平滑にする措置をとり,主機を停止しているうち,腐食が著しく進行していてOリングによる水密が不良となり,漏洩した冷却清水が排気マニホルドに流入することが回避され,発生を防止することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,排気弁を開放して掃除した際,Oリングを新替えするから支障ないものと思い,排気弁箱の衰耗状況の点検を十分に行わず,冷却清水連絡孔部に生じた腐食箇所を平滑にする措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機排気弁箱の衰耗状況の点検が不十分で,冷却清水連絡孔部に生じた腐食箇所を平滑にする措置がとられず,主機を停止しているうち,同連絡孔部の腐食が著しく進行していてOリングによる水密が不良となり,漏洩した冷却清水が排気マニホルドに流入したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の排気弁を開放して掃除した場合,長期間使用されていた排気弁箱の腐食箇所を見落とさないよう,同弁箱の衰耗状況の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,Oリングを新替えするから支障ないものと思い,排気弁箱の衰耗状況の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,冷却清水連絡孔部に腐食が生じていることに気付かず,同連絡孔部の腐食箇所を平滑にするなどの措置をとらないまま,主機を停止しているうち,腐食が著しく進行していてOリングによる水密が不良となり,漏洩した冷却清水が排気マニホルドに流入する事態を招き,過給機をぬれ損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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