(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月13日10時00分
石川県富来漁港
(北緯37度08.8分 東経136度42.0分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八大興丸 |
総トン数 |
19トン |
登録長 |
19.96メートル |
機関の種類 |
4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
551キロワット |
回転数 |
毎分1,400 |
3 事実の経過
第八大興丸(以下「大興丸」という。)は,昭和60年6月に進水した,中型まき網漁業船団の運搬船として従事するFRP製漁船で,主機が平成15年5月に,B社製造の6NSDL-M型と呼称するディーゼル機関に換装され,年間2,000時間ばかり運転されていた。
主機潤滑油系統は,油受の160リットルの潤滑油が直結潤滑油ポンプで吸引・加圧され,潤滑油冷却器を通り,潤滑油温度が摂氏50度に,圧力調整弁を経由して同油圧力が5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)に調節され,2筒式の潤滑油こし器(以下「こし器」という。)に入り,同こし器出口側に付設された,潤滑油圧力が0.23キロから開き始め,0.45キロ以上では全開となる逆止め弁を経て,各シリンダの主軸受,クランクピン軸受,ピストン及びシリンダライナ等を潤滑したのち,クランク室に戻って循環するようになっていて,潤滑油主機入口圧力が2キロ以下で警報を発する潤滑油圧力低下警報装置や1.5キロ以下で同機を停止する危急停止装置などが組み込まれていた。また,同油系統には,弁操作により,主機始動前の同油系統のプライミングや油受からの同油の排出・更油などが行える手動潤滑油ポンプが,直結潤滑油ポンプと並列に付設されていた。
こし器エレメントは,250メッシュの金属製で,2筒のこし器カバーがこし器台に取り付けられている各ボルトで,同台に固定されるが,同カバーとエレメントの間に,線径3ミリメートル(以下「ミリ」という。)のピアノ線のコイル径28ミリ,有効巻数5,自由長さ45.8ミリ,密着時長さ21ミリの圧縮ばね(以下「こし器用ばね」という。)を前示ボルトに通して挟み込み,同カバーをナットで締め付ければ,エレメントが,カバー越しに圧縮される同ばねの力で,こし器台に押し付けられて固定されるようになっていた。
圧力調整弁には,線径2.3ミリのピアノ線のコイル径16ミリ,有効巻数22,自由長さ134ミリ,密着時長さ54.1ミリの圧縮ばね(以下「圧力調整弁用ばね」という。)が使用され,ばね抑えのねじ締め量により,主機潤滑油系統の圧力調整を行いつつ,余剰潤滑油がクランク室に戻るよう配管されていた。
逆止め弁には,線径1.8ミリのピアノ線のコイル径23ミリ,有効巻数13.5,自由長さ100ミリ,密着時長さ25ミリの圧縮ばね(以下「逆止め弁用ばね」という。)が使用され,主機運転中は全開で,同機停止で全閉し,潤滑油が主管からクランク室に流れ落ちないようにしていた。
そして,こし器用ばねは,線径が大きく,逆止め弁用ばねや圧力調整弁用ばねに比較すると強いばねであるが,こし器用ばねを逆止め弁に取り違えても組み付けることは可能であった。
ところで,A受審人は,中学卒業から家業の小型刺網漁船に甲板員として乗船し始め,その後,さけ・ます流し網漁船に機関員及び操機長として乗船したのち,昭和50年7月小型船舶操縦免許(一級・5トン・特殊)を取得し,平成元年からC社に入社して大興丸に乗船し,同2年から同船の機関長として機関の運転保守にあたっていた。
大興丸は,石川県富来漁港を基地とし,操業期には,夕方に出漁し,翌朝07時ごろ帰港することを繰り返していたが,平成16年12月中旬から休漁期となり,同港に係留していた。翌17年は漁模様が芳しくなく,5月ごろからの操業が先延ばしされていた。
A受審人は,7月に入り,各船の機関整備を待って船団を出漁させる旨の連絡を受け,同月13日08時00分から大興丸の機関整備を始め,各熱交換器類の保護亜鉛の交換,主機潤滑油の更油に引き続き,こし器の開放整備を行い,同器下部の逆止め弁も併せて開放しており,同こし器等を復旧する際,組み付けるべきばねの確認を十分に行わないまま,逆止め弁用ばねとこし器用ばねを取り違え,逆止め弁に,こし器用の強いばねを組み付けていた。しかし,同人は,間違いなく復旧したので大丈夫と思い,このまま主機を始動・運転すれば,圧力調整弁経由後の5キロの潤滑油圧力では,強いこし器用ばねが入っている逆止め弁を十分に開くことができず,潤滑油流量が十分に確保されなくなり,主機各部の潤滑が阻害される状況となるが,このことに気付かなかった。
こうして,大興丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,船首0.4メートル船尾1.9メートルの喫水をもって,富来漁港で係留のまま,主機試運転を行う目的で,同人が,手動潤滑油ポンプで主機潤滑油系統のプライミングを行ったのち,平成17年7月13日09時55分主機を始動し,回転数毎分600の停止回転で運転していたところ,同日10時00分能登富来港東防波堤灯台から真方位000度350メートルの地点において,主機から異音が発生し,船長から,操舵室で主機油圧低下警報装置のブザー音を聞きつけたことや,同室後方の主機クランク室のオイルミスト抜き管から大量の白煙が噴出している旨の連絡を受けたA受審人が主機を急ぎ停止した。
当時,天候は晴で風はなく,港内は穏やかであった。
その結果,大興丸は,業者により主機が精査され,クランク軸及びクランクピン軸受メタル全数などに焼損が判明し,その後,損傷部品が新替えされた。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機のこし器等を開放整備して復旧する際,組み付けるべきばねの確認が不十分で,逆止め弁に,強いこし器用ばねが組み付けられたまま,主機が運転され,同弁が十分に開かず,同機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機のこし器等を開放整備して復旧する場合,主機各部は強制潤滑されているから,同機各部の潤滑油流量が十分に確保されるよう,組み付けるべきばねの確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,間違いなく復旧したので大丈夫と思い,組み付けるべきばねの確認を十分に行わなかった職務上の過失により,弱い逆止め弁用ばねと強いこし器用ばねとを取り違え,逆止め弁に強いこし器用ばねを組み付けたまま,主機を始動し,回転数毎分600の停止回転で運転中,逆止め弁が十分に開かず,主機各部の潤滑が阻害される事態を招き,同機クランク軸及びクランクピン軸受メタル全数などを焼損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。