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平成18年横審第40号
件名

貨物船ひたち丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年9月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(大山繁樹,清水正男,今泉豊光)

理事官
岡田信雄

指定海難関係人
A社 業種名:機関製造業

損害
ピストン頂部に破口,5番シリンダのシリンダヘッド,シリンダライナに打ち傷,プッシュロッドに曲損,過給機のノズル,タービン翼に曲損

原因
機関製造業者が主機弁腕の検査不十分

主文

 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機弁腕の検査を十分に行わなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年7月3日11時25分
 千葉県犬吠埼南南西方沖合
 (北緯35度31.6分 東経140度45.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船ひたち丸
総トン数 698トン
登録長 82.73メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
回転数 毎分690
(2)設備及び性能等
 ひたち丸は,平成16年11月に進水し,専ら和歌山県和歌山下津港と茨城県鹿島港間の鋼材運搬に従事する鋼製貨物船で,主機として,指定海難関係人Aが製造した6DKM-28L型と呼称するディーゼル機関を装備し,主機の各シリンダには船尾側を1番として船首側へ順番号が付されていた。
ア 主機の吸排気弁
 主機の吸排気弁は,シリンダヘッドの船首側左右に吸気弁,船尾側左右に排気弁を配置した4弁式で,主機右舷側に設けられたカム軸からスイングアーム,プッシュロッド,弁腕,T字形押さえを介して開閉され,吸排気弁の弁端隙間の正常値が,いずれも100分の50ミリメートル(以下「ミリ」という。)であった。
 なお,吸排気弁の弁棒端及びプッシュロッド頂部へは,主機潤滑油主管から分岐した潤滑油が弁腕の油孔を通り,注油されるようになっていた。
イ 主機弁腕のプッシュロッドシート用嵌合穴
 弁腕は,球状黒鉛鋳鉄(材料記号FCD450)製で,プッシュロッドの突上げを受ける箇所に,逆Y字型のクロムモリブデン鋼(材料記号SCM415)製のプッシュロッドシートが取り付けられ,同シートの弁腕への取付けは,弁腕に製作した径18.0ミリ深さ23.0ミリの同シート用嵌合穴(以下「嵌合穴」という。)に,同シートの径18.023ミリないし18.034ミリの部位を,所定の油圧により圧入して深さ23.0ミリの位置まで嵌合するものであった。

3 指定海難関係人A社
 指定海難関係人A社は,6DKM-28L型機の製造にあたって,クランク軸,架構,ピストン,シリンダライナ,カム軸等を自社で製造し,吸排気弁,弁腕,プッシュロッド,調時歯車等を協力会社に発注して製造させたうえ,自社で組み立てており,弁腕の嵌合穴の製作とプッシュロッドシートの嵌合を,大阪市所在のB社に発注していた。
 また,指定海難関係人A社は,品質保証部が品質を向上させるため年に数回B社に出向いて指導していたが,嵌合穴深さの全数検査を指示していなかったので,B社は全数検査ではなく,目視による抜取り検査を行なっており,一方,発注した製品の検査を担当していた品質保証部においても,プッシュロッドシートを嵌合した弁腕をB社から受領したのち,全数検査を行わず,電気式計測器により抜取り検査をしていた。

4 事実の経過
 B社は,嵌合穴の製作を,最初にきり下穴として径17.2ミリのドリル加工し,次にリーマ下穴加工として径17.7ミリのエンドミル加工をしたうえ,最後に径18.0ミリのリーマ加工としていたところ,きり下穴加工とリーマ下穴加工の際に工具の補正値を誤ったものか,同時期に嵌合穴を製作した100個のうち,1個が深さ23.0ミリのところ26.1ミリと深く製作し,そのあとリーマ加工穴を正常の径18.0ミリ深さ23.0ミリに製作したため,嵌合穴が深さ23.0ミリのところで段差を生じた。
 また,B社は,嵌合穴の製作状況を確認する際,目視による抜取り検査した弁腕の中に,26.1ミリと深く製作された嵌合穴の弁腕が含まれていなかったため見逃され,同嵌合穴にプッシュロッドシートを所定の油圧で圧入したところ,深さ23.0ミリの段差の位置で止まって,外見上は異状のない状態で嵌合され,同弁腕を受領した指定海難関係人A社C部においても,電気式計測器で抜取り検査した中に含まれていなかったため見逃され,同弁腕は,平成16年9月に製造した主機の5番シリンダ排気弁用として組み込まれ,同主機がひたち丸に搭載された。
 ひたち丸は,同16年12月に就航し,翌17年1月に指定海難関係人A社が主機の運転状況を点検した際,吸排気弁の弁端隙間を確認し,その後主機を月間約350時間運転していたところ,5番シリンダ排気弁弁腕の嵌合穴の段差部が,プッシュロッドの突き上げを繰り返し受けているうちに次第に疲労して亀裂を生じ,これが進展するようになった。
 こうして,ひたち丸は,機関長Dほか4人が乗り組み,鋼塊2,300トンを積載し,船首4.15メートル船尾5.15メートルの喫水をもって,同17年7月2日05時00分和歌山下津港を鹿島港に向けて発し,主機を回転数毎分650にかけて11.5ノットの対地速力で航行中,翌3日11時00分D機関長が機関日誌に主機排気温度などを記載して異状のないことを確認していたところ,5番シリンダ排気弁弁腕の嵌合穴の段差部が亀裂の進展とともに破壊され,プッシュロッドシートが急激に嵌合穴の奥に入り込んで弁端隙間が著しく大きくなり,過大な衝撃荷重が作用した左舷側排気弁が弁棒のバルブコッタ装着箇所から水平に折損し,11時25分犬吠埼灯台から真方位207度12.2海里の地点において,同弁が燃焼室内に落下して大音を発した。
 当時,天候は曇で風力3の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
 D機関長は,直ちに監視室から操舵室へクラッチ中立を要請して主機を停止し,5番シリンダのシリンダヘッドを取り外すなどして各部を点検したところ,ピストン頂部が破口し,シリンダライナ下部と架構の間から冷却清水がクランク室内に落下しているのを認め,運転不能と判断してタグボートを要請し,ひたち丸は,曳航されて鹿島港に引き付けられた。
 損傷の結果,主機は,前示損傷のほか5番シリンダのシリンダヘッド,シリンダライナに打ち傷,プッシュロッドに曲損,破損片の侵入により過給機のノズル及びタービン翼に曲損,排気入口ケーシングに打痕を生じており,のち損傷部品が新替え修理され,全シリンダの弁腕が新替えされた。
 指定海難関係人A社は,本件後,当該プッシュロッドシート嵌合の弁腕と同時期に製作したものを,すべてを検査したが異状がなく,同シート嵌合の弁腕については,受領した際に全数検査を実施し,また,B社は,指定海難関係人A社から嵌合穴の計測具の作製,同計測具による全数計測検査などの指示を受け,これを実施するようにした。

(本件発生に至る事由)
1 指定海難関係人A社がB社に嵌合穴深さの全数検査を指示しなかったこと
2 B社が嵌合穴を所定の深さより深く製作したこと
3 指定海難関係人A社が弁腕受領時に全数検査を実施しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,指定海難関係人A社がB社に嵌合穴深さの全数検査を指示し,自社においても弁腕受領時に全数検査を実施していたなら,深く製作された嵌合穴に気付くことができ,発生は回避できたと認められる。
 したがって,指定海難関係人A社がB社に嵌合穴深さの全数検査の指示,自社における弁腕受領時の全数検査の実施など,弁腕の検査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社が嵌合穴を所定の深さより深く製作したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,加工する際に工具の補正値を誤った可能性があり,このような誤りを完全に回避することは困難なため,検査を行う必要があったことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,B社としては,加工不良品を出すと無駄であるばかりでなく,本件のような損傷につながることがあるから,加工精度の向上に努めるべきである。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機部品を製作する際,弁腕の検査が不十分で,運転中,プッシュロッドシートが深く製作された弁腕の嵌合穴に入り込み,排気弁の弁端隙間が著しく大きくなって同弁に過大な衝撃荷重が作用したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 指定海難関係人A社が,主機部品を製作する際,B社に対し,嵌合穴深さの全数検査の指示をするとともに,自社においても弁腕受領時に全数検査を実施するなど,弁腕の検査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 指定海難関係人A社に対しては,本件後,B社が嵌合穴深さを計測具で全数検査などを行っていること,及び自社においても弁腕受領時に全数検査を実施していることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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