(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月29日04時45分
鹿児島県奄美大島西方沖合
(北緯28度53分 東経128度16分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二十八進漁丸 |
総トン数 |
74.83トン |
全長 |
33.25メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
286キロワット |
回転数 |
毎分655 |
(2)設備及び性能等
ア 第二十八進漁丸
第二十八進漁丸(以下「進漁丸」という。)は,昭和57年12月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する船首楼付一層甲板型のFRP製漁船で,船体中央やや後方に配置した操舵室の甲板下となる機関室に,主機として,B社が製造したT220-T3型と称するディーゼル機関を備え,たわみ軸継手を介し,C社が製造したY-850型と称する逆転減速機(以下「減速機」という。)を連結しており,操舵室に主機遠隔操縦装置が装備されていた。
なお,主機は,連続最大出力588キロワット同回転数毎分800(以下,回転数は毎分のものを示す。)のT220A-UT型原機から空気冷却器を取り外した型式で,負荷制限装置を付設して登録されたものであったが,いつしか無届けのまま同冷却器を取り付けたうえ,同装置が取り外され,全速力前進時の回転数を800として運転されていた。
イ 減速機
減速機は,1段減速歯車と湿式油圧多板クラッチ(以下「クラッチ」という。)を内蔵した入出力軸異芯型で,たわみ軸継手を介して主機フライホイールに接続した入力軸兼用の後進軸,その両側に同軸と歯車で噛み合って逆方向に駆動する2本の前進軸,前・後進クラッチ,前進及び後進各軸の船尾側にそれぞれクラッチを介して装着した小歯車と噛み合う大歯車を取り付けた出力軸,並びに各軸両端の軸受などで構成されており,これらの構成部品が水平継手フランジで上中下に3分割された鋳鉄製のクラッチケース内に組み込まれていた。
減速機の据付けは,下部クラッチケース四隅の据付け部とこれに対応する船体に固定された機関台据付け面に,船首側両舷が横列,船尾側両舷が縦列となる2箇所のボルト穴をそれぞれ開け,フートライナを挟んでそれぞれ各2本の貫通する据付けボルトにより固定するようになっており,各部の同ボルトのうち端部の1本が全長255ミリメートル(mm)リーマ部径30mmで両端ねじの呼び径M27のリーマボルト,他の1本が全長255mm両端ねじの呼び径M27のボルト(以下「通しボルト」という。)で,各ボルト両端をそれぞれナットで締め付けたうえ,各ナットには止めナットが施されていた。
また,たわみ軸継手は,皿形円板状のボス部を減速機の入力軸前部端に六角ボルト6本と平行ピン8本で取り付け,円板外周部に取り付けた円筒形の弾性ゴム16個を主機フライホイール円周上の穴に挿入,連結したもので,主機のトルクを減速機に伝達するとともに,機関に発生するトルク変動やねじり振動による衝撃力を吸収し,軸心の若干の誤差も吸収できるようになっていた。
3 事実の経過
進漁丸は,宮崎県大堂津漁港を基地として,毎年2月から11月までの間かつお一本釣り漁業に従事し,12月から翌年1月にかけて船体及び機関等の整備を行っているもので,主機を年間約4,500時間運転しており,平成14年12月の定期検査工事において,主機及び減速機の開放整備を行って異常のないことを確認したほか,たわみ軸継手の弾性ゴムを新替えした。
A受審人は,機関の運転管理にあたって,航海中及び操業中のほか,漁場での夜間漂泊中も含め,機関室当直を機関員4人と輪番で行い,出港時や漂泊から早朝の操業開始時には,自ら機関室に赴き主機の始動準備と始動後の見回りを行うようにしており,打検によって締付けボルト類の緩みの有無が判断できることを知っていた。
ところで,A受審人は,同16年の操業期に入り,前回定期検査工事から1年以上が経過するなか,FRP船特有の船体振動や操業中の激しい前後進操作の影響などを受け,減速機据付けボルトに緩みを生じるおそれがあったが,これまで振動によって機器に不具合が生じたことがなかったので問題ないものと思い,出漁の合間などに同ボルトの締付け状態に対する点検を行わなかったので,いつしか減速機据付けボルトが緩み始めたことに気付かず,同ボルトが徐々に緩んだことから振動の変化に対する慣れが生じていたためか,同機の振動が次第に大きくなっていることにも気付かないまま運転を続けた。
このため,減速機は,船首側両舷及び船尾側左舷の3箇所において据付けボルトの緩みが進み,やがて頭部のナットが外れた同ボルトが順次脱落する状況となり,船尾側右舷据付けボルト2本の締付け力とたわみ軸継手の作用で内部構成部品には影響が及ばなかったものの,下部クラッチケースの船尾側右舷据付け部に過大な繰返し応力が集中し,船首側の通しボルト穴を起点とした亀裂を生じる状況となった。
こうして,進漁丸は,A受審人ほか15人が乗り組み,操業の目的で,船首1.3メートル船尾2.8メートルの喫水をもって,同年4月26日07時00分大堂津漁港を発し,途中,鹿児島県山川港で燃料油を積載したのち,同県奄美大島西方沖合の漁場に至って操業を始めたところ,減速機下部クラッチケースの船尾側右舷据付け部に生じた亀裂が進展し,同月29日漂泊中の04時38分,松崎受審人が操業開始に備えて主機を始動し,スタンバイを発令後船長が主機遠隔操縦ハンドルを操作して減速機の前進クラッチが嵌合したとき,04時45分北緯28度53分 東経128度16分の地点において,前示据付け部が割損した。
当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
主機始動後の見回りを行っていたA受審人は,前進クラッチが嵌合されたときに減速機が船首方向へわずかに移動したことに気付き,同機を点検したところ,据付け部のうち3箇所の据付けボルト6本がすべて脱落したうえ,同ボルト2本が締まっていた船尾側右舷の据付け部に割れが生じているを認め,運転状況に注意して帰港することにした。
進漁丸は,翌朝大堂津漁港に戻り,整備業者が精査した結果,強度や歪み発生の問題から割損箇所の溶接修理を行わないで,回収した据付けボルトを復旧する仮修理を行い,運転状態に異常がないことを確認のうえ,操業を再開したのち,翌17年1月に減速機のクラッチケースをすべて新替えしたほか,損耗したたわみ軸継手の弾性ゴムを取り替えるなどの修理が行われた。
(本件発生に至る事由)
1 前回定期検査工事から長期間経過し,FRP船特有の船体振動や操業中の激しい前後進操作の影響などを受け,減速機の据付けボルトに緩みを生じたこと
2 減速機据付けボルトの締付け状態に対する点検を十分に行っていなかったこと
3 据付けボルトの緩みに伴い減速機の振動が次第に大きくなっていることに気付かなかったこと
4 下部クラッチケース4箇所の据付け部のうち3箇所の据付けボルトが順次脱落し,残った1箇所に過大な繰返し応力が集中したこと
(原因の考察)
本件は,前回定期検査工事から長期間経過する状況下,減速機据付けボルトの締付け状態の点検を行っていれば,FRP船特有の船体振動や操業中の激しい前後進操作の影響などを受けて同ボルトに緩みを生じていることを早期に発見でき,据付けボルトが順次脱落し,振動の増大で締付けが残った下部クラッチケースの船尾側右舷据付け部に過大な繰返し応力が集中することを防止でき,発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,これまで振動によって機器に不具合が生じたことがなかったので問題ないものと思い,出漁の合間などに減速機据付けボルトの締付け状態に対する点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,A受審人が,据付けボルトの緩みに伴い減速機の振動が次第に大きくなっていることに気付かなかったことは,同ボルトが徐々に緩んだことで振動の変化に対する慣れが生じていたためと考えられることから,本件発生の原因とするまでもないが,今後,わずかな事故の予兆も見落とさないよう,繊細な運転状態の点検を行う必要がある。
なお,主機について無届けで空気冷却器を取り付け,かつ負荷制限装置が取り外されていた点については,本件発生に関与した事実とは認められないが,違法行為であり,厳に慎むべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機減速機の据付けボルトの締付け状態に対する点検が不十分で,クラッチケース据付け部4箇所のうち3箇所において同ボルトが緩んで順次脱落するまま運転が続けられ,据付けボルトの締付けが残った同ケースの船尾側右舷据付け部に過大な繰返し応力が集中したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の運転管理にあたる場合,前回定期検査工事から長期間経過し,FRP船特有の船体振動や操業中の激しい前後進操作の影響などを受け,減速機据付けボルトに緩みを生じるおそれがあったから,出漁の合間などに同ボルトの締付け状態に対する点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,これまで振動によって機器に不具合が生じたことがなかったので問題ないものと思い,据付けボルトの締付け状態に対する点検を十分に行わなかった職務上の過失により,クラッチケース据付け部4箇所のうち3箇所において同ボルトが緩んで順次脱落するまま運転を続け,同ケースの船尾側右舷据付け部に過大な繰返し応力が集中する事態を招き,同据付け部を割損させ,たわみ軸継手の弾性ゴムを損耗させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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