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平成18年門審第42号
件名

漁船十一号恭進丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年8月11日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二,向山裕則,阿部直之)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:十一号恭進丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)(履歴限定)

損害
主機主軸受の軸受メタル焼損,クランクジャーナルにかき傷等

原因
主機の始動準備不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の始動準備が不十分で,潤滑油主管圧力が著しく低下したまま運転が行われたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月14日01時05分
 鹿児島県草垣群島南方沖合
 (北緯30度31.0分 東経129度25.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船十一号恭進丸
総トン数 69.86トン
全長 34.20メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 294キロワット
回転数 毎分350
(2)設備及び性能等
ア 十一号恭進丸
 十一号恭進丸は,昭和54年2月に竣工したFRP製漁船で,船体中央部船尾寄り上甲板の上方に船橋が,及び同甲板の下方に機関室が配置され,同室に設置された主機の遠隔操縦が船橋から行われるようになっていた。
イ 主機
 主機は,昭和53年10月にB社が製造したMS245GTS-2型と呼称するディーゼル機関で,一体形鍛鋼製のクランク軸の船尾側に逆転減速機が結合され,主軸受の軸受メタルとして三層メタルが装着されていた。また,船首側に直結駆動の潤滑油ポンプが,及び左舷側の船尾寄りに電動式の補助潤滑油ポンプが設置されていた。
ウ 主機の潤滑油系統
 潤滑油系統は,総油量220リットルで,クランク室下部の油だめの船尾側から三方コックを介して潤滑油ポンプ,あるいは補助潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が,各ポンプ吐出側の三方コック,金網複筒切替え式の潤滑油こし器,潤滑油冷却器を順に経て潤滑油主管に入り,同管から中間歯車軸軸受,カム軸軸受及び調速機等に分岐し,主軸受,クランクジャーナル及びクランクピン内部の油路を通ってクランクピン軸受へ送られ,さらに連接棒内部の油路を通ってピストンピン軸受に至り,各軸受を潤滑してピストンを冷却するほか,クランクアームの回転によるはねかけでピストンとシリンダライナの摺(しゅう)動面に注油され,クランク室に落下したのち油だめに戻る経路で循環しており,潤滑油主管圧力(以下「潤滑油圧力」という。)及び潤滑油ポンプ圧力を表示する各圧力計が主機船首側の計器盤に装備されていた。なお,竣工時,潤滑油サンプタンクが設置されていたものの,いつしか使用されなくなっていた。また,取扱説明書には,
始動準備として2回転のターニングをしながら補助潤滑油ポンプの運転による注油を行うことのほか,潤滑油圧力は常用値が3.0キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2)で,1.7kg/cm2以下では運転しないことなどが記載されていた。そして,潤滑油圧力低下警報装置が設けられており,主機の停止後,同装置は潤滑油圧力が上昇しないと作動状態の復旧操作ができないものであった。

3 事実の経過
 恭進丸は,毎年2月から12月末にかけ,南西諸島ないし五島列島付近海域の漁場で1週間程度のかつお一本釣り漁を繰り返し,夜間に適水しながら夜明けから日没まで操業を続け,主機を4,000時間ばかり運転し,平成16年1月上架した際に船体及び主機のピストンや主軸受等の整備を行っており,A受審人ほか日本人の船員10人,インドネシア共和国籍の漁業研修生5人が乗り組み,同年7月12日03時40分鹿児島県枕崎港を発し,11時30分同県草垣群島南方沖合の漁場に至って操業を行った。
 A受審人は,06時から翌日06時までの機関室当直を3時間交替の単独輪番制とし,自らほか前任機関長,無資格の機関員2人及び漁業研修生2人をそれぞれ割り振り,翌13日12時から15時までの同当直に就いた。
 ところで,A受審人は,3箇月ごとに主機の潤滑油を交換し,毎月潤滑油こし器を掃除していた。また,計器盤の潤滑油圧力計に0.2kg/cm2, 潤滑油ポンプ圧力計に0.7kg/cm2のいずれも高く表示する誤差が生じていたものの,そのまま各機関室当直者に計測させていた。そして,機側で圧縮空気によって始動するとき,船首側の潤滑油ポンプが油だめの船尾側から潤滑油を吸引している影響などで,あらかじめ補助潤滑油ポンプの運転による注油を行わないと始動後に潤滑油圧力の上昇が遅れることから,始動準備として,ターニングをしないまま,前示三方コック2個(以下「三方コック」という。)を操作して5分間ばかり補助潤滑油ポンプの運転による注油を行っていたが,会話が不自由などで三方コックの操作を理解していない機関室当直者がいることを考慮し,前任機関長を除き,船橋から機関室当直者に連絡された始動要請を報告させていて,これまで特に支障がなかったことから,同当直者が必ず報告するものと思い,始動要請を自ら直接受けて始動準備を十分に行うようにしないまま,13日22時自室で休息し,14日01時からの機関室当直に就くこととした。
 その後,恭進丸は,主機を停止して漂泊中,潮上りの目的で,移動することとし,13日23時から14日01時までの機関室当直に就いていた,主機の三方コックの操作を理解していない機関員が船橋から始動要請を連絡された際,A受審人に報告しなかったことから,始動にあたり,同人が始動準備を十分に行わず,14日00時20分同機関員が無断で始動した後,潤滑油圧力が著しく低下したまま運転が行われ,01時05分北緯30度31.0分 東経129度25.0分の地点において,同機関員が停止したものの,潤滑が阻害された主軸受とクランクジャーナルが焼き付いた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
 A受審人は,02時前示機関員に起こされて機関室当直を交替した後,04時船橋から主機の始動要請を受け,始動しようとしたが果たせず,運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
恭進丸は,付近を航行中の僚船に救助を求め,同船等により宮崎県目井津漁港に曳航された後,主機が精査された結果,主軸受のすべての軸受メタル焼損及びクランクジャーナルのかき傷等が判明し,軸受メタル取替え及び同傷部研摩等の修理が行われた。

(本件発生に至る事由)
1 主機の潤滑油圧力計及び潤滑油ポンプ圧力計に誤差が生じていたこと
2 あらかじめ補助潤滑油ポンプの運転による注油を行わないと始動後に潤滑油圧力の上昇が遅れること
3 三方コックの操作を理解していない機関室当直者がいたこと
4 A受審人が,これまで特に支障がなかったことから,始動要請を連絡された機関室当直者が必ず報告するものと思い,始動要請を自ら直接受けて始動準備を十分に行うようにしなかったこと
5 機関員が,船橋から始動要請の連絡を受けて無断で主機を始動したこと

(原因の考察)
 本件は,漁場において,主機の始動にあたり,機関長が,三方コックを操作し,ターニングをしながら補助潤滑油ポンプの運転による始動準備を十分に行うようにしていれば,発生が回避されたものと認められる。
 したがって,A受審人が,あらかじめ補助潤滑油ポンプの運転による注油を行わないと始動後に潤滑油圧力の上昇が遅れ,三方コックの操作を理解していない機関室当直者がいた状況の下で,これまで特に支障がなかったことから,始動要請を連絡された同当直者が必ず報告するものと思い,始動要請を自ら直接受けて始動準備を十分に行うようにしなかったことは,本件発生の原因となる。
 主機の潤滑油圧力計及び潤滑油ポンプ圧力計に誤差が生じていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 機関員が,船橋から始動要請の連絡を受けて無断で主機を始動したことについては,A受審人が,このことを回避する措置を講じるべきである。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,漁場において,主機の始動にあたり,始動準備が不十分で,潤滑油圧力が著しく低下したまま運転が行われ,主軸受の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,漁場において,潤滑油系統に三方コックを備えた主機の始動にあたる場合,三方コックの操作を理解していない機関室当直者がいたから,始動後に潤滑油圧力が著しく低下しないよう,始動要請を自ら直接受けて始動準備を十分に行うようにすべき注意義務があった。しかし,同受審人は,これまで特に支障がなかったことから,始動要請を連絡された同当直者が必ず報告するものと思い,始動要請を自ら直接受けて始動準備を十分に行うようにしなかった職務上の過失により,潤滑油圧力が著しく低下したまま運転が行われ,主軸受の潤滑が阻害される事態を招き,主軸受の軸受メタル焼損及びクランクジャーナルのかき傷等を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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