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平成18年門審第26号
件名

貨物船新賢洋丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年7月4日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(安藤周二,小金沢重充,片山哲三)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:新賢洋丸機関長 海技免許:一級海技士(機関)

損害
主機の主軸受,クランクピン軸受等の損傷

原因
主機警報スイッチの確認不十分,潤滑油主管圧力の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の警報スイッチの確認が十分でなかったばかりか,潤滑油主管圧力の点検が不十分で,同圧力が低下したまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年3月21日19時23分
 三重県四日市港
 (北緯34度57.3分 東経136度38.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船新賢洋丸
総トン数 4,413トン
全長 114.13メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 2,647キロワット
回転数 毎分230
(2)設備及び性能等
ア 新賢洋丸
 新賢洋丸は,平成2年8月に竣工した船尾船橋型鋼製貨物船で,船尾楼に操舵室と居住区域が,及びその下方に機関室が区画され,機関区域無人化船として可変ピッチプロペラによる推進装置が設けられ,操舵室と左右ウイングから可変ピッチプロペラ翼角(以下「翼角」という。)の遠隔操縦を行うようになっていた。
イ 機関室
 機関室は,上段,中段及び下段から構成され,各段中央部に主機が,上段の左舷船首側に監視室及び右舷側にディーゼル機関駆動発電機が,中段の右舷側に同発電機及び船尾側に主機の潤滑油冷却器と潤滑油2次こし器が,下段の船首側に増速機を介して駆動される軸発電機と荷役用空気圧縮機,右舷側に主機機側計器盤と同操縦装置,電動式の1号潤滑油ポンプと2号潤滑油ポンプ,両ポンプ吸引管にいずれも接続された各逆止め弁と潤滑油1次こし器,及び左舷側に潤滑油清浄機がそれぞれ設置されており,また,船尾側二重底に潤滑油サンプタンクが設けられていたものの,同タンクには蒸気等による加熱装置が付設されていなかった。
 監視室は,船首側に主配電盤と集合始動器盤が,及び船尾側に機関監視盤が設置され,同監視盤に操舵室や機関室下段等との連絡に用いられる電話機のほか,主機各部の圧力と温度等の指示計,警報装置及び警報発生記録装置等が組み込まれており,警報装置の作動時には監視室の警報ブザー及び機関室の警報ベルが鳴り,その時刻が警報発生記録装置に印字され,また,警報スイッチの操作で同ブザー等が休止されるようになっていた。
ウ 主機
 主機は,B社が製造した6LF50A型と呼称する,間接冷却方式のディーゼル機関で,クランク軸の船首側に動力取出軸を介して増速機が,及び船尾側にクラッチが結合されており,一体形鍛鋼製のクランク軸のクランクジャーナル及びクランクピンはいずれも外径372ミリメートルで,主軸受及びクランクピン軸受には,鋼製裏金に銅鉛合金とホワイトメタルを接合した薄肉完成メタルが装着され,船首側を1番とする順番号が付されていた。
 海上試運転成績書によれば,主機の回転数毎分230(以下,回転数は毎分のものとする。)で軸発電機を駆動し,翼角を15.9度としたときの負荷率が100パーセントであった。
エ 主機の潤滑油系統
 潤滑油系統は,ドライサンプ方式で,油量7キロリットルの潤滑油サンプタンクから1号潤滑油ポンプ吸引管,2号潤滑油ポンプ吸引管にいずれも接続された各逆止め弁と金網式32メッシュの潤滑油1次こし器を介して1号潤滑油ポンプ,2号潤滑油ポンプに吸引され,4.2キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2)の圧力に加圧された潤滑油が,自動逆洗式100メッシュの潤滑油2次こし器,潤滑油冷却器を順に経て,機側の圧力計及び温度計付き潤滑油主管に圧力(以下「潤滑油圧力」という。)2.5ないし3.0kg/cm2及び温度(以下「潤滑油温度」という。)37ないし47度(摂氏,以下同じ。)の常用値で入り,同管からカム軸及び同軸駆動中間歯車軸の各軸受等に分岐し,主軸受,クランクジャーナル及びクランクピンの油路を通ってクランクピン軸受へ送られ,さらに連接棒の油路を通ってピストンピン軸受に至り,各軸受等を潤滑してピストンを冷却し,クランク室下部を経て潤滑油サンプタンクに戻る経路で循環していたほか,潤滑油加熱器付き潤滑油清浄機による側流清浄配管が設けられており,また,潤滑油圧力及び潤滑油温度が機関監視盤の指示計に表示されるようになっていた。
 なお,潤滑油2次こし器の取扱説明書には,潤滑油の温度30度未満では粘性が増大するため,入口と出口の差圧(以下「差圧」という。)増加の際に自動逆洗機構が作動しなくなるので,手動逆洗操作を行うことが記載されていた。そして,差圧0.6kg/cm2以上に増加したとき潤滑油2次こし器差圧警報装置が作動し,さらに潤滑油圧力が低下したとき2.2kg/cm2で潤滑油ポンプ自動運転切替え装置が,2.1kg/cm2で潤滑油圧力低下警報装置と翼角自動減角装置が,1.5kg/cm2で主機自動停止装置がそれぞれ作動するほか,クランク室オイルミストが高濃度になると同減角装置が作動し,これらが作動すると警報ブザー等が鳴るようになっていた。

3 事実の経過
 新賢洋丸は,北海道から九州までの諸港間におけるセメントのばら積輸送に従事し,月間8ないし10回の各3日間程度の航海を繰り返しており,平成16年8月第2種中間検査受検工事で造船所に入渠した際,主機の整備のほか,潤滑油サンプタンクの掃除が行われた。
 A受審人は,主機の燃料油として出入港時にA重油を,及び航行時にC重油を用い,全速力前進航行時に回転数230で軸発電機を駆動して翼角を13.5度までとし,月間に約500リットルの新油の潤滑油を補給しながら400時間ばかり運転しており,奇数月及び偶数月ごとに1号潤滑油ポンプ及び2号潤滑油ポンプを切り替えていたところ,いつしか潤滑油サンプタンクに約30センチメートル四方のウエスが紛れ込んでいたものの,異状を察知しないまま,自らと一等機関士の2人でMゼロチェックとMゼロ当番のほか,同17年2月中旬に潤滑油2次こし器と1号潤滑油ポンプ吸引管に接続された潤滑油1次こし器の掃除及びクランク室の点検,翌3月11日に2号潤滑油ポンプ吸引管に接続された潤滑油1次こし器の掃除等を行っていた。
 また,A受審人は,平素,入出港時の機関スタンバイ時には自らを機関室の監視室,及び一等機関士を機側に配置しており,入港後,主機の停止前に警報スイッチの操作で警報ブザー等を休止し,停泊中には,暖機の目的で常時,冷却清水ポンプを運転したまま,始動前に潤滑油ポンプを運転して30分間ばかりターニングをしながら注油のうえ,エアーランニングを行ってクラッチを入れ,機側で始動後,回転数230としたまま,操縦位置を操舵室に切り替える前に同ブザー等の休止を解いていた。
 新賢洋丸は,同年3月17日に主機の潤滑油清浄機駆動用電動機の巻線が焼損し,同電動機が修理のために陸揚げされて潤滑油の清浄ができなくなり,同油に混入する燃焼生成物等が除去されない状況の下,セメント積荷の目的で,越えて20日09時30分四日市港第1区に入港した。
 A受審人は,入港後,主機の停止前に警報ブザー等を休止しており,翌21日潤滑油温度が24度の状態で潤滑油2次こし器の自動逆洗機構が作動しないことを考慮に入れなかったものの,いつもより早めに出港前の暖機に取り掛かることとし,18時15分1号潤滑油ポンプを運転して2号潤滑油ポンプを自動運転切替えの予備とした後,監視室の指示計で潤滑油圧力が常用値になっていることを確かめ,18時45分主機を始動した際に警報ブザー等の休止を解かないまま,19時00分いったん主機を停止してクラッチを入れ,再び始動して回転数230としたとき,警報スイッチの確認を十分に行わなかったので,警報ブザー等を休止していることに気付かず,19時05分主機の試運転の目的で,操縦位置を操舵室に切り替えた。
 主機の試運転後,A受審人は,出港時の機関スタンバイで監視室の配置に就いていたところ,主機の潤滑油2次こし器の自動逆洗機構が作動しないまま目詰まりによる差圧が増加し,潤滑油圧力が徐々に低下していたが,19時07分1号潤滑油ポンプから2号潤滑油ポンプへ自動運転切替えになった際,警報ブザー等が鳴らなかったものの,集合始動器盤の電磁接触器の作動音で2号潤滑油ポンプへ切り替わったことを知り,機関室の下段に急行し,運転中の同ポンプの吐出圧力4.2kg/cm2を見て潤滑油圧力は大丈夫と思い込み,監視室に引き返した後,指示計を見るなどして同圧力の点検を十分に行わなかったので,同圧力が低下したことに気付かず,同こし器の手動逆洗操作や,警報ブザー等の休止を解くなどの措置をとらないで,1号潤滑油ポンプを自動運転切替え後の停止状態としていた。
 その後,主機は,2号潤滑油ポンプの運転中,潤滑油サンプタンクに紛れ込んでいたウエスが潤滑油とともに同ポンプ吸引管を経て逆止め弁に流入したことから,潤滑油の流量が減少して潤滑油圧力が更に低下し,19時12分潤滑油圧力低下警報装置と潤滑油2次こし器差圧警報装置が作動した。
 A受審人は,このとき監視室にいたが,依然として警報スイッチの確認及び潤滑油圧力の点検を十分に行っておらず,潤滑油圧力低下警報等が発生したことに気付かず,そのまま運転を続けた。
 こうして,新賢洋丸は,A受審人ほか9人が乗り組み,セメント4,543トンを積載し,船首4.82メートル船尾6.32メートルの喫水をもって,19時18分四日市港第1区を発し,静岡県田子の浦港に向かう出港操船中,主機の回転数230で軸発電機を駆動していたところ,潤滑油圧力の低下によって主機自動停止装置が作動するに至らないまま,主軸受及びクランクピン軸受の潤滑が阻害され,各軸受温度が上昇してクランク室オイルミストが高濃度になり,半速力前進の翼角としたとき,19時23分四日市港防波堤灯台から真方位307度1,700メートルの地点において,翼角自動減角装置が作動して翼角の遠隔操縦が不能となった。
 当時,天候は曇で風力2の南南東風が吹き,港内は穏やかであった。
 A受審人は,監視室で機関監視盤の指示計に主機の各軸受温度を表示していたところ,同温度の上昇傾向を察知して機関室下段に赴き,動力取出軸付近を見回り中,機側クランク室オイルミスト指示計の高濃度に気付いた一等機関士から連絡を受けて異状を確かめ,操舵室に急行して主機停止を船長に要請した後,監視室に引き返し,19時35分主機を停止した。
 新賢洋丸は,四日市港第1区に緊急投錨後,引船により同港外を経て静岡県清水港の造船所に曳航され,主機が精査された結果,1ないし5番と8番主軸受,4番クランクピン軸受及びカム軸駆動中間歯車軸軸受等の焼損のほか,クランクジャーナル及びクランクピンのかき傷が判明し,のち各焼損部品が新替えされ,同かき傷部が削正修理された。

(本件発生に至る事由)
1 主機の潤滑油清浄機駆動用電動機の修理のために潤滑油が清浄されていなかったこと
2 主機の潤滑油2次こし器の自動逆洗機構が作動しなくなることを考慮に入れなかったこと
3 主機の警報スイッチの確認を十分に行わず,警報ブザー等を休止していたこと
4 主機の潤滑油2次こし器の目詰まりによる差圧が増加していたこと
5 主機の潤滑油ポンプが自動運転切替えになった際,切り替わったことを知り,運転中の同ポンプの吐出圧力を見て潤滑油圧力は大丈夫と思い込み,指示計を見るなどして同圧力の点検を十分に行わなかったこと
6 主機の潤滑油サンプタンクに紛れ込んでいたウエスが2号潤滑油ポンプ吸引管を経て逆止め弁に流入したこと
7 主機の潤滑油圧力が低下したまま,運転を続けたこと

(原因の考察)
 本件は,機関長が,出港時,主機の警報スイッチの確認を十分に行っていたなら,警報ブザー等の休止を解き,さらに,潤滑油2次こし器の目詰まりによる差圧が増加していたから,潤滑油ポンプが自動運転切替えになった際,潤滑油圧力の点検を十分に行っていたなら,同こし器の手動逆洗操作などの措置をとり,その後潤滑油サンプタンクに紛れ込んでいたウエスが2号潤滑油ポンプ吸引管を経て逆止め弁に流入したとき,潤滑油圧力低下警報装置等の作動による警報ブザー等の鳴音に気付き,発生を回避することができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,出港時,主機の警報スイッチの確認を十分に行わず,警報ブザー等を休止していたばかりか,潤滑油2次こし器の目詰まりによる差圧が増加し,潤滑油ポンプが自動運転切替えになった際,切り替わったことを知り,運転中の同ポンプの吐出圧力を見て潤滑油圧力は大丈夫と思い込み,指示計を見るなどして同圧力の点検を十分に行わず,同圧力が低下したまま,運転を続けたことは,本件発生の原因となる。
 主機の潤滑油2次こし器の自動逆洗機構が作動しなくなることを考慮に入れなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 主機の潤滑油清浄機駆動用電動機の修理のために潤滑油が清浄されていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。主機の潤滑油サンプタンクに紛れ込んでいたウエスが潤滑油ポンプ吸引管の逆止め弁に流入したことについては,紛れ込んだ時期及び経緯を特定することができないものの,同タンクの掃除やクランク室等の点検を行う際にウエスの取扱いには留意しなければならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,出港時,主機の警報スイッチの確認が不十分で,警報ブザー等を休止していたばかりか,潤滑油2次こし器の差圧が増加し,潤滑油ポンプが自動運転切替えになった際,潤滑油圧力の点検が不十分で,同圧力が低下したまま運転が続けられているうち,潤滑油サンプタンクに紛れ込んでいたウエスが潤滑油ポンプ吸引管を経て逆止め弁に流入し,同圧力が更に低下して主軸受及びクランクピン軸受等の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,出港時,主機の潤滑油ポンプが自動運転切替えになった際,監視室で切り替わったことを知ったから,潤滑油圧力の低下を見逃さないよう,指示計を見るなどして,同圧力の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,運転中の潤滑油ポンプの吐出圧力を見て潤滑油圧力は大丈夫と思い込み,同圧力の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,同圧力が低下したことに気付かず,そのまま運転を続けているうち,主軸受及びクランクピン軸受等の潤滑が阻害される事態を招き,各軸受等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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