(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年5月1日07時40分
山口県徳山下松港
(北緯34度02.75分 東経131度44.62分)
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船東央丸 |
総トン数 |
481トン |
全長 |
61.52メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
回転数 |
毎分300 |
3 事実の経過
東央丸は,平成8年3月に進水した苛性ソーダ輸送専用の鋼製貨物船で,B社製のLH30LG型ディーゼル機関を主機として装備し,毎年5月ごろ入渠して船体及び機関の整備を行いながら,山口県徳山下松港で積み込んだ苛性ソーダを広島県江田島港又は大阪港堺泉北区へ輸送する運航に従事していた。
主機は,船首側を1番として6番までの順番号が付された各シリンダに弁箱式の吸気弁及び排気弁を各1個組み込んだ2弁式で,各シリンダヘッドに設けられた吸気弁箱用及び排気弁箱用の挿入穴には,各弁箱が,軟鋼製のパッキンを介して挿入され,4本の植え込みボルト及びナット(以下「取付けナット」という。)で固定されるようになっていた。
東央丸は,平成14年5月の第1種中間検査工事で全シリンダヘッドに異常がないことを確認しており,同15年5月の入渠時に引き続いて同16年5月の入渠時にも,整備業者が主機の吸・排気弁箱を抜き出して整備を行い,取付けナットを22キログラム・メートルの規定トルクで締め付けて整備を終え,出渠後,全速力前進時の回転数を毎分270として月間330時間ほど主機を運転しながら運航に従事していたところ,2番,5番及び6番シリンダの吸気弁箱取付けナットの締付け力が不足して,パッキン座にフレッチングが発生する状況となった。
ところで,ボルトやナットは,例え規定トルクで締め付けられたとしても,その後の運転中に,パッキンのへたりやねじの馴染みなどで締付け力が不足するおそれがあることから,整備後には暫く運転したのちに締付け状態を点検して増し締めする必要があった。
A受審人は,平成9年4月に機関長として東央丸に乗り組み,一等機関士と2人で,航海中はデータロガーの記録をチェックするとともに潤滑油及び冷却水の漏れの有無などを点検し,停泊中は,各港における停泊時間が短かったこともあって,3箇月毎に潤滑油こし器を掃除して半年毎に燃料噴射弁を取り換えるなどの整備を行いながら,機器の運転及び保守管理に携わっていたが,整備業者が締め付けたのだから大丈夫と思い,出渠後に吸・排気弁取付けナットの締付け状態の点検を行わなかった。
そのため,東央丸は,2番,5番及び6番シリンダの吸気弁箱取付けナットの締付け力が不足した状態で主機の運転が続けられていたところ,いつしか,同シリンダヘッドの吸気弁箱挿入穴のパッキン座隅部に亀裂が生じ,同亀裂が進行する状況となっていた。
こうして,東央丸は,A受審人ほか6人が乗り組み,積荷役の目的で,船首1.2メートル船尾3.6メートルの喫水をもって,平成17年4月30日18時15分広島県江田島港を発し,同日23時00分山口県徳山下松港に入港して,徳山下松港東ソーセメント1号桟橋灯台から真方位239度1.1海里の地点に錨泊したのち,5月1日07時40分港内シフトの目的で主機のエアランニングを行ったところ,前示の亀裂が冷却水側まで達していたことから,2番,5番及び6番シリンダの指圧器弁から冷却水が噴出した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
東央丸は,2度目のエアランニングで冷却水の噴出が認められなかったうえ,定期検査工事の入渠予定日が既に決まっていたので,それまで冷却水を補給しながら運航を継続することにし,5月6日造船所に入渠して点検を行ったところ前示の亀裂が発見されたので,シリンダヘッドを新換えする修理を行った。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の保守管理に当り,吸・排気弁箱取外し整備後の取付けナットの締付け状態の点検が不十分で,同ナットの締付け力が不足したまま主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,吸・排気弁箱を取外して整備した場合,その後の運転中にパッキンのへたりやねじの馴染みなどで締付け力が不足するおそれがあったから,暫く運転したのちに取付けナットの締付け状態を点検すべき注意義務があった。ところが,同人は,整備業者が締め付けたのだから大丈夫と思い,取付けナットの締付け状態の点検を行わなかった職務上の過失により,同ナットの締付け力が不足したまま主機の運転を続けて,吸気弁箱挿入穴のパッキン座隅部に亀裂を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。