(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月28日14時20分
岩手県弁天埼東方沖合
(北緯39度58.5分 東経142度06.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十六稲荷丸 |
総トン数 |
75トン |
登録長 |
27.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
698キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三十六稲荷丸
第三十六稲荷丸(以下「稲荷丸」という。)は,平成7年8月に進水し,同16年4月B社が購入した,2そうびきにより沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で,可変ピッチプロペラを備え,船首楼甲板の操舵室から主機とともに遠隔操作されるようになっていた。
イ 機関室
機関室は,船体後部に位置し,上甲板左舷側のコンパニオンから出入りするようになっており,主機の右舷側に交流発電機を駆動する過給機付ディーゼル機関(以下「補機」という。)が,左舷側に機関制御盤及び集合始動器盤が,後部に主配電盤がそれぞれ備えられ,3機の可逆式通風機によって換気されるようになっていた。
ウ 主機
主機は,C社が同7年5月に製造した,26T型機関の一種である6M26CFT型と呼称する,連続最大出力698キロワット同回転数毎分400(以下,回転数は毎分のものとする。)の空冷式過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、シリンダ番号が船首方から順番号で呼ばれ,3弁式のシリンダヘッド中央部には燃料噴射弁が,前端部上方に過給機が,左舷側に各シリンダごとに燃料噴射ポンプが,同舷側後部に計器盤,燃料ハンドル等を備えた操縦装置が,右舷側に排気枝管,排気集合管がそれぞれ取り付けられており,前部の動力取出軸から甲板機械用油圧ポンプを駆動するようになっていた。
エ 主機の燃料系統
主機の燃料系統は,上甲板右舷側のコンパニオン内の燃料小出しタンクから,A重油(以下「燃料油」という。)が沈殿槽,流量計を経て燃料供給ポンプに吸引加圧され,こし器を経て主機左舷側の入口主管に至っていた。
なお,補機も同タンクから燃料油が供給されるようになっていた。
オ 主機の燃料噴射装置
主機の燃料噴射装置は,入口主管から各シリンダの燃料噴射ポンプに燃料油が吸引され,250キログラム毎平方センチメートルに加圧されたうえ,燃料高圧管を経て各シリンダの燃料噴射弁に至っていた。
カ 26T型機関の出荷状況
26T型機関は,昭和56年に1番機が出荷され,稲荷丸に納入される以前に452機が稼動していた。
キ 26T型機関の燃料高圧管
26T型機関の燃料高圧管は,外径13ミリメートル全長約50センチメートルの逆L字形鋼製で,燃料噴射ポンプ及び燃料噴射弁との接続部は同じ構造となっており,同管の両端にリング状の鋼製ジョイントが火炎銅ロウ付けにより接着され,ジョイント部を袋ナットで締め付けることによって,油密が保たれるようになっていた。
なお,取扱説明書には,袋ナットの締付け方法について,付属の長さ約29センチメートルのスパナを使用して片手で一杯締め付けたのち,小ハンマーで2ないし3回打撃を与えるよう記載されていたが,締付けトルクは規定されていなかった。
ク 燃料高圧管の設計変更
C社は,6M30T型機関において,平成3年2月更に同12年1月に構造が同じ燃料高圧管からジョイントが脱落する事故が発生したことから,26T型機関のジョイント及び袋ナットの形状の見直しを行って改良し,ジョイント部の当たり面の位置を変え,同ナットの締付けにより,同管とジョイントの接着部に応力が作用しない構造(以下「新型」といい,それ以前のものを「旧型」という。)とし,早い機会に新型に取り替えることを推奨する旨,同13年2月サービスニュースを配布した。
また,C社は,燃料高圧管の燃料噴射ポンプ及び燃料噴射弁との接続部の不具合により,燃料油が漏洩すると火災となるおそれがあることから,両接続部を外筒で覆い,同油の飛散防止対策を施した同管を開発し,それとの取替えを推奨する旨,同12年4月サービスニュースを配布していた。
なお,稲荷丸の燃料高圧管は,旧型のままで新型に取り替えられておらず,燃料油の飛散防止対策は施されていなかった。
ケ 主機の排気系統と防熱状況
主機の排気系統は,各シリンダの排気ガスが排気枝管,排気集合管,過給機,排気管を経て上甲板右舷側のコンパニオンを貫通して煙突から排出されるようになっていた。
排気系統の防熱状況は,排気枝管,排気集合管,過給機ガス側ケーシング及び排気管は防熱材で覆われていたものの,同枝管のシリンダヘッドとの接続フランジ部は取付けボルトの関係から露出していたが,同フランジ部を防熱材で覆うなど,防熱処置がとられていなかった。
3 事実の経過
A受審人は,整備業者によるピストン抜きほか主機の全般的な整備工事に立ち会い,同業者が全シリンダの燃料噴射ポンプ及び燃料噴射弁を開放整備して復旧したうえ,燃料高圧管を取り付けるに当たり,袋ナットの締付け方法を特に指示しなかったが,同業者の作業員が特に問題がない方法で取り付け,平成16年8月下旬の係留運転及び海上試運転において,燃料油の漏洩がないことを確認した。
その後,稲荷丸は,岩手県宮古港へ回航し,同港を基地として翌9月から操業を始め,同県沖合の漁場で日帰り操業に従事していたところ,過去において袋ナットが過大な力で締め付けられたものか,5番シリンダの燃料高圧管において,燃料噴射弁側ジョイントの接着部に生じた剥離が徐々に進行していた。
ところで,A受審人は,全速力時の主機の回転数を400プロペラ翼角を20度とし,月間に約300時間運転していたが,燃料高圧管の取付け部から燃料油の漏洩を認めなかったことから,袋ナットを増締めしておらず,また,各シリンダの燃焼状態が良好であったことから,同管を取り外していなかった。
こうして,稲荷丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,操業の目的で,船首1.40メートル船尾4.55メートルの喫水をもって,12月28日03時15分僚船とともに宮古港を発し,05時ごろ同県久慈港東方沖合の漁場に至って操業を行い,12時30分操業を終えて帰途に就き,12.5ノットの全速力で航走中,5番シリンダ燃料高圧管の燃料噴射弁側ジョイントが脱落し,内圧により同管が同弁から離脱して燃料油が噴出して,14時20分陸中弁天埼灯台から真方位077度7.0海里の地点において,飛散した同油が排気枝管のシリンダヘッドとの接続フランジの高熱部に降りかかって発火し,機関室が火災となった。
当時,天候は曇で風力3の北西風が吹いていた。
A受審人は,漁場発進時から機関室当直に就き,同室の右舷側前部で床掃除を行っていたとき,主機の回転の変動に気付いて振り向き,主機後部からの白煙の立ち上がりを認め,左舷側後部に赴いて主機を停止しようとしたところ,5番シリンダ付近の上部で発火して操縦装置に近寄れず,操舵室に急行して翼角を0度として回転を落とさせ,主機の緊急停止押しボタンを操作したがなぜか停止せず,直ちに引き返して燃料小出しタンクの取出し弁を閉弁した。
稲荷丸は,乗組員全員で消火活動に当たったが,機関室に煙が充満して入室することができず,僚船が海上保安部に通報するとともに,給気運転していた全通風機を操舵室から停止し,機関室に続くドア等を全て密閉した。
その後,稲荷丸は,主機に次いで補機が停止し,16時ごろ来援した巡視艇により鎮火が確認され,同艇等により外部から機関室が冷却されたのち,21時30分ごろ宮古港に曳航された。
この結果,稲荷丸は,機関室天井部の電気配線,照明器具等が焼損し,主機及び補機の過給機,空気冷却器等が煙害を受けたが,のちそれぞれ修理され,燃料高圧管は新型に取り替えられ,シリンダヘッド上の右端に燃料油の飛散防止板を取り付けた。
(本件発生に至る事由)
1 燃料高圧管の袋ナットの締付けトルクが規定されていなかったこと
2 排気枝管のシリンダヘッドとの接続フランジ部が露出していたこと
3 5番シリンダの燃料高圧管ジョイントが脱落し,同管が燃料噴射弁から離脱したこと
4 燃料油が排気枝管のシリンダヘッドとの接続フランジの高熱部に降りかかって発火したこと
(原因の考察)
本件は,燃料高圧管のジョイントが脱落して,同管が燃料噴射弁から離脱しなければ発生しなかったもので,なぜジョイントが脱落するに至ったのかを検討する。
1 ジョイントのロウ付け接着について
調査報告書写中,燃料高圧管のジョイント接着部の顕微鏡による表面観察及びX線成分分析の結果,図面規格どおりの仕様で問題ないと判断される旨,記載している。
2 燃料高圧管の設計について
同じ構造の燃料高圧管において,ジョイントが脱落する事故が2回発生したため,平成13年2月に26T型機関のジョイント及び袋ナットの形状の見直しを行って改良し,同ナットの締付けにより,同管とジョイントの接着部に応力が作用しない構造としている。
一方,改良以前の燃料高圧管が使用された26T型機関は,稲荷丸に納入された同7年5月以前に452機が稼動している。
以上から,ジョイントのロウ付け接着不良及び改良以前の燃料高圧管の設計不良は認めることができず,また,過大な力で締め付けなければ,袋ナットの締付けの繰返しにより,同管とジョイントとの接着部が剥離するとも考えられない。
したがって,稲荷丸の就航後約9年間経過しており,燃料高圧管の来歴及び袋ナットの締付け状況も不明であるが,他の2回のジョイント脱落事故も勘案すれば,同16年8月の整備以前,燃料油が漏洩した際などに袋ナットが過大な力で締め付けられたものか,経年のうち,5番シリンダの同管において,燃料噴射弁側ジョイントの接着部に生じた剥離が徐々に進行したものと推察される。
次に,燃料高圧管が燃料噴射弁から離脱して燃料油が噴出しても,高熱部に降りかかって発火しなければ,火災を回避できたものであるが,排気枝管のシリンダヘッドとの接続フランジの露出部を防熱材で覆うなど,防熱処置がとられていなかったので,同部に同油が降りかかって発火したものである。
しかしながら,本件は燃料高圧管が燃料噴射弁から離脱するという予期しない事態によって発生したものであり,また,整備時に排気枝管の取付けボルトを外してシリンダヘッドを陸揚げする関係から,以前から同管の接続フランジ部のみが露出する状況となっていたもので,同事態に備えて同部の防熱を行うことは期待できず,原因とするまでもない。
燃料高圧管の袋ナットの締付けトルクが規定されていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同管の袋ナットの締付けは特に技能を要する作業ではなく,一般にトルク締めによる管理は行っておらず,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件火災は,経年のうち,主機の燃料高圧管との接着部が剥離してジョイントが脱落し,同管が燃料噴射弁から離脱して,噴出した燃料油が排気系統の高熱部に降り掛かって発火したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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