(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月16日07時00分
東京都八丈島南方沖合
(北緯32度47分 東経138度35分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十一寿和丸 |
総トン数 |
135トン |
登録長 |
35.96メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
860キロワット |
(2)設備及び性能等
第三十一寿和丸(以下「寿和丸」という。)は,平成元年2月に進水し,網船として大中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で,上甲板下には,船首方から順に清水タンク,錨鎖庫,燃料油タンク,船員室,機関室及び舵機室を配置し,船首楼甲板には,中央やや船首寄りに下から船長室及び操舵室の二層からなる甲板室が設けられ,上甲板には,船長室下方の無線室の船首側に食堂及び賄室,同無線室の左舷側に交流アーク溶接機(以下「溶接機」という。)などが設置された区画(以下「作業準備室」という。)をそれぞれ配置していた。
ア 作業準備室
作業準備室は,長さ3.8メートル幅2.1メートル高さ2.0メートルで,右舷側が通路になっていて,右舷壁に無線室に通じるドア,後壁の右舷側に上甲板から出入りするドアがそれぞれ設けられ,左舷側には,前部に便所を配置し,その後方が合羽を掛ける区画(以下「合羽区画」という。)で,合羽区画の後方に溶接機が設置されていた。
イ 溶接機
溶接機は,C社製の定格入力電圧200ボルト定格電流180アンペアのKRJ-180型と称する,幅325ミリメートル(以下「ミリ」という。)奥行460ミリ高さ530ミリの鉄製ケースで囲まれたもので,中には主な構成部品である変圧器などが組み込まれていた。
そして,その鉄製ケースの前面には,上側に左右に操作する電源スイッチレバー,中央から下方にかけて電流調整ハンドルが設けられ,同ケース後面下端の1次端子には,主配電盤の溶接機ノーヒューズブレーカーから配線されている2心ケーブル,同ケース前面下端の2次端子には,ホルダ及びアースクランプ付キャブタイヤケーブルがそれぞれ接続されていた。
ウ 溶接機の設置状況
溶接機は,前面を船首側に向けて木製架台の上に設置されており,合羽区画との間には,前面から10センチメートル(以下「センチ」という。)のところに,幅1.5メートル,高さが天井までの木製の仕切り板が設置されていたが,その仕切り板の中央は,合羽区画側から電源スイッチレバーを操作できるように,幅20センチで高さが天井までの部分が開いていた。
3 事実の経過
寿和丸は,例年3月初めから4月中ごろまでを休漁期間として周年操業に従事していたもので,A受審人が溶接機を年に15ないし20回使用して各部を修理していたところ,溶接機は,洋上で潮風の入り込む環境のもとで長年使用しているうちに,いつしか電路の絶縁材料が劣化するようになった。
ところで,A受審人は,毎年行っている入渠工事の際に機関及び電気工事の責任者として,仕様書案を作成のうえ入渠先と調整して同工事を担当していたが,溶接機の保守整備にあたっては,溶接作業に格別支障がなかったので大丈夫と思い,業者に依頼するなどして溶接機の絶縁抵抗測定を行ったことがなく,平成16年3月25日から4月10日まで神奈川県三崎市所在の造船所で合入渠工事を施工した際にも,依然として溶接機の絶縁抵抗測定を行わず,溶接機の電路の絶縁が著しく低下していることに気付かなかった。
また,B社は,漁業部の責任者が時々各船を訪船して現状を聞いたりし,機関長に対して検査工事などで入渠したときには,溶接機の絶縁抵抗を測定するように指示していたところ,寿和丸以外の各船では同測定が実施されていたものの,同測定の実施状況を確認しなかったので,寿和丸においては同測定が実施されていないことを把握していなかった。
こうして,寿和丸は,前示合入渠工事終了後,A受審人ほか20人が乗り組み,操業の目的で,同年4月13日17時30分福島県小名浜港を発し,翌14日18時伊豆諸島付近海域の漁場に至って試験操業を行い,越えて16日05時魚群探索を開始した。
A受審人は,魚群探索中に乗組員2人と一緒に投錨設備の腐食箇所を修理することとし,06時30分船首楼甲板船首部付近で修理のため溶接作業を始めたところ,絶縁の著しく低下していた溶接機の電路に短絡を生じて過熱発火し,電路周囲の油の付着した綿ごみ,鉄さびなどが瞬時に燃え上がり,溶接作業を終えて溶接機の電源スイッチを切るため作業準備室に赴いたとき,07時00分北緯32度47分 東経138度35分の地点において,電源スイッチレバーのところから炎が噴出し,更にその炎が仕切り板中央の開いている箇所から合羽区画へ達し,掛けられていた合成繊維製合羽の下部が燃え上がって作業準備室に火災が発生しているのを認めた。
当時,天候は晴で風力1の東北東風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,大声で周囲に火災を知らせるとともに,無線室前壁に設けられた押しボタンスイッチで雑用ポンプを運転したのち,炎で溶接機の電源スイッチを切ることができなかったことから,機関室へ急行して主配電盤の溶接機ノーヒューズブレーカーを切り,出火場所に戻ったところ,船長をはじめ他の乗組員が上甲板から作業準備室に放水していたが,火勢が強かったため効果がなく,やがて,無線室から船長室及び操舵室へ延焼して消火不能となり,07時30分乗組員全員が船尾のレッコボートで離船して僚船に移乗した。
その後寿和丸は,僚船及び来援した巡視船によって消火放水が続けられたものの延焼が続き,16時03分沈没した。
(本件発生に至る事由)
1 B社が溶接機の絶縁抵抗測定の実施状況を把握していなかったこと
2 A受審人が溶接機の絶縁抵抗測定を行わなかったこと
3 溶接機内電路周囲には油の付着した綿ごみ,鉄さびなど可燃物が存在していたこと
(原因の考察)
本件は,A受審人が溶接機の絶縁抵抗測定を行っていたなら,溶接機の電路の絶縁低下に気付いて同電路を整備することができ,発生を回避することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,溶接作業に格別支障なかったので大丈夫と思い,溶接機の絶縁抵抗測定を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B社が溶接機の絶縁抵抗測定の実施状況を把握していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,溶接機の絶縁抵抗測定を指示するだけでなく,同測定の実施状況の確認に努めるべきである。
溶接機内の電路周囲には油の付着した綿ごみ,鉄さびなど可燃物が存在していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
しかしながら,A受審人は,電気機器の担当責任者として,溶接機内を定期的に掃除すべきである。
(海難の原因)
本件火災は,溶接機の絶縁抵抗測定が不十分で,絶縁が著しく低下していた溶接機の電路が短絡し,過熱発火して瞬時に付近に燃え移ったことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,溶接機の保守整備に当たる場合,毎年行っている入渠工事に責任者として,電気工事を担当していたのであるから,電路の絶縁低下を発見できるよう,業者に依頼するなどして溶接機の絶縁抵抗測定を行うべき注意義務があった。ところが,同人は,溶接作業に格別支障なかったので大丈夫と思い,溶接機の絶縁抵抗測定を行わなかった職務上の過失により,溶接中,絶縁が著しく低下していた溶接機の電路が短絡し,過熱発火して瞬時に付近に燃え移って火災を招き,全焼して沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
指定海難関係人B社の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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