(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月13日22時10分
鹿児島県喜界島喜界島港(志戸桶地区)
(北緯28度21.3分 東経130度01.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船八代丸 |
総トン数 |
1.11トン |
登録長 |
6.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
40 |
(2)設備及び性能等
八代丸は,昭和55年5月に進水したFRP製漁船で,甲板上には,船首側から前部甲板,機関室囲壁,船首端から5メートルのところに無蓋の操舵スタンド及び後部甲板を配置し,同スタンドの甲板下が機関室となっており,前部甲板下には,船首尾方向に4箇所の物入れ及び同物入れの両舷に2箇所の魚倉を,後部甲板下に3箇所の物入れをそれぞれ設け,救命胴衣を船首部の物入れに4着及び機関室に2着保有しており,最大速力は機関回転数毎分2,800の10.0ノットであった。
3 喜界島港(志戸桶地区)
喜界島港(志戸桶地区)(以下「志戸桶漁港」という。)は,鹿児島県喜界島北東部の小湾の湾奥部に位置して沖,南及び東の各防波堤を有し,沖防波堤が同島のトンビ埼灯台から171度(真方位,以下同じ。)1,790メートルの地点を基点に064度の方向に130メートル,南防波堤が同灯台から179度1,700メートルの地点を基点に049度の方向に170メートル,及び東防波堤が同灯台から170度1,400メートルの地点を基点に194度の方向に165メートルそれぞれ延び,沖及び南両防波堤の北東端に緑色簡易標識灯,東防波堤の南端に紅色簡易標識灯がそれぞれ設置されていた。
また,沖防波堤北東端沖から港奥に通じる長さ約500メートル,幅約40メートル,維持水深2.0メートルの水路(以下「水路」という。)があり,水路両側は干出さんご礁及び岩礁地帯となっていた。
ところで,志戸桶漁港の沖防波堤北東端付近は,平素から同防波堤による波浪の返し波と,南寄りのうねりとが複合して高起した波を生じ,同漁港に入港する際には追い波となることから,同波の危険性に対して十分に配慮し,うねりの合間を見計らって港内に接近する必要があった。
4 事実の経過
八代丸は,A受審人が1人で乗り組み,Bほか1人を同乗させ,一本釣りの目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成17年8月13日20時00分志戸桶漁港を発し,南寄りのうねりがあったものの,甲板上に打ち込む状況ではなかったので,航行に不安を感じず,トンビ埼灯台の東南東方0.5海里の釣り場に向かい,20時15分同釣り場に至り,約2時間の予定で魚釣りを開始した。
A受審人は,これまで農閑期に年に数回魚釣りに出かけ,また,八代丸を購入して日が浅かったことから,同船の操船に十分習熟していなかった。
A受審人は,八代丸が先代の船よりも全長で約2.5メートルほど短い船で,3人が乗船して乾舷が約40センチメートル(以下「センチ」いう。)と小さくなっていたものの,自ら救命胴衣を着用することも,同乗者に救命胴衣を着用するよう指示することもなく,魚釣りを終えて帰途に就くこととし,B同乗者を最前部の物入れ上に,他の同乗者を船首から4つ目の物入れ上にそれぞれ船首方を向いて座らせ,自らは操舵スタンド後方に立ち,22時00分同釣り場を発進した。
22時05分半少し過ぎA受審人は,トンビ埼灯台から141度1,300メートルの地点で,針路を200度に定め,機関を半速力前進にかけて,6.5ノットの速力(対地速力,以下同じ)で,手動操舵により進行した。
A受審人は,折からの東風と南寄りのうねりを左舷方から受け,干出さんご礁の砕け波を右舷方50メートルほどの距離に保ちながら続航したのち,22時08分半トンビ埼灯台から158度1,660メートルの地点に至って針路を水路入口に向く220度に転じ,22時09分半沖防波堤北東端から80メートルとなる,トンビ埼灯台から164度1,770メートルの地点において,同入口に達したとき,乾舷の小さい船がそのまま転針すると,沖防波堤による波浪の返し波と,南寄りのうねりとが複合して高起した波を左舷船尾方から受け,同波が追い波となって容易に船内に打ち込むこととなり,転覆するおそれがある状況となったが,何とか沖防波堤北東端を替わせるものと思い,うねりの合間を見計らうことなく,南防波堤北東端の緑色簡易標識灯に向首し,針路を290度として港内に向かった。
こうして,22時10分少し前八代丸は,前示標識灯に向首したまま続航中,追い波が左舷船尾方から船内に打ち込み,船首が左右に振られるとともに一瞬のうちに右舷側に大傾斜し,22時10分トンビ埼灯台から166度1,730メートルの地点において,同舷側に転覆した。
当時,天候は晴で風力2の東風が吹き,潮侯は上げ潮の末期で,周期約10秒で波高約1.5メートルの南寄りのうねりがあった。
転覆の結果,全員が海中に投げ出され,A受審人及びB同乗者は,転覆した八代丸の船底に這い上がって付近の岩礁に流れ着いたのち,B同乗者は救急車により病院に搬送されたものの死亡が確認され,他の同乗者は自力で陸に泳ぎ着いてA受審人とともに救助された。また,八代丸は岩礁に打ち上げられ,右舷外板に亀裂を伴う曲損を生じたほか,操舵室及び機関室囲壁を大破し,のち全損となった。
(本件発生に至る事由)
1 年に数回の魚釣りであったこと
2 操船に十分習熟していなかったこと
3 乾舷の小さい船であったこと
4 周期約10秒で波高約1.5メートルの南寄りのうねりがあったこと
5 救命胴衣を着用するよう指示しなかったこと
6 全員が救命胴衣を着用していなかったこと
7 沖防波堤北東端付近に返し波とうねりによる高起した波があったこと
8 追い波の危険性に対する配慮が不十分で,うねりの合間を見計らわないで港内に向かったこと
9 左舷船尾方からの高起した波を受け,追い波となって船内に打ち込んだこと
10 一瞬のうちに右舷側に大傾斜したこと
(原因の考察)
本件は,沖防波堤からの返し波と南寄りのうねりとが複合し,高起した波が発生する状況下,水路入口に達し,南防波堤北東端の緑色簡易標識灯に向けて転針する際,追い波の危険性に対して十分に配慮し,うねりの合間を見計らって港内に向かっていれば,発生を避けられたものと認められる。
したがって,A受審人が,追い波の危険性に対する配慮が不十分で,何とか沖防波堤北東端を替わせるものと思い,うねりの合間を見計らわないで港内に向かい,左舷船尾方からの高起した波を受け,追い波となって船内に打ち込み,一瞬のうちに右舷側に大傾斜したことは本件発生の原因となる。
A受審人が,救命胴衣を着用するよう指示しなかったこと,及び全員が救命胴衣を着用していなかったことは,同乗者の死因が特定できなかったものの,船舶職員及び小型船舶操縦者法に定める遵守事項違反行為であり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
乾舷の小さい船であったこと,年に数回の魚釣りであったこと,A受審人が八代丸の操船に十分習熟していなかったこと,周期約10秒で波高約1.5メートルの南寄りのうねりがあったこと,及び沖防波堤北東端付近に返し波とうねりによる高起した波があったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件転覆は,夜間,鹿児島県喜界島の志戸桶漁港沖において,沖防波堤からの返し波と南寄りのうねりとが複合し,高起した波が発生する状況下,水路入口に達して転針する際,追い波の危険性に対する配慮が不十分で,うねりの合間を見計らうことなく港内に向かい,高起した波を受け,追い波となって船内に打ち込み,一瞬のうちに右舷側に大傾斜したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,鹿児島県喜界島の志戸桶漁港沖において,沖防波堤からの返し波と南寄りのうねりとが複合し,高起した波が発生する状況下,水路入口に達して転針する場合,同波を左舷船尾方から受け,追い波となって容易に船内に打ち込むこととなり,転覆するおそれがあったのであるから,うねりの合間を見計らうべき注意義務があった。ところが,同人は,何とか沖防波堤北東端を替わせるものと思い,うねりの合間を見計らわなかった職務上の過失により,追い波を左舷船尾方に受けて右舷側に大傾斜し,復原力を喪失して転覆する事態を招き,右舷外板に亀裂を伴う曲損を生じさせ,操舵室及び機関室囲壁を大破,のち全損とさせ,同乗者1人を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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