(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年12月13日05時20分
兵庫県赤穂港南東方沖合
(北緯34度42.9分 東経134度25.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船福吉丸 |
登録長 |
11.86メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
287キロワット |
(2)設備及び性能等
福吉丸は,昭和61年5月に進水した,最大搭載人員が31人の,船体中央に操舵室のあるFRP製旅客船で,平成17年6月に中古で購入され,野菜や果物など青果物を週に2回兵庫県坂越漁港から同県家島漁港まで運搬する貨物船として使用されていた。
操舵室には,前方中央部にマグネットコンパスと舵輪などが,左舷側にGPSプロッター,魚群探知機,レーダーディスプレイなどが,右舷側には機関クラッチ,同スロットル,機関回転計などがそれぞれ設置されていた。
前部甲板には,左右2列で前後に5箇所の,元は魚倉として使用されていた物入れが甲板下にあったが,本件発生当時は利用されないで空所となっており,それぞれの物入れにはさぶたが被され,さぶたの上面は甲板上面と同一の高さとなっていた。
(3)貨物の積み付け状況
福吉丸が本件当時に甲板上に積み付けた貨物の重さは,概ね1.5トンであった。その積み付け方は,最初厚手の青色防水シートを前部甲板上に敷き,操舵室前面外壁幅に合わせてミカン専用段ボール箱を左右に4列,前後に2列,上下に3段積み上げたあと,この横断面に合わせて青果の種類ごとに詰めた再利用段ボール箱を前方に積み込み,貨物全体としては幅2メートル,前方へ3.6メートルの甲板上平面に0.9メートルの高さとして,上から同じシートを被せるものであった。
上下2枚のシートは,貨物の水濡れ防止のためで,下のシートは底面で適宜折り曲げられて上段の段ボールの間にたくし込まれ,上のシートは,操舵室側面のフックから貨物前面を廻して操舵室反対舷側面フックまで張った1本の直径1センチメートルの化学繊維製ロープで押さえられていた。
このシート押さえの化学繊維製ロープは1本しか張られなかったので,大きな船体動揺が予想される航海ではこれらの貨物の荷崩れを防ぐためには十分ではなかった。
3 事実の経過
福吉丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,段ボール箱に詰めた青果物1.5トンを前示のとおり積載し,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成17年12月13日04時30分坂越漁港を発し,家島漁港に向かった。
ところで,A受審人は,岡山県瀬戸内市の家から車で岸壁に向かう途中で片上大橋に設置されている電光表示の風速計で西風が毎秒9メートルであることを確認し,海上では強い西風による荒天を予想していた。しかし,A受審人は,出港したら船首を西寄りに向けて風に立て赤穂御埼灯台南方まで進んだのち,追い風にして家島漁港に向けるなど進路を少し変更すれば大丈夫と思い,貨物の固縛を厳重にするなど荒天準備を十分に行わないで,増加する航程を見積もって通常より30分早めて出港した。
04時40分A受審人は,赤穂御埼灯台から080度(真方位,以下同じ。)1.5海里の地点に至ったとき,船首を南南西方に向け,機関を半速力前進にかけ,14.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)として,手動操舵により,右舷前方から風浪を受けながら進行した。
04時49分A受審人は,赤穂御埼灯台から165度1.6海里の地点に達したとき,左転して船首を家島漁港に向く東北東方とし,減速して9.5ノットの速力とした。
この左転中,風浪を右舷方から受けて大きく船体が動揺したとき,貨物の段ボール箱の一部が左舷側に崩れかけたが,左舷傾斜もわずかであったので,そのまま風浪を左舷船尾から受けながら続航した。
04時58分A受審人は,赤穂御埼灯台から130度1.9海里の地点まで来たとき,風浪が増してこのまま進むことに危険を感じたので,往路の経路を逆に辿って坂越漁港へ引き返すこととして右転し,船首を西南西方に向け,更に減速して7.0ノットの速力で進行した。
05時08分A受審人は,赤穂御埼灯台から165度1.6海里の地点にまで戻ったとき,坂越漁港に向けようと右転を開始したが,船体の激しい動揺で左舷側に貨物が荷崩れし,大きく左舷傾斜して左舷側から甲板に海水の打ち込みを受け始めた。
このとき,A受審人は,船首を坂越漁港に向けて針路を030度に定め,7.0ノットの速力で続航したものの,左舷傾斜が大きくなると同時に,左舷ブルワークを乗り越えた海水が左舷通風孔から機関室に浸水し始め,機関の回転が徐々に低下してきた。
こうして,転覆の危険を感じたA受審人は,乗組員に携帯電話で家族に連絡するよう指示し,崩れたダンボール箱の一部を海中に投棄して船体傾斜を修正しようとしたが,船体傾斜の増加も機関回転の低下も改善できないまま,更に海水の機関室への浸水が激しくなり,急激に復原力が減少していった。
05時20分福吉丸は,赤穂御埼灯台から135度1.3海里の地点において,機関が自停すると同時に,復原力を喪失して左舷側に転覆し,A受審人と乗組員は海中に投げ出された。
当時,天候は晴で風力5の西風が吹き,波浪注意報が発表中で,波高は2メートルであった。
転覆の結果,積荷は流出して機関と航海計器が濡損したが,船体は最寄の港に曳航され,のち修理された。また,海中に投げ出されたA受審人と乗組員は,転覆した福吉丸の船底に這い上がって救助を待つうち,家族からの通報をうけた海上保安庁の航空機に発見され,巡視艇により救助された。
(本件発生に至る事由)
1 荒天準備を十分に行わなかったこと
2 荒天であったこと
3 甲板上の貨物が荷崩れを起こして左舷側に傾斜したこと
4 機関室に浸水して復原力を喪失したこと
(原因の考察)
本件転覆は,荒天が予想される状況下,貨物の移動防止のための固縛を確実に行うなど荒天準備を十分に行っていたなら,甲板上の貨物の荷崩れで左舷側に大傾斜することも,機関室に浸水して復原力を喪失することもなかったものと認められる。
したがって,A受審人が荒天準備を十分に行わず,甲板上の貨物が荷崩れを起こして左舷に傾斜し,機関室に浸水して復原力を喪失したことは本件発生の原因となる。
航行予定海域が荒天であったことは,A受審人の予想した範囲内であり,福吉丸程度の大きさや最大搭載人員を有する船舶の堪航性からみても甲板上の荷崩れが発生しなければ,航海の成就は可能であったと考えられるので,このこと自体は,原因とはならない。
(海難の原因)
本件転覆は,夜間,兵庫県赤穂港南東方沖合において,同県家島漁港に向け航行中,荒天準備が不十分で,回頭中に甲板上の貨物が荷崩れを起こして左舷側に傾斜し,機関室に浸水して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,兵庫県赤穂港南東方沖合に波浪注意報が発表されている状況下,同県家島漁港へ向けて出港する場合,強い西風とそれに伴う荒天が予想されたから,甲板上の貨物が荷崩れしないよう,貨物の固縛を厳重にするなど荒天準備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,この程度の荒天であれば進路を少し変更すれば大丈夫と思い,荒天準備を十分に行わなかった職務上の過失により,回頭中に貨物が荷崩れを起こして傾斜し,左舷ブルワークを乗り越えた海水を機関室に浸水させ,復原力を喪失して転覆を招き,機関に濡損などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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