(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月29日10時05分
福岡県大牟田港
(北緯33度01.8分 東経130度24.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船京丸 |
総トン数 |
3.6トン |
全長 |
13.14メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
70 |
(2)設備及び性能等
京丸は,平成2年7月に進水し,同12年10月A受審人の父が購入した海苔養殖漁業に従事するFRP製漁船で,船首から順に,船首端から1.5メートル(m)までが空所,その船尾側から機関室前部隔壁までの5.9mの間に4個の船倉,次いで機関室,同室後部隔壁の船尾側が船員室等にそれぞれ区画され,機関室上部には左右の舷側に渡る囲壁を設け,同囲壁後部の上に操縦室を配置し,同囲壁上面の前部甲板からの高さが約75センチメートル(cm)であった。また,前部甲板のブルワークの高さが50cmで,同囲壁前面から船首側に約1m及び約2.5mの同ブルワーク下部に長さ15cm高さ8cmの放水口を各舷2個ずつ設けていたほか,同囲壁前面右舷側の前部甲板上に電動クレーンを備えていた。
なお,軽荷状態での乾舷は,船体中央部で約40cmであった。
(3)電動クレーン
電動クレーンは,ポストとブームとが一体となった,くの字形の鋼管で,前部甲板からブーム先端までの高さが約2.7m,直径8cmのポストの中心から同先端までの距離が約1.3mあり,ポスト部に24ボルトのバッテリーを電源とするウインチがあって,同ウインチのドラムに巻かれた直径0.6cmのワイヤーがブーム先端のリールを介してステンレス製のフックに連結しており,これらの総重量が約70キログラム(kg)で,海苔の摘採に使用する総トン数0.3トンの箱船の積込み又は積下ろしの目的で備えていた。
箱船の積込みにあたっては,同船の舷縁の四つ角に取り付けた4本の布製ベルトを各々繋いだリングを電動クレーンのフックに掛けて吊り上げ,人力でクレーンポストを水平方向に回転させ,箱船の長辺側の舷側を京丸の前部甲板の両舷ブルワークトップに渡して置き,平素,A受審人は,箱船の移動防止として,京丸の両舷ブルワークに結びつけたロープと箱船の四つ角のロープとを繋いで固縛したほか,同ポスト下部にある穴と前部甲板上の台座側にある穴とを合致させ,ステンレス製の棒を差し込んでブームの向きを固定していた。
3 海苔の収穫方法
A受審人は,長さ約41m幅約18mの区画(以下,この大きさを1単位として「小間」という。)の中に長さ18.0m幅2.7mの網を縦に2枚繋いで1列としたものを横に4列並べた網ひびを使用する支柱式による海苔養殖漁業に携わり,その収穫にあたっては,重量約35kgの摘取機及び重量約10kgの同機用エンジンを搭載した箱船で各列の網の下を通りながら摘採し,それを京丸備え付けの電動ポンプで吸い上げ,脱水したうえで,ステンレスパイプの外枠に合成繊維製の網状の袋を取り付けた長さ80cm幅75cm高さ80cmのかご(以下「海苔かご」という。)に流し入れ,さらに自重で脱水する方法を採り,網2列分の摘採量は約100kgで,その摘採には約10分を要し,箱船で1回に摘採できる量は約400kgであった。
4 箱船
箱船は,平成3年11月に建造され,総トン数が0.3トンのFRP製漁船で,長さ3.10m幅1.78m深さ0.44mの直方体をなし,その舷側4面の内側約20cm幅が浮体となった無甲板平底型で,重量が約40kgあり,主機として出力2キロワットの電気点火機関を使用していた。
5 本件発生地点付近の状況
有明海東部沿岸には,毎年10月から翌年4月までの間,海苔養殖漁場区画が設定され,各区画内で小間単位の支柱式による同養殖漁業が行われ,大牟田市沖合は,同市新港町地先の44号及び47号区画以南の海域並びにその北方の大牟田川河口沖合の43号区画以北の海域では各区画が隣接していたが,43号区画と44号区画との間は,43号区画南東端と44号区画東端との距離が約800mと空いており,西寄りの風が強吹する場合には風浪を生じやすく,両区画間を航行するときには横波に注意を要する海域であった。
6 事実の経過
京丸は,A受審人及び甲板員の2人が乗り組み,海苔を収穫する目的で,箱船と空の海苔かごを搭載し,電動ポンプ用ホースの予備と救命胴衣とを積んだ空倉状態のまま,船首0.1m船尾0.3mの喫水をもって,平成16年12月29日06時30分大牟田港北部の堂面川河口の係留地を発し,同港南部の44号区画東端部の海苔養殖漁場に向かった。
ところで,当日03時には,中心気圧1,006ヘクトパスカルの低気圧が,九州南東210海里の海上にあり,その中心から南西方に伸びてフィリピン北部にまで至る寒冷前線を伴って北東進していた。
発航にあたり,A受審人は,当日09時ごろの風速が毎秒4mないし5mで,午後から強く吹き出し,30,31の両日はさらに天候が悪化する旨の気象予報を得ていたことから,当日を年内の操業最終日とすることとし,平素より2ないし3小間増やして,10小間の摘採を予定したものの,10時ごろまでには全ての作業を終えて無難に帰港できると考えた。
06時45分A受審人は,目的の漁場に至り,小間外側の竹製支柱に京丸を係留し,箱船を下ろして海苔の摘採を開始し,箱船に満杯になる都度京丸に戻り,同船の船首端から2.2mのところから船尾側の前部甲板上に,船体中心線に対して左右に各1個を3列に並べた6個の海苔かごに脱水した海苔を順に流し入れながら,無風状態の中,収穫を続けていたところ,09時35分ごろから北西風が吹き出したものの,すぐに強くなることはないだろうと考え,残り2列の摘採に取り掛かった。
09時45分A受審人は,風勢が一気に強まり,白波が立ち始めたので,急いで予定の摘採を全て終え,09時50分大牟田港灯台から244度(真方位,以下同じ。)1,600mの地点で,支柱に係留していた京丸に戻った。
A受審人は,さらに風が強まる中,摘採した海苔を箱船から電動ポンプで吸い上げて,京丸の前部甲板上の海苔かごに流し入れ,収穫した海苔の総重量が約2トンとなったことから,乾舷が著しく減少した状態で,09時58分箱船から船外機を揚収し,摘取機等を搭載したまま京丸に積み込む作業を開始した。
A受審人は,帰途に43号区画と44号区画との間の海域で左舷側から横波を受けることを予想し,京丸の船首端から4.8mのところから船尾側の,左右の木製ブルワークトップに箱船を渡し,電動クレーンの吊り具を張り気味にして取り付けたまま,京丸の左舷側から多く出るようにずらして置き,京丸が左舷側に幾分傾くようにしたものの,船体が横揺れしたとき,放水口が水没する状態となったことから,箱船の移動防止の措置をとる必要がある状況となったが,折からの強風を船体に受けて係留している支柱を引き抜き,京丸が網ひびの中に流されることを恐れ,早く支柱から離そうと思い,箱船を固縛することも同クレーンのブームの向きを固定することもなく,漁場を発進することとした。
こうして,A受審人は,船首0.65m船尾0.48mの喫水をもって,甲板員とともに救命胴衣を着用しないまま,10時00分前示の係留地点を発進し,2.0ノットの対地速力で,船体の横揺れにより左右の各放水口から海水が出入りする状態となって,44号区画内を手動操舵で進行し,10時01分同区画外周部の,大牟田港灯台から245度1,550mの地点に至り,43号
区画南東端のわずか沖合を船首目標とし,針路を060度に定めて続航した。
A受審人は,折からの北西風による風浪を左舷正横方から受けて船体が右に傾き,水没した右舷側の各放水口から浸入した海水が前部甲板上に滞留する状態で,大きな波がくるときには船首を波に立てながら,同じ針路,速力で進行中,船首部にいた甲板員に箱船の固縛を指示したものの,風で声が届かなかった。
10時04分A受審人は,大牟田港灯台から246度1,440mの地点に達したとき,左舷側から大波を受けて船体が右に大きく傾き,摘取機等を搭載したままの箱船が右舷側に滑り出し,電動クレーンのブームが振れ回り,箱船が京丸の右舷側から約1m離れたところで宙吊りになった。
A受審人は,京丸が箱船の荷重を受けて右に傾き,前部甲板上に滞留していた海水が右舷側に寄り,同舷側の各放水口からますます海水が浸入するので,箱船を切り離して船体の傾きを戻すこととし,機関を停止回転とし,箱船に飛び移ったところ,たまたま,波の上下動で電動クレーンのフックから箱船側のリングが外れ,箱船が離れたものの,既に,右に傾いたまま右舷側の各放水口から海水が浸入し,横傾斜が増大し続ける状況となっており,左横方からの波で右舷側への横傾斜が助長されたこともあって,ついには前部甲板上の海苔かごが一斉に右に移動して復原力を喪失し,10時05分大牟田港灯台から246度1,440mの地点において,京丸は,船首を北東方に向けた状態で,右舷側に転覆した。
当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,波高が約1.5mで,潮候は上げ潮の末期であった。
転覆の結果,京丸は,操縦室上部を圧壊し,主機,電気系統等を濡れ損したが,のち修理せずに下取りに出され,A受審人は箱船に乗ったまま,携帯電話で所属する漁業協同組合等に救助を求めながら47号区画南東端に漂着し,また,海中に投げ出された甲板員は船底を上にした京丸の推進器軸に掴まって漂流中,いずれも来援した僚船に救助された。
(本件発生に至る事由)
1 収穫した海苔を過載したこと
2 左舷側から風浪を受けることを予想したこと
3 搭載した箱船の移動防止措置を十分にとらなかったこと
4 救命胴衣を着用しなかったこと
5 復原力を喪失したこと
(原因の考察)
本件は,福岡県大牟田港で,年内の最終操業として平素より多くの養殖海苔の収穫にあたっていたとき,北西風が急速に吹き出したことから,係留地に向けて急いで帰航中,左舷側からの波を受けて船体が大きく横揺れしたとき,電動クレーンの吊り具を付けたまま搭載していた箱船が,右舷側に滑り出して船外で宙吊りになり,その荷重を受けて船体が右に傾斜し,前部甲板上に滞留していた海水が同舷側に寄り,箱船が離れたときには,水没した同舷側の放水口から海水が浸入し,既に右に傾いたまま横傾斜が増大し続ける状況となっており,左横方からの波で横傾斜が助長されたこともあって,ついには前部甲板上に積載した海苔かごが一斉に移動し,復原力を喪失して右舷側に転覆するに至ったものである。
京丸が,風勢が増大したことから急いで帰航する際,収穫した海苔を過載していなければ,乾舷が著しく減少することはなく,航行中に海水が前部甲板に滞留することはなかったものと認められ,仮に,左舷側から風浪を受け,箱船が滑り出して宙吊りになり,その荷重で船体が右舷側に傾斜したとしても,放水口から海水が浸入して横傾斜が増大し続けることはなく,転覆する事態を免れることができたと認められる。
したがって,A受審人が,収穫した海苔を過載したことは,本件発生の原因となる。
また,帰途に左舷側から風浪を受けることを予想した際,固縛するなり,電動クレーンのブームの向きを固定するなりして,搭載した箱船の移動防止措置を十分にとっていたなら,箱船が滑り出して船外で宙吊りになることはなく,その荷重を受けて船体が右舷側に傾斜したり,放水口から海水が浸入して横傾斜が増大し続けることはなく,転覆を免れることができたと認められる。
したがって,A受審人が,箱船を固縛するなどしてその移動防止措置を十分にとらなかったことも,本件発生の原因となる。
救命胴衣を着用しなかったことは,本件発生と因果関係がないが,A受審人が箱船とともに漂流したり,甲板員が海中に投げ出されたりしており,荒天時の航行において,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件転覆は,福岡県大牟田港において,海苔養殖漁場から係留地に向けて帰航するにあたり,収穫した海苔を過載したばかりか,搭載した箱船の移動防止措置を十分にとらず,海水が前部甲板に滞留する状態で航行していたとき,横波を受け,滑り出して宙吊りになった箱船の荷重で船体が右舷側に傾斜し,放水口から海水が浸入して横傾斜が増大し続け,海苔かごが移動して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,福岡県大牟田港において,海苔養殖漁場から係留地に向けて帰航するにあたり,左舷側から風浪を受けることを予想した場合,収穫した養殖海苔を多量に積み込んで乾舷がほとんどなく,船体が横揺れしたときに放水口が水没する状態にあったのだから,箱船が移動して船体の傾斜を生じ,放水口からの浸水により復原力を著しく低下させないよう,固縛するなどの箱船の移動防止措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,折からの強風を船体に受けて係留している支柱を引き抜き,網ひびの中に流されることを恐れ,早く支柱から離そうと思い,箱船の移動防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,横波を受けて搭載した箱船が滑り出し,船外で宙吊り状態となり,その荷重で船体が右舷側に傾斜し,放水口から海水が浸入して横傾斜が増大し続け,海苔かごが移動して復原力を喪失し,右舷側に転覆する事態を招き,京丸の操縦室上部を圧壊し,主機,電気系統等を濡れ損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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