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平成18年門審第39号
件名

漁船権龍丸転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成18年7月31日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(岩渕三穂,向山裕則,小金沢重充)

理事官
濱田真人

受審人
A 職名:権龍丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
転覆,のち沈没
船長が肋骨骨折等,同乗者1人が溺水による死亡,同3人が擦過傷

原因
うねりや風波の危険性に対する安全措置不十分

主文

 本件転覆は,荒天下,うねりや風波の危険性に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年10月22日08時30分
 唐津湾
 (北緯33度30.9分 東経130度05.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船権龍丸
総トン数 2.6トン
全長 11.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 58キロワット
(2)設備及び性能等
 権龍丸は,平成7年3月に進水した和船型FRP製漁船で,船体後部にアウトドライブ形式のディーゼルエンジン,及び船尾に操舵スタンドを有していた。
 船首に物入れ庫,操舵スタンド前方に縦2列,横2列合計4個のいけすを配置し,それぞれプラスチック製の蓋が取り付けられて簡易ストッパーで固定されるようになっており,各いけすの底には水量を調節できるいけすスカッパーが1個ずつ取り付けられていた。
 いけす前方の甲板と船底外板との間は補強材が入れられて空洞になっており,甲板の排水口は,直径約10センチメートル(cm)で,操縦席より前方に4箇所,同後方に2箇所設けられていた。
 操縦席前のダッシュボードにキースイッチ,ブザー,警報ランプ及びアウトドライブ用タコメーター等の各種メーター類が設置され,自動操舵装置はなく,船内機駆動の発電機,及び蓄電池が装備されていた。また,救命胴衣は,船内に積まれておらず,係留地付近の作業小屋に置かれていた。
 仕様書によれば,軽荷状態における船の長さの中央の乾舷は73cm,最大搭載人員13人及び貨物0.2トンを積載した満載状態における同中央の乾舷は66.6cmであった。

3 事実の経過
 権龍丸は,一本釣り漁業に従事する漁船で,A受審人が福岡県福吉漁港沖合の養殖筏から,養殖したふぐを出荷する際の運搬船として使用していたところ,親戚に当たる仲買人Bからふぐの買い付け注文が入った。
 A受審人は,ふぐ引渡し日の平成17年10月22日早朝5時半テレビの天気予報で,北東ないし北西の風が強く,海上では波高3ないし4メートル(m)の荒天になることを知り,発航を取り止めるかどうか迷っていたところ,06時30分B仲買人から,養殖筏のふぐを見に一緒に行きたいという電話が入り,同人の熱意に押されて発航取り止めを言い出す機会を失い,自船の大きさや乾舷を考えたときに,うねりや風波の高まった海域を航行すると転覆の危険性があったものの,波を斜めに受けるようにすれば,何とか航行できるものと思い,うねりや風波の危険性に対して発航を中止する安全措置をとることなく,作業用具等の準備に取り掛かった。
 こうして,権龍丸は,A受審人が1人で乗り組み,B仲買人及び作業員3人を乗せ,船首0.06m船尾0.58mの喫水をもって,同日07時30分福吉漁港を発し,同漁港西方沖合の羽島東側海面に設けられた養殖場に向かった。
 ところで,唐津湾に面した福吉漁港の西方約1,400m沖合には南北に細長い羽島が位置し,同島北端付近から東方に長さ約250mに渡って消波提が築造され,玄界灘に向かって北方に開いた唐津湾において,同島と消波提により外海からの波浪を直接受けない水域を形成して養殖場とし,上面の枠に鉄製パイプを使用したふぐや他の魚用養殖筏及び竹を使用したかき養殖筏が合計20基ほど設置されていた。
 A受審人は,07時40分福吉港北防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から269度(真方位,以下同じ。)1,450m付近の自身の養殖筏に至り,同筏から200尾のふぐを権龍丸のいけすに移す作業を始め,08時20分同作業を終えて活魚車の待つ福吉漁港に向け帰途に就いた。
 A受審人は,スカッパーを閉めた前側2個のいけすにふぐを入れて海水で満たし,後側左舷のいけすにスカッパーを開けて少しのふぐを入れ,同右舷のいけすを空にして,ほぼ満載状態とし,全員が救命胴衣を着用しないまま,作業員3人を船首に座らせ,B仲買人を操舵スタンドの自身の右側に立たせ,養殖場を発して間もなく,大きい横波を受けないように,波浪を左舷船首45度方向に受けながら一旦配埼付近まで北東進したのち,反転して福吉漁港に戻る針路をとることとし,08時25分防波堤灯台から280度1,300mの地点で,針路を066度に定め,機関を半速力前進にかけ,7.0ノットの対地速力で,手動操舵により進行した。
 定針したときA受審人は,北寄りの波浪は高さ約2mで,その後波高は次第に3mを超えるようになり,予報通りに波が高くなっていることを認めたものの,立っていられないほど大きく横揺れすることも,飛沫以外に船端を越えて海水が浸入することもなかったので,横波による転覆よりも,追い波による船尾からの海水の打ち込みや,船首が波に突入するときの海水の打ち込みによる転覆の不安を感じながら続航中,08時30分少し前北からの一際大きいうねりに乗り,左舷船首が持ち上がり右舷船尾が下がって右にねじれるように揺れたとき,左舷船尾から身長を超える波が打ち込み,08時30分防波堤灯台から332度800mの地点において,権龍丸は,一瞬にして復原力を喪失し,右舷側に転覆した。
 当時,天候は曇で風力5の北風が吹き,海上は波高3mを超える北寄りの波浪があり,潮候は上げ潮の中央期で,福岡管区気象台から強風,波浪注意報が発表されていた。
 その結果,権龍丸は船底を上にして漂流後沈没し,のち引き上げられて全損処理され,乗っていた全員が海中に投げ出され,駆けつけた福岡県水難救済会の福吉救難所員約30人により救助されたが,B仲買人が溺水による死亡と検案され,他の同乗者3人がそれぞれ擦過傷を,A受審人が右第3肋骨骨折等を負った。

(本件発生に至る事由)
1 荒天となる天気予報を知っていたこと
2 仲買人の熱意に押されて発航取り止めを言い出せなかったこと
3 波を斜めに受けるようにすれば,何とか航行できるものと思ったこと
4 うねりや風波の危険性に対して発航を中止する安全措置をとらなかったこと
5 うねりや風波の高まった水域を航行したこと
6 大きなうねりを受け,身長を超える波の打ち込みに遭って復原力を喪失したこと

(原因の考察)
 本件は,船長が,天気予報により,うねりや風波が強まって波高3ないし4mの荒天になることを知った際,自船の大きさや乾舷を考えて,発航を中止していたなら,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,仲買人の熱意に押されて発航取り止めを言い出せず,波を斜めに受けるようにすれば,何とか航行できるものと思い,うねりや風波の危険性に対して発航を中止する安全措置をとらなかったこと,及びうねりや風波の高まった水域を航行して大きなうねりを受け,身長を超える波の打ち込みに遭って復原力を喪失したことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件転覆は,強風,波浪注意報が発表された荒天下の唐津湾において,福岡県福吉漁港から,ふぐを出荷する目的で養殖場に向け発航するに際し,うねりや風波の危険性に対する安全措置が不十分で,うねりや風波の高まった水域を航行し,身長を超える波の打ち込みに遭って復原力を喪失したことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,唐津湾において,養殖場の筏からふぐを出荷する目的で福吉漁港を発航するに当たり,強風,波浪注意報が発表され,うねりや風波の高まることを知った場合,自船の大きさや乾舷を考えたときに,航行中にうねりなどを受けて転覆する危険性があったから,発航を中止する安全措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,仲買人の熱意に押されて発航取り止めを言い出せず,波を斜めに受けるようにすれば,何とか航行できるものと思い,発航を中止する安全措置を取らなかった職務上の過失により,うねりや風波の高まった海域を航行し身長を超える波の打ち込みに遭って転覆する事態を招き,権龍丸を全損させるとともに,同乗者1人が溺水により死亡し,他の同乗者3人が負傷し,自身も負傷するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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