(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年6月5日22時00分
長崎県帆上ノ瀬
(北緯33度07.4分東経129度25.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
瀬渡船杏隆丸 |
総トン数 |
13トン |
全長 |
16.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
764キロワット |
(2)設備及び性能等
杏隆丸は,平成3年6月に佐賀県唐津市肥前町で進水し,平成7年3月に主機換装された,2機2軸のFRP製旅客船で,船体中央部に船橋,その真上にフライングブリッジ,船橋後部に定員8人の中央部客室,船橋の前方に定員13人の前部客室,中央部客室の後方に定員16人の後部客室がそれぞれ設けられ,船首端から船橋前面までの距離が約8.1メートルで,船橋またはフライングブリッジで操縦できるようになっていた。また,船橋右舷側に操縦席が設置され,船橋の左右両舷と後部に出入口が設けられ,船橋前面には右舷側から順に主機遠隔操縦装置,舵輪,レーダー及びGPSプロッターが装備されていた。
公試運転成績書によると,初速32.40ノットでの,舵角35度による左右両旋回時の各縦距が約55メートル,その所要時間が各約10秒,同旋回時の各横距が約45メートル,その所要時間が約23秒及び22秒,同初速で後進発令してから船体停止までの時間が13.4秒,同距離が約70メートルであった。
3 事実の経過
杏隆丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客4人を乗せ,船首0.65メートル船尾1.20メートルの喫水をもって,平成17年6月5日21時00分佐世保港を発し,津和崎瀬戸を経由する予定で,五島列島中通島西方の串島に向かった。
ところで,A受審人は,前日朝釣り客を乗せ,佐世保港から五島列島奈留島の黒瀬鼻に瀬渡ししたのち,錨泊して4ないし5時間休息し,夕方釣り客の一部を収容したうえで再び錨泊して休息し,翌5日朝船内の釣り客を再び瀬渡ししたうえで錨泊して待機し,昼ごろ釣り客全員を収容して黒瀬鼻を発し,14時ころ佐世保港に戻ったもので,睡眠不足ではなかった。その後,15時ころから17時ころまで会合に出席し,引き続き18時ころまでビール大瓶2本を飲みながら夕食をとり,19時ころ帰船して1時間ほど仮眠し,20時半ころから出航準備に取り掛かり,摂取したアルコールがほぼ分解される23時ころまで出航を見合わせないまま,酒気帯びの状態で出航したものであった。
こうして,A受審人は,出航からフライングブリッジで操縦に当たり,21時30分半わずか過ぎ面高白瀬灯台から005度(真方位,以下同じ。)1,000メートルの地点において,針路を津和崎瀬戸東口に向く279度に定め,機関を全速力前進にかけ,折からの北北東風を受けて2度左方に圧流され,22.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵として進行した。
21時38分A受審人は,黒島の南東2.2海里付近で,周囲に他船がいなくなったので安心し,操縦場所を船橋に移して操縦席に座り,船橋の出入口を閉めた状態で手動操舵に当たり,レーダーを休止状態とし,適宜GPSプロッターの過去の航跡と比較して船位を確認し,佐世保港から津和崎瀬戸東口に向けた進路の中間付近に帆上ノ瀬が存在することを認識しながら続航した。
21時49分A受審人は,伏瀬灯標から048度3.4海里の地点に達したとき,周囲に他船を見かけなかったことから気が緩んだうえ,5時間ほど前に摂取したアルコールによる催眠作用の影響もあって眠気を催したが,出航前に1時間ほど仮眠をとったのでまさか居眠りすることはあるまいと思い,新鮮な空気を入れて室温を下げるために船橋の出入口を開け,操縦席から立ち上がって体を動かしながら操縦して覚醒するなり,黒島に寄せて周囲の安全を確認したうえ,しばし錨泊して仮眠をとるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった。
A受審人は,いすに座ったままの姿勢でいるうちにいつしか居眠りに陥り,帆上ノ瀬に向けて,原針路,原速力のまま進行中,22時00分伏瀬灯標から333度3.1海里の地点において,杏隆丸は,帆上ノ瀬に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力4の北北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。乗揚の結果,船底に破口を,右舷主機のクランクケースに曲損をそれぞれ生じたが,のち,クレーン船によって佐世保港に引き付けられ,A受審人が右前額部裂傷等を,及び釣り客4人が約16日ないし約2箇月の加療を要する肋骨骨折や頚椎捻挫等をそれぞれ負った。
(本件発生に至る事由)
1 酒気帯びの状態で出航したこと
2 眠気を催した際に,黒島に寄せて周囲の安全を確認したうえ,しばし錨泊して仮眠をとるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
3 居眠りしたこと
(原因の考察)
本件は,夜間,長崎県佐世保港西方沖合を五島列島津和崎瀬戸に向けて西行中,眠気を催したときに居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば,居眠りに陥ることはなく,乗揚を回避することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,眠気を催した際,出航前に1時間ほど仮眠をとっていたのでまさか居眠りすることはあるまいと思い,黒島に寄せて周囲の安全を確認したうえでしばし錨泊して仮眠をとるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとらず,居眠りに陥ったことは,本件発生の原因となる。
酒気帯びの状態で出航したことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,アルコールの摂取量及び体内における摂取後の分解量からして,出航から乗揚の間,判断や操作において飲酒の影響により正常な操縦ができないおそれがある状態で小型船舶を操縦して乗り揚げたとは認められない。しかしながらこのことは,乗揚時においてもなお,A受審人のアルコール血中濃度が酒気帯びの状態にあったと認められ,アルコールによる催眠作用の影響もあることを考慮して,厳に慎まなければならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,長崎県佐世保港西方沖合を五島列島津和崎瀬戸に向けて西行中,居眠り運航の防止措置が不十分で,帆上ノ瀬に向けて進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,長崎県佐世保港西方沖合を五島列島津和崎瀬戸に向けて西行中,気の緩みと出航前に飲んだアルコールによる催眠作用の影響もあって眠気を催した場合,黒島に寄せて周囲の安全を確認したうえ,しばし錨泊して仮眠をとるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,出航前に1時間ほど仮眠をとったので,まさか居眠りすることはあるまいと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,帆上ノ瀬に向け進行して乗揚を招き,船底に破口を,右舷主機のクランクケースに曲損をそれぞれ生じさせ,自らが右前額部裂傷等を負い,釣り客4人に肋骨骨折,頚椎捻挫等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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