(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年2月12日01時25分
関門港下関区小瀬戸
(北緯33度57.21分 東経130度54.55分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二清豊丸 |
総トン数 |
75トン |
登録長 |
27.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第二清豊丸(以下「清豊丸」という。)は,平成元年6月に進水した船首船橋型鋼製漁船で,船橋内には,前部中央に操舵スタンドが,同スタンド左舷側にGPS装置と配電盤等が,及び同スタンド右舷側にレーダーがそれぞれ設けられ,後部左舷側に海図台が置かれていた。
海上試運転成績表によれば,平均喫水2.425メートルで速力(対地速力,以下同じ。)12.66ノットの全速力前進中に,0度から35度まで転舵に要する時間は,左舵が9.5秒右舵が10.0秒で,360度旋回に要する時間は,左旋回が55.1秒右旋回が51.5秒で,最大縦距及び横距は,左及び右旋回ともに船の長さの約1.5倍で,12.66ノットの前進中に,後進発令から船体停止までの所要時間が24秒であった。
3 事実の経過
清豊丸は,山口県下関(本港地区)漁港(以下「下関漁港」という。)を基地とし,主に対馬海峡及び五島列島沖合で3日間ばかり底びき網漁を行い,水揚げ及び食料等の仕込みに戻るという形態で操業に従事しており,A,B両受審人のほか7人が乗り組み,砕氷約6トンを積み込み,操業の目的で,船首1.8メートル船尾3.7メートルの喫水をもって,平成17年2月12日01時10分下関漁港の漁港ビル西館前岸壁を発し,同漁港西口を経由して沖合の漁場へ向かった。
ところで,下関漁港の彦島と本州とに挟まれ東西に開けた逆S字形を形成する幅120ないし200メートルの狭い水路は,関門航路の大瀬戸に対して小瀬戸と呼ばれ,同瀬戸の西口付近はさらに小さなS字形を形成していたので,西口に向かう出港方法は,小瀬戸の北東部付近から北西進し,根岳ノ岬に近づいたら徐々に左舵をとり,根岳ノ岬を右舷に見ながら南西進したのち,同岬南端を過ぎたら次に右へ転舵し,北西方へ向かうものであった。
また,根岳ノ岬南端付近の東岸には,C社の船台レール4本が,東方に向け敷設されており,そのうち最南端のレールは,小瀬戸導灯(前灯)(以下「小瀬戸導灯」という。)から348度(真方位,以下同じ。)350メートル付近から海中に没し,074.5度方向に80メートルばかり延びていたので,対岸の彦島から110メートル以上離れると同レールに乗り揚げる危険があった。そして,A,B両受審人は,船台レールの南方至近に接舷されていた台船に赤色全周灯が設置されていたほかには同レールの存在を示す標識がなかったものの,小瀬戸を数多く航行した経験から水路状況も同レールの存在及びその危険性についても十分に承知していた。
A受審人は,離岸操船に引き続いて船橋当直に就いて小瀬戸を北上し,01時18分わずか前小瀬戸導灯から074度750メートルの地点にあたる小瀬戸の北東部付近で,針路を307度に定め,機関を微速力前進にかけ,4.0ノットの速力で手動操舵により進行した。
定針したとき,A受審人は,B受審人が離岸後の片付けを終えて昇橋してきて自ら交替を申し出たので,同人に操舵を行わせることとしたが,甲板員としての雇入れであるものの,海技免状を受有しており,機関の使用方法も指導し,根岳ノ岬をできるだけ遠回りするようにも指示していたので,B受審人が小瀬戸を無難に航行するものと思い,自ら操船指揮を執ることなく,同人と船橋当直を交替し,船橋後部で作業着を着替えることにした。
B受審人は,当直を引き継ぎ,ヘッドアップで0.25マイルレンジに設定したレーダー映像を時々見て,左岸からの距離を約70メートルに保ちながら北上を続け,01時21分半わずか前小瀬戸導灯から036度600メートルとなる根岳ノ岬に近づいたところで,前示赤色全周灯が左舷船首方に見えたので,徐々に左転を始め,同灯火を右舷船首方に見るよう適宜舵を戻しながら南下を開始した。
01時24分わずか前B受審人は,小瀬戸導灯から006度450メートルの地点に達したとき,左岸からの距離が100メートル以上離れ水路中央付近から右舷方に大きく寄っていることが分かり,その後,前示船台レールに著しく接近する状況であったが,同レール南方の台船に設置されていた赤色全周灯を右舷方に替わすことのみに気を取られ,レーダーを見て左岸との距離を把握するなどの船位の確認を行わなかったので,根岳ノ岬の東岸に著しく接近していることに気付かなかった。
B受審人は,小角度の転舵を繰り返しながら進行中,01時25分小瀬戸導灯から354度370メートルの地点において,清豊丸は,196度に向首したとき,原速力のまま船台レールに乗り揚げた。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好であった。
A受審人は,船橋後部でズボンを履き替えているとき衝撃を受け,船台レールに乗り揚げたことを知り,事後の措置にあたった。
乗揚の結果,船底外板数箇所に凹損を伴う損傷と左舷ビルジキールに曲損を生じ,救助船に引き下ろされた。また,船台レールに曲損を生じたが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 船台レールの存在を示す標識が,同レール南方の台船に設置されていた赤色全周灯以外になかったこと
2 A受審人が,B受審人が小瀬戸を無難に航行するものと思い,自ら操船指揮を執らなかったこと
3 B受審人が,台船に設置されていた赤色全周灯を右舷方に替わすことのみに気を取られレーダーを見て左岸との距離を把握するなどの船位の確認を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,港内を航行中,船長が,自ら操船指揮を執っていたなら,発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,B受審人が小瀬戸を無難に航行するものと思い,自ら操船指揮を執らなかったことは本件発生の原因となる。
また,船橋当直者が,小瀬戸を航行中,船位の確認を十分に行っていれば,根岳ノ岬の東岸に著しく接近していることに気付き,本件発生を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,台船に設置されていた赤色全周灯を右舷方に替わすことのみに気を取られ,レーダーを見て左岸との距離を把握するなどの船位の確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
船台レールの存在を示す標識が,同レール南方の台船に設置されていた赤色全周灯以外になかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,A,B両受審人はそのことを知っていたから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,関門港下関区において,小瀬戸を港外へ向け航行する際,船位の確認が不十分で,船台レールが敷設されている根岳ノ岬の東岸に著しく接近したことによって発生したものである。
船位の確認が十分でなかったのは,港内を航行中,船長が,自ら操船指揮を執らなかったことと,船橋当直者が,船位の確認を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,関門港下関区において,小瀬戸を港外へ向け航行する場合,自ら操船の指揮を執るべき注意義務があった。しかるに,同人は,B受審人に対し,機関の使用方法も指導し,根岳ノ岬をできるだけ遠回りするようにも指示していたので,同人が小瀬戸を無難に航行するものと思い,自ら操船の指揮を執らなかった職務上の過失により,船台レールに乗り揚げる事態を招き,船底外板数箇所に凹損を伴う損傷と左舷ビルジキールに曲損を,また,船台レールに曲損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,関門港下関区において,小瀬戸を港外へ向け航行する場合,船台レールが敷設されている根岳ノ岬の東岸に著しく接近しないよう,レーダーを見て左岸との距離を把握するなどの船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,船台レール南方の台船に設置されていた赤色全周灯を右舷方に替わすことのみに気を取られ,船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により,根岳ノ岬の東岸に著しく接近していることに気付かないまま進行して乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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