(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年5月19日09時20分
長崎県瀬戸港
(北緯32度56.3分 東経129度38.0分)
2 船舶の要目
船種船名 |
交通船まつかぜ2 |
総トン数 |
14トン |
全長 |
15.68メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
617キロワット |
3 事実の経過
まつかぜ2は,平成6年2月に竣工した,2機2軸のFRP製交通船で,A受審人ほか1人が乗り組み,B社C火力発電所(以下「発電所」という。)職員,カメラマン及び随筆家の5人を乗せ,船首0.55メートル船尾1.10メートルの喫水をもって,同17年5月19日09時00分長崎県松島港吉原地区を発し,途中,同港及び同県瀬戸港の海上から発電所や池島を写真撮影及び取材(以下「写真撮影等」という。)する目的で,瀬戸港に向かった。
ところで,A受審人は,昭和63年から松島港で運航される多目的防災船兼引船(196総トン)に機関員として乗船し,平成4年に五級海技士(機関)免許を取得して同船の機関士となり,同15年3月一級小型船舶操縦士免許を取得し,同年9月発電所職員等の送迎用の交通船として瀬戸港と松島港との間で不定期運航されるまつかぜ2に船長として初めて乗船し,同16年1月多目的防災船兼引船に機関士として転船し,同年6月以降再びまつかぜ2の船長職を執っていた。A受審人は,松島水道舵掛瀬灯浮標の南東350メートル付近に存在する平均水面上の高さ1.9メートルの臼瀬の北方には干出岩や暗岩が多数存在する浅礁が拡延していることや,松島水道には下げ潮時南方に流れる潮流があることを知っていた。
こうして,A受審人は,松島港内を3箇所ほど移動しながら停留して発電所の写真撮影等を行わせ,09時11分ごろ松島港松島防波堤灯台の南東600メートル付近で同港内での写真撮影等を終わらせ,機関を20.0ノット(対地速力,以下同じ。)の全速力前進にかけて池島の写真撮影等のために瀬戸港に向かい,松島水道舵掛瀬灯浮標の北方130メートル付近で機関を10.0ノットの微速力前進に減じて池島を望むことができる地点を探しながら東行し,09時15分半瀬戸港北防波堤南灯台(以下「南灯台」という。)から255度(真方位,以下同じ。)200メートルの地点に達したとき,機関を中立とし,写真撮影等のために停留した。
A受審人は,停留を開始したとき,船首を066度に向けて右舷正横後21度240メートルのところに臼瀬を認め,その北方に水中に没した状態の干出岩(以下「干出岩」という。)が拡延していること,下げ潮なので南方へ流れる潮流があること及び北北西風が吹いていることを知っていたが,写真撮影等を行う短い時間内に干出岩まで圧流されることはあるまいと思い,その後風潮下で右舷正横後に視認できる臼瀬との距離を目測するなり,作動中のレーダーを活用するなりして船位の確認を十分に行わなかった。
A受審人は,折からの風潮流によって172度方向に約1.2ノットで圧流され,干出岩に接近したが,依然,船位不確認で,このことに気付かないまま操舵室内で甲板員と雑談をしながら停留し,09時20分わずか前写真撮影等終了の合図を聞き,機関を回転数毎分1,000の微速力前進にかけたところ,09時20分南灯台から220度275メートルの地点において,まつかぜ2は,船首が066度に向き,約3ノットの速力で干出岩に乗り揚げ,これを擦過した。
当時,天候は晴で風力3の北北西風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,付近海域には約1.0ノットの南流があった。
乗揚の結果,左舷推進器翼及び同舷舵柱に曲損を,同舷舵板が突き上げられたことにより船尾船底に破口をそれぞれ生じたが,のち修理された。
(海難の原因)
本件乗揚は,長崎県瀬戸港において,南流と北北西風を受けて停留する際,船位の確認が不十分で,干出岩に向けて圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,長崎県瀬戸港の臼瀬北方沖合において,南流と北北西風を受けて停留する場合,風潮下側には干出岩が存在することを知っていたのであるから,干出岩への接近模様を判断できるよう,臼瀬との距離を目測するなどして船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,写真撮影等を行う短い時間内に干出岩まで圧流されることはあるまいと思い,船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により,折からの南流と北北西風によって圧流され,同岩に接近していたところ,発進して干出岩への乗揚を招き,左舷推進器翼及び同舷舵柱に曲損を,船尾船底に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。