(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年12月30日06時20分
長崎県対馬上島琴湾湾口
(北緯34度33.0分 東経129度28.1分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船歓漁丸 |
総トン数 |
4.92トン |
登録長 |
10.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
80 |
3 事実の経過
歓漁丸は,昭和53年9月に進水し,船体中央やや後方に操舵室を設けた,一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で,平成16年11月に二級小型船舶操縦士と特殊小型船舶操縦士の操縦免許証を交付されたA受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.3メートル(m)船尾1.5mの喫水をもって,同17年12月30日06時10分長崎県対馬市琴漁港を発し,同漁港北東方約5海里の漁場に向かった。
ところで,歓漁丸は,自動操舵装置がないことから,A受審人は,ゴムチューブ及びロープを自ら加工して輪を作り,航行中一時的に操舵室を離れるときには,ロープ部分を舵輪の取っ手に掛けてゴムチューブ部分を舵輪中心軸を支える起動筒に留め,ゴムの伸縮力により舵輪を固定して舵角中央を維持するようにしていた。
A受審人は,立って操舵に当たり,2ないし3ノットの極微速力(以下,速力については対地速力を示す。)で港内を航行し,琴港西防波堤灯台を右舷に見て同防波堤を替わったのち,沖防波堤の標識灯を右舷に見て航過し,06時16分琴港西防波堤灯台から102度(真方位,以下同じ。)230mの地点で,針路を137度に定め,機関を微速力前進にかけ,6.0ノットの速力で,手動操舵により進行した。
A受審人は,沖防波堤の標識灯を替わった以後の針路法として,琴湾湾口浅黄崎北側に敷設された定置網の標識灯を右舷船首方に見て進み,琴埼灯台南側の構瀬を十分に替わり,同灯台を左舷船尾方に見るころに左転北上する予定としていた。
A受審人は,普段は機関を中立として漂泊状態で,トローリング用釣り具を流す長さ8mの竿を両舷外に出す操業準備作業を行っていたが,周囲に他船を認めなかったうえ,微速力により進行中で,風が弱く波も静かであったことから,少しくらい針路から外れても,岩礁や定置網に著しく接近することはあるまいと思い,漂泊することなく,船尾甲板に移動して同作業に取り掛かりながら続航中,前示舵輪固定具を掛け忘れていて,プロペラの回転方向が右であることにより,プロペラ流や横圧力による作用が働いて船首が少しずつ左に回頭し,構瀬に向かう進路となっていることに気付かなかった。
こうして,A受審人は,06時19分琴港西防波堤灯台から110度700mの地点に達し,前路190mに構瀬の岩礁が迫っていたものの,依然操業準備作業に気を取られ,このことに気付かずに続航中,06時20分琴港西防波堤灯台から102度850mの地点において,歓漁丸は,船首が左に回頭して065度を向いた状態で,原速力のまま構瀬の岩礁に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力2の北西風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は,突然衝撃を受けて乗り揚げたことを知り,漁業無線で僚船に救助を求めるなど事後の措置に当たった。
乗揚の結果,右舷船底に亀裂を生じて浸水し,その後僚船により引き下ろされたものの曳航中に沈没し,のち引き揚げられて解撤処理された。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,長崎県対馬上島の琴湾内を漁場に向け航行中,操業準備作業の際に漂泊せず,同湾口北側の構瀬の岩礁に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,琴湾内を漁場に向け航行中,操舵室を離れて操業準備作業を行う場合,同湾口には岩礁及び定置網等があったから,それらに接近することのないよう,機関を中立とし,漂泊して同作業を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,微速力により進行中で,風が弱く波も静かであったことから,少しくらい針路から外れても,岩礁や定置網に著しく接近することはあるまいと思い,漂泊しなかった職務上の過失により,構瀬に向かう進路のまま進行して乗揚を招き,歓漁丸の右舷船底に亀裂を生じさせ,浸水沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。