(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月13日20時45分
佐賀県伊万里港
(北緯33度21.1分 東経129度50.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボートはやと |
全長 |
7.60メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
110キロワット |
(2)設備及び性能等
はやとは,船外機付きFRP製モーターボートで,船体中央部に右舷側及び後部が開放されたハードトップ付きの操縦台が,その後方にリーニングシートが,操縦台下方に船室がそれぞれ設けられ,船首端から操縦台後面までの距離が約4.5メートルであった。操縦台には,右舷側から順に,主機遠隔操縦装置,魚群探知機,コンパス,GPSプロッター兼魚群探知機(以下「GPSプロッター」という。),舵輪及び船室への出入口が設置されていたが,レーダーは装備されていなかった。
GPSプロッターは,5.7インチ液晶カラー表示部を備えていて,同表示部にプロッター画面及び魚群探知機画面を併画することができ,プロッター画面には,GPS諸情報に加えて簡易電子海図上に船位及び航跡が表示され,簡易電子海図の縮尺を多段階に切り替えることができ,佐賀県伊万里港内の福田防波堤(以下「防波堤」という。)が表示されるようになっていた。
3 伊万里マリーナ等の概要
伊万里マリーナ(以下「マリーナ」という。)は,伊万里港福島灯標(以下「福島灯標」という。)の東南東方1.4海里付近の,約600メートル東方に湾入し,湾口幅約450メートルの入江の奥にあり,湾口の南端から003度(真方位,以下同じ。)方向に長さ280メートル,水面上の高さ(以下,水面上の高さ及び眼高については,当時の喫水又は潮高による。)約1メートルの,防波堤が構築されていた。
防波堤北端には,電源太陽電池システム,光源超高輝度LED,灯質4秒周期の赤色単閃光,水面上の高さ約3メートル及び光達距離4.5キロメートルの標識灯(以下「標識灯」という。)が設置されていた。標識灯は,夜間に西方沖合からマリーナに入航する際に,同入江内でマリーナ西隣にある伊万里人工海浜公園(以下「海浜公園」という。)に約50メートル間隔で設置された,水面上の高さ約7メートルの8基の外灯(以下「海浜公園の外灯」という。)が後背に存在することから,平成15年3月に白熱電球を光源とする電池式から前述のものに交換されたもので,沖合から明確に視認できた。
4 事実の経過
はやとは,A船長が1人で乗り組み,職場の同僚2人を同乗させ,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,平成16年11月13日06時45分マリーナを発し,伊万里湾北口の日比水道を経由し,同水道北方の向島周辺の釣り場に向かった。
ところで,A船長は,日没前には帰航する予定で出航したもので,西方沖合からマリーナに入航するには,沖合に構築された防波堤をかわさなければならないことや,防波堤北端に標識灯が設置されていることを,日ごろから日中に数多く入航して知っていたものの,夜間の入航経験は2回だけであった。また,同乗者の夜間の入航経験も,1人が2回,他の1人が初めてであった。
こうして,A船長は,同乗者を含めて自らが備付けの救命胴衣を着用することなく,向島周辺に至って船釣りを開始し,以降,順次移動し,12時30分ころから馬渡島南方沖合で釣りを続けていたところ,熱中して日のあるうちに帰航可能な漁場発進時刻を過ぎ,17時20分日没となったことに気付き,ようやく帰途に就いた。
A船長は,認めた明かりを陸上の明かりと思って南下していたところ,プロッター画面を見て,往航の航跡と船位のずれからいか釣り漁船の集魚灯を陸上の明かりと見誤って日比水道より西方の黒島に向かっていたことに気付き,機関を回転数毎分1,000に減じて4.4ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,同水道北口に向けて引き返し,同水道及び伊万里湾を,同航跡を頼りに慎重に南下した。
20時29分半わずか過ぎA船長は,福島灯標から215度1,880メートルの,福島南端にある九州液化瓦斯福島基地の沖合に至り,海浜公園の外灯を認め,プロッター画面を見るのを止めて同外灯を目安に,針路を093度に定め,機関を回転数毎分1,500の6.6ノットに増速して進行した。
20時39分少し過ぎA船長は,福島灯標から152度1,830メートルの地点で,左舷船首37度1,200メートルに視認できる標識灯を認めなかったものの,海浜公園の外灯の見え具合から推して,針路を西端の同外灯に向けて050度に転じ,同乗者1人を船首に屈ませて眼高約1.2メートルで,他の1人を操縦台左側の通路にそれぞれ配置し,自らは操縦台右側の通路に立って左手を舵輪に添え,眼高約1.8メートルで右舷前方を見ながら,同外灯を目安に続航した。
20時42分A船長は,福島灯標から134度1,810メートルの地点に達したとき,海浜公園の外灯の見え具合及び日中に見慣れた同外灯との位置関係から防波堤北端をかわせると思ったかして,停止して時間的余裕を確保したうえ,右舷船首11度650メートルに視認できる標識灯を慎重に探すなり,縮尺75,000分の1で表示されたプロッター画面で防波堤を確認し,適宜大縮尺に切り替えて活用するなど,船位の確認を十分に行うことなく,針路を東端の同外灯に向く066度に転じたところ,標識灯が左舷船首5度方向に変わり,防波堤に向首したが,これらのことに気付かなかった。
20時44分A船長は,標識灯を左舷船首13度250メートルに視認できる状況で,依然,船位不確認のまま,右舷船首方を見る姿勢で右舷側通路に立ち,海浜公園の外灯を目安に,また,船首配置の同乗者に乾電池2本入りの懐中電灯を照射させて防波堤を探させながら,原針路,原速力で進行中,眼高より低い防波堤に気付かないまま,20時45分福島灯標から118度2,120メートルの地点において,防波堤の北端から61メートルの西側部分に63度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力1の東風が吹き,潮候は上げ潮の末期で,日没時が17時20分で,月明かりはなかった。
衝突の結果,船首に圧損及び亀裂を生じ,衝突の衝撃でA船長及び船首配置の同乗者が海中に転落し,A船長がのち溺水死と検案され,同同乗者が肋骨骨折等を負い,防波堤から垂れていたロープにつかまっていたところ,船上の同乗者の携帯電話による通報で駆けつけた消防隊員によって救助された。
(本件発生に至る事由)
1 はやと
(1)日没前に帰航予定であったところ,夜間入航したこと
(2)夜間入航に慣れていなかったこと
(3)全員が救命胴衣を着用していなかったこと
(4)帰途に就いて一時迷走したのち,九州液化瓦斯福島基地沖合に至り,海浜公園の外灯を認めてGPSプロッターの使用を止め,同外灯を目安にして進行したこと
(5)魚群探知機画面と併画した縮尺75,000分の1のプロッター画面を表示させていたこと
(6)防波堤の表示された作動中のプロッター画面で,同堤を確認して船位の確認を十分に行なわなかったこと
(7)停止して標識灯を慎重に探さなかったこと
(8)防波堤に気付かないまま進行したこと
2 その他
(1)防波堤が眼高より低い位置にあったこと
(2)標識灯の後背に海浜公園の外灯が存在したこと
(3)月明かりのない暗夜であったこと
(原因の考察)
本件は,月明かりのない暗夜,沖合に防波堤の構築されたマリーナに向けて入航中,船位の確認を十分に行っていれば,衝突を回避することができたものと認められる。
したがって,夜間入航に慣れていなかったA船長が,九州液化瓦斯福島基地沖合まではGPSプロッターを活用して航行したにもかかわらず,海浜公園の外灯を認めてその使用を止め,同外灯の見え具合等から推して防波堤北端をかわせると思ったかして,停止して時間的余裕を確保したうえ,標識灯を慎重に探すなり,作動中の防波堤が表示されたGPSプロッターを活用するなどして,船位の確認を十分に行わず,眼高より低い位置にあった防波堤に気付かないまま,同堤に向けて進行したことは本件発生の原因となる。
船長の死亡は,救命胴衣を着用していれば,衝突の衝撃で海中転落した際に浮力が確保されるので,溺死を回避することができたものと認められる。
したがって,A船長が,同乗者を含めて自らが備付けの救命胴衣を着用しなかったことは,溺死するに至った原因となる。
日没前に帰航予定であったところ,夜間入航したこと,及び夜間入航に慣れていない状況で入航したことは,夜間における適切な船位確認が行われなかった点において,いずれも本件発生に関与した事実であるが,日中マリーナに数多く入航した経験があったことや,防波堤が表示されたGPSプロッターを装備していたことからして,前述の船位確認さえ行えば,容易に入航することができる状況であったことから,本件発生と相当因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から夜間入航に備えて日ごろから船位確認の習熟訓練をしておくよう是正されるべきである。
魚群探知機画面と併画した縮尺75,000分の1のプロッター画面を表示したままであったことは,この縮尺で防波堤が表示されていたことから本件発生との相当因果関係は認められない。しかしながら,適切な縮尺を選択することにより,船位の確認はより容易になるので,海難防止の観点からGPSプロッターを活用するために適切な縮尺を選択するよう是正されるべきである。
標識灯の後背に海浜公園の外灯が存在したことは,標識灯が沖合より視認できたことから,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件防波堤衝突は,夜間,佐賀県伊万里港において,夜間入航に慣れていない状況下,沖合に防波堤の構築されたマリーナに入航する際,停止して時間的余裕を確保したうえ,防波堤北端の標識灯を慎重に探すなり,縮尺75,000分の1で表示されたプロッター画面で防波堤を確認するなど,船位の確認が不十分で,防波堤に気付かないまま,同堤に向かって進行したことによって発生したものである。
なお,船長が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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