(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月17日01時05分
山口県笠戸島南方沖合
(北緯33度52.9分 東経131度49.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船第七あや丸 |
台船吉野 |
総トン数 |
115トン |
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全長 |
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58.0メートル |
登録長 |
23.29メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
735キロワット |
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船種船名 |
漁船第一正栄丸 |
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総トン数 |
2.1トン |
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登録長 |
8.20メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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漁船法馬力数 |
15 |
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(2)設備及び性能等
ア 第七あや丸
第七あや丸(以下「あや丸」という。)は,昭和63年7月に進水した鋼製押船で,その船首部を台船吉野の船尾凹部に嵌合して,全長約75メートルの押船列(以下「あや丸押船列」という。)を構成し,専ら瀬戸内海でスクラップ鉄の運搬に従事していた。
イ 吉野
吉野(以下「台船」という。)は,昭和63年に建造された,非自航の鋼製台船で,船首部に旋回式ジブクレーン1基を設け,前示押船列を構成していた。
ウ 第一正栄丸
第一正栄丸(以下「正栄丸」という。)は,昭和63年7月に進水し,船体中央部に操舵室を設けた小型機船底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,操舵室の左舷側外壁に揚網用のローラーが設置されていた。
3 事実の経過
あや丸は,A受審人,B指定海難関係人ほか2人が乗り組み,船首1.7メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,空倉で,船首2.0メートル船尾2.5メートルの喫水となった台船とあや丸押船列を構成し,平成17年8月16日16時30分広島県大柿港を発し,山口県三田尻中関港に向った。
ところで,あや丸は,台船の船首部に装備されたクレーンのため,操舵室中央の位置から正船首方向両舷にわたりそれぞれ5度ばかりが死角になっていた。
A受審人は,航海当直を,広い海域や食事時にはB指定海難関係人に,それ以外は自らが行うことにし,出港操船に引き続き同当直に就き,やがて日没となり航行中の動力船が掲げる灯火を表示して西行した。
23時20分A受審人は,鼻繰島灯台から310度(真方位,以下同じ。)1.9海里の地点において,無資格であや丸での航海当直が初めてのB指定海難関係人に同当直を行わせることにしたが,乗船経験が豊富で,周囲に他船はいなかったことから,見張りについて詳しく指示しなくても大丈夫と思い,死角を補う見張りを十分に行うよう指示することなく,同当直を引き継いで降橋した。
23時25分B指定海難関係人は,鼻繰島灯台から307度2.4海里の地点で,針路を298度に定めて機関を回転数毎分500にかけ,5.7ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,舵輪後方の椅子に腰をかけ,自動操舵により進行した。
翌17日01時00分B指定海難関係人は,火振岬灯台から173度3.0海里の地点に達したとき,正船首方880メートルのところに漁ろうに従事している正栄丸が表示する緑,白,紅灯と作業灯を視認することができる状況であったが,前路に他船はいないものと思い,椅子に腰をかけたまま死角を補う見張りを十分に行わなかったので,船首方の正栄丸に気付かず,同船の進路を避けないまま続航した。
こうして,B指定海難関係人は,その後も死角を補う見張りを十分に行わないまま進行中,01時05分火振岬灯台から181度2.8海里の地点において,あや丸押船列は,原針路,原速力のまま,台船の船首が正栄丸の左舷前部に前方から62度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の初期にあたり,視界は良好であった。
自室で休息中のA受審人は,機関回転数が下がったので,急いで昇橋し,漁船と衝突したことを知り,事後の措置にあたった。
また,正栄丸は,C船長が1人で乗り組み,底びき網漁の目的で,船首0.24メートル船尾1.15メートルの喫水をもって,同月16日17時30分山口県徳山下松港内の櫛ヶ浜漁港を発し,同県笠戸島南方沖合の漁場に向かった。
ところで,正栄丸の操業方法は,長さ約20メートルの底びき網を長さ約150メートルの合成繊維索とワイヤーロープに繋いで,約2ノットの速力で2時間ほど曳いたのち,機関を中立として揚網するもので,揚網に要する時間は約40分であった。
18時10分C船長は,前示漁場に到着し,航行中の動力船が掲げる灯火及びトロールによる漁ろうに従事中の灯火を表示するとともに,甲板上に作業灯4個を点灯して操業を開始した。
翌17日01時00分C船長は,火振岬灯台から181度2.8海里の地点において,船首を180度に向け機関を中立とし,揚網作業中,左舷船首62度880メートルのところにあや丸押船列の掲げる白,白,緑,紅灯を視認でき,その後同船が衝突のおそれのある態勢で向首接近していたが,避航を促す音響信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることもなく,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,あや丸押船列は,損傷はなかったものの,正栄丸は,転覆した。また,C船長は衝突の衝撃で海中に転落し行方不明となり,9月28日別府湾において遺体で発見された。
(航法の適用)
本件は,笠戸島南方沖合において,航行中の動力船であるあや丸押船列と漁ろうに従事している正栄丸が衝突したもので,当該海域は海上交通安全法が適用される海域であるが,同法に適用される航法規定がないので,海上衝突予防法第18条の各種船舶間の航法を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 あや丸押船列
(1)A受審人が,B指定海難関係人に対して,見張りについて詳しく指示しなくても大丈夫と思い,死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,前路に他船はいないものと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(3)正栄丸の存在に気付かなかったこと
(4)正栄丸の進路を避けなかったこと
2 正栄丸
(1)避航を促す音響信号を行わなかったこと
(2)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,あや丸押船列が,死角を補う見張りを十分に行っていれば,前路で漁ろうに従事している正栄丸に気付き,衝突のおそれがある態勢で接近している同船の進路を避けることにより,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,B指定海難関係人に対し,死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったこと,同指定海難関係人が,時折ウイングに出るなど,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと,及び正栄丸の存在に気付かないまま,同船の進路を避けることなく進行したことは,本件発生の原因となる。
一方,正栄丸が,避航を促す音響信号を行っていれば,あや丸押船列が自船の存在及び衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付き,自船との衝突を回避できたものと認められる。
したがって,C船長が,衝突のおそれがある態勢で接近するあや丸押船列に対して避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,山口県笠戸島南方沖合において,航行中のあや丸押船列が,見張り不十分で,漁ろうに従事している正栄丸の進路を避けなかったことによって発生したが,正栄丸が,避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
あや丸押船列の運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に対し,死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかったことと,船橋当直者が,死角を補う見張りを十分に行わなかったことによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,夜間,山口県笠戸島南方沖合において,船首方に死角がある状態で西行中,B指定海難関係人に単独の船橋当直を行わせる場合,同人が無資格であや丸押船列での航海は初めてであったから,死角を補う見張りを十分に行うよう指示すべき注意義務があった。ところが,A受審人は,広い海域であり,B指定海難関係人は乗船経験が豊富であったことから,見張りについて詳しく指示しなくても大丈夫だと思い,死角を補う見張りを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により,同人が船首方の死角に隠れて接近する正栄丸に気付かず,同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き,同船を転覆させ,C船長を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,夜間,山口県笠戸島南方沖合において,船首方に死角がある状態で,単独の船橋当直に就いて西行する際,死角を補う見張りを十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しないが,船橋当直を行う際,自船の船首方にクレーンのため死角があるので,死角を補う見張りを十分に行うなど,安全運航に努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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