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平成18年広審第49号
件名

旅客船ななうら丸桟橋衝突事件
第二審請求者〔理事官 古城達也〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年9月13日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(橋本 學,内山欽郎,野村昌志)

理事官
古城達也

受審人
A 職名:ななうら丸船長 海技免許:四級海技士(航海)(履歴限定)
指定海難関係人
B 職名:C社D支社運航管理者
補佐人
a(受審人A及び指定海難関係人B選任)

損害
ななうら丸・・・損害ない,旅客2人が骨折等
宮島桟橋・・・損害ない

原因
ななうら丸・・・着桟する際,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしが停止されなかったこと
運航管理者・・・着桟時,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を運航管理規程に明記せず,操船者への周知徹底を図らなかったこと

主文

 本件桟橋衝突は,着桟する際,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしが停止されなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,着桟時,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を運航管理規程に明記せず,操船者への周知徹底を図らなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年10月23日11時20分
 広島県厳島港
 (北緯34度17.9分 東経132度19.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船ななうら丸
総トン数 196トン
全長 31.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 441キロワット
(2)設備及び性能等
 ななうら丸は,昭和61年11月に進水した,1機1軸の可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)を推進装置とする,航海速力8.0ノットの鋼製旅客船兼自動車渡船で,レーダー及びGPS装置等を装備して,専ら,ともに浮き桟橋構造である広島県廿日市市の宮島口桟橋と同県厳島港宮島桟橋間(以下「宮島航路」という。)における,旅客及び自動車の輸送に従事していた。
 なお,宮島航路の廿日市市から厳島に向かう下り便には,宮島口桟橋から真っ直ぐに宮島桟橋へ向かう航路と,厳島神社の大鳥居近くに迂回する航路(以下「大鳥居航路」という。)の二つの航路があり,後者の大鳥居航路は,宮島口桟橋を出港してから厳島神社の西方500メートル付近に位置する宮島水族館を船首目標と定めて南下したのち,同館まで約600メートルとなった地点で,大きく左に転舵して宮島桟橋に向け,大鳥居を右舷側に約500メートル離して通過する航路であることから,平素は,旅客に近距離から大鳥居を見物させることができる同航路が下り便として運航されていた。
 また,ななうら丸の操船者は,C社が定めた運航管理規程に表記されている,下記のCPP翼角(以下,CPPを省略する。)に対する速力を勘案して着桟操船に当たり,宮島桟橋に着桟する際は,桟橋法線に対して直角に付ける船首付けの着桟態勢が取られていた。
・最微速・・・1ないし2ノット  翼角3度
・微速・・・3ノット  翼角5度
・半速・・・5ノット  翼角10度
・全速・・・10ノット  翼角26度

3 事実の経過
 ななうら丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,旅客210人を乗せ,船首1.66メートル船尾2.20メートルの喫水をもって,平成17年10月23日11時10分宮島口桟橋を発し,宮島桟橋へ向かった。
 離桟後,A受審人は,宮島水族館を船首目標とする大鳥居航路に沿って南下し,11時14分半厳島聖埼にある高さ19.8メートルの三角点(以下「聖埼三角点」という。)から237度(真方位,以下同じ。)2,250メートル地点に達し,同水族館から約600メートルのところまで接近したとき,大きく左転して宮島桟橋に向首する075度の針路に定め,機関を回転数毎分346に掛け,翼角を前進13度とした8.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵によって進行した。
 ところで,ななうら丸は,推進装置であるCPPの構造上,前進時に翼角変更が正常に行えるならば,当然,後進翼角に変更することも正常に行えることから,一般船舶のように後進が掛かるか否かを確かめる目的で,機関の前後進クラッチを切り替えてプロペラを逆回転させる類の後進テストを行う必要はないが,いかなる船舶であっても着桟時の行きあしを適切に制御できない場合は,過大な速力のまま桟橋に接近して衝突するおそれがあることから,操船者は,どのような非常事態に陥っても桟橋との衝突を避けることができるよう,桟橋から十分に離れた安全な地点において後進を掛け,一旦,行きあしを停止することが求められる状況にあり,特に本船においては,常に数百人もの旅客を乗せて運航していることを考慮すると,時間的にも距離的にも十分安全な時機に後進を掛けて,一旦,行きあしを停止することは,決して省いてはならない重要な着桟操船の手順であると認められる。
 したがって,運航管理者は,上記の操船模様及び運航状況などに鑑み,着桟時には,桟橋手前の十分に安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を明確に運航管理規程に定め,すべての操船者に周知徹底することが求められる立場にあったが,B指定海難関係人は,平素から安全管理については鋭意努力していたものの,機関長出身で着桟操船の経験がまったくなかったことから,このことに思い至らず,当該事項の周知徹底を図ることができなかった。
 そして,11時16分A受審人は,聖埼三角点から233度1,850メートルの地点に至り,宮島桟橋まで400メートルとなったとき,針路を着桟状況に応じて種々に変更することとしたうえ,翼角を前進5度として速力を3.5ノットに減じ,次いで,11時18分少し前同三角点から230度1,650メートル地点に達し,宮島桟橋まで200メートルとなったとき,翼角を前進2度として速力を3.0ノット近くまで減じたのち,さらに宮島桟橋に向けて接近して行ったが,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止することなく着桟操船を続けた。
 こうして,A受審人は,その後も,依然として,一旦,行きあしを停止することなく着桟操船に当り,11時19分半わずか過ぎ宮島桟橋から40メートルの地点に至ったとき,翼角ハンドルを後進10度に操作したものの,その時機が平素より遅れたことや,後進10度の翼角となるまで数秒ないし十数秒前後の時間差があることなどに起因して,直ぐに後進が掛からず,過大な速力のまま進行中,11時20分わずか前桟橋至近まで接近したとき,衝突の危険を感じ,急いで翼角を後進17.5度として全速力後進としたが,効なく,11時20分聖埼三角点から227度1,450メートルの地点において,ななうら丸は,船首方位が058度となったとき,ほぼ3.0ノットの速力で,その左舷船首部が桟橋法線と約70度の角度で宮島桟橋に衝突した。
 当時,天候は曇で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の末期であった。
 衝突の結果,宮島桟橋が,廃タイヤのフェンダーで頑丈に補強されていたことや,浮き桟橋であったことなどから,衝撃力が緩和吸収され,ななうら丸の船体及び桟橋に損傷はなかったものの,急激に行きあしが停止したことにより船体に大きな慣性力が働き,客室甲板の階段昇降口付近から上甲板に転落した旅客1人を含め,計2人の旅客が骨折するなどの傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,桟橋から十分に離れた安全な地点で,一旦,行きあしを停止しなかったこと
2 A受審人が,翼角ハンドルを後進翼角に操作する時機が遅れたこと
3 翼角ハンドルを操作した時点から実際に翼角が変るまでに時間差があったこと
4 B指定海難関係人が,桟橋から十分に離れた安全な地点で,一旦,行きあしを停止することの重要性に気付かず,運航管理規程にその旨を明記しなかったこと
5 B指定海難関係人が,操船者に対して,桟橋から十分に離れた安全な地点で,一旦,行きあしを停止する旨を周知徹底しなかったこと

(原因の考察)
 ななうら丸は,宮島桟橋に着桟する際,操船者が,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止していたならば,翼角ハンドルを操作したときから実際に翼角が変るまでの時間差や,操作時機の遅れなどがあったとしても,過大な速力で桟橋に接近する事態に陥ることはなく,同桟橋への衝突を回避することは可能であったものと認められる。
 したがって,A受審人が,数百人もの旅客が乗船している船舶を操船していたにも拘らず,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止することなく,過大な速力のまま桟橋に接近したこと,及びB指定海難関係人が,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を運航管理規程に明記せず,操船者への周知徹底を図らなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件桟橋衝突は,広島県厳島港において,宮島桟橋に着桟する際,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしが停止されなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,宮島桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を運航管理規程に明記せず,操船者への周知徹底を図らなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,広島県厳島港において,宮島桟橋に船首付けで着桟する場合,過大な速力で接近すれば桟橋に衝突するおそれがあったから,どのような非常事態に陥っても衝突を回避できるよう,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,一旦,行きあしを停止しなかった職務上の過失により,過大な速力のまま進行して宮島桟橋への衝突を招き,自船及び同桟橋に損傷を生じさせなかったものの,船体に大きな慣性力が働いたことにより,客室甲板の階段昇降口付近から上甲板に転落した旅客1人を含め,計2人の旅客に骨折などの傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 B指定海難関係人が,桟橋から十分に離れた安全な地点において,一旦,行きあしを停止する旨を運航管理規程に明記せず,操船者に対して当該事項の周知徹底を図らなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,その後,運航管理規程を改善して安全措置を講じたことに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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