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 (海難の事実) 
1 事件発生の年月日時刻及び場所 
 平成18年1月9日04時07分 
 明石海峡南東海域 
 (北緯34度34.0分 東経135度05.2分) 
 
2 船舶の要目等 
(1)要目 
| 船種船名 | 
漁船住吉丸 | 
貨物船ジン シャン | 
 
| 総トン数 | 
4.9トン | 
1,586トン | 
 
| 全長 | 
15.46メートル | 
83.10メートル | 
 
| 機関の種類 | 
ディーゼル機関 | 
ディーゼル機関 | 
 
| 出力 | 
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661キロワット | 
 
| 漁船法馬力数 | 
48キロワット | 
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(2)設備及び性能等 
ア 住吉丸 
 住吉丸は,平成9年6月に進水した船体中央やや船首寄りに操舵室を有するFRP製漁船で,毎朝03時00分兵庫県岩屋港を僚船40〜50隻とともに一斉に出漁し,明石海峡南東側の海域において操業し,市場の開始に合わせて12時前後に帰港する日帰りの小型底びき網漁業に従事していた。 
 操舵室の後方の船尾甲板には,前からリールウインチ,生け簀及びやぐらが配置され,リールウインチの操作盤が,その右舷前方に設けられていた。 
 舵及び機関の操作は,操舵室内及び操舵室外壁の右舷船尾側で行うことができた。 
 船尾甲板からの周囲の見通しは,良好であった。 
 住吉丸の操業は,通称,板びきといわれ,リールウインチに巻き取られた長さ300メートルの鋼索に開口板及び長さ100メートルの繊維索をつなぎその先端に袋網を付けて全長410メートルとして船尾端から延出し,水深60メートルの海底を潮の流れに沿って3.0ノットの速力で,投網,曳網及び揚網するもので,投網に10分,曳網に50分,揚網に10分,網に入った石やゴミを取り除く漁獲物の選別作業に5分かけ,1回の操業が1時間15分かかり,1日に5ないし7回行うものであった。 
イ ジン シャン 
 ジン シャン(以下「ジ号」という。)は,西暦1992年8月に中華人民共和国で建造された船尾船橋型の鋼製貨物船で,大連,上海,広州の各港から雑貨を積み,名古屋,京浜地区の各港に揚げ,日本からは鋼材を積んで中華人民共和国に戻る不定期の航海に従事していた。 
 操舵室には,レーダー2台,エンジンテレグラフ,ジャイロコンパスを組み込んだ操舵装置,マグネットコンパス,GPS,コースレコーダー,AIS,音響測深機,国際VHF等が装備されていた。 
 操縦性能表写によれば,旋回性能は,満載時,右回頭で,縦距が165メートル,横距が80メートルであり,原針路から90度変化するまでの時間は57秒,10.0ノットの全速力前進中,全速力後進発令から船体停止までの距離及び要する時間は,476メートル及び2分20秒であった。 
 
3 事実の経過 
 住吉丸は,A受審人が息子と2人で乗り組み,底びき網漁を行う目的で,船首0.25メートル船尾1.50メートルの喫水をもって,平成18年1月9日03時00分兵庫県岩屋港を発し,大阪湾北西海域の漁場に向かった。 
 03時10分A受審人は,明石海峡南東海域に至り,所定の灯火及び船尾甲板を照らす作業灯を点灯して曳網を開始し,息子を船尾端での作業に就け,操舵室外壁の右舷船尾側の操縦位置に立って,操船及びリールウインチの操作に当たった。 
 03時56分半A受審人は,平磯灯標から174度(真方位,以下同じ。)3.3海里の地点において,曳網を終えて揚網のため針路を100度に定め,機関を前進速力にかけ,3.0ノットの対地速力(以下,速力という。)で自動操舵によって進行した。 
 このとき,A受審人は,右舷船首67度1.9海里のところに,ジ号の白,白2灯を初めて認め,白灯2灯が横に開いているのでこのまま進行すれば,船首方410メートルを無難に航過する態勢であることを認めていた。 
 04時05分A受審人は,平磯灯標から168度3.4海里の地点に達したとき,揚網を終えて漁場を移動するため,針路を078度に転じ,速力を9.8ノットに増速したところ,右舷船首59度700メートルのところを北上するジ号の前路に向けて新たな衝突のおそれを生じさせたが,漁獲物を選別する作業を手伝うことに気をとられ,動静監視を行うことなく,これに気付かず続航した。 
 転針後,A受審人は,操縦位置を離れ,船尾端に移動して船尾方を向いて2人で選別作業を始め,ジ号が間近に接近しても行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとることなく進行中,04時07分住吉丸は,平磯灯標から162度3.4海里の地点において,同じ針路,速力で,その船首部とジ号の左舷船首部とが後方から33度の角度で衝突した。 
 当時,天候は晴で風はなく,視界は良好で,付近海域には北北東に向かう微弱な潮流があった。 
 また,ジ号は,B船長及びC二等航海士ほか船員13人が乗り組み(全乗組員が中華人民共和国籍),空倉のまま,船首1.10メートル船尾3.30メートルの喫水をもって,同年1月7日18時00分名古屋港を発し,友ケ島水道を経由して兵庫県東播磨港に向かった。 
 B船長は,船橋当直体制を,日本標準時の01時から05時まで及び13時から17時までを二等航海士に,05時から09時まで及び17時から21時までを一等航海士に任せ,09時から13時まで及び21時から01時までを自ら行うこととし,各直に操舵手1人を配する2人1組の4時間交替の3直制としていた。 
 C二等航海士は,西暦1996年山東省にある海運学校を卒業後,中華人民共和国政府発行の二等航海士の免状を受有し,平成17年3月からジ号に乗船し,大阪湾北西海域をこれまで4ないし5回通航していた。 
 翌々9日01時00分C二等航海士は,航行中の動力船の灯火を表示して船橋当直にあたり,操舵手1人を見張りに就けて大阪湾を北上し,03時50分平磯灯標から175度6.2海里の地点に達したとき,針路を010度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.5ノットの速力で自動操舵により進行した。 
 03時56分半C二等航海士は,平磯灯標から172度5.1海里の地点に達したとき,左舷船首23度1.9海里のところに,住吉丸の複数の灯火を認め,レーダーで左舷側を無難に航過する態勢であることを確認して続航した。 
 04時05分C二等航海士は,平磯灯標から165度3.8海里の地点に達したとき,左舷船首53度700メートルのところにいる住吉丸が,左転して増速し,新たな衝突のおそれを生じさせて接近する状況となったが,同船に対する動静監視不十分で,これに気付かず,その後,避航の気配のないまま,間近に接近する同船に対して,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもなく進行中,04時07分少し前左舷船首至近に迫る住吉丸を認め,慌てて右舵一杯を取り,機関を停止したが効なく,ジ号は,船首が045度になったとき,9.0ノットの速力で前示のとおり衝突した。 
 衝突の結果,住吉丸は船首部に亀裂及び破口を,ジ号は左舷船首部に擦過傷をそれぞれ生じ,その後,いずれも修理された。 
 
(航法の適用) 
 本件は,夜間,明石海峡南東海域において,揚網を終えて漁場を移動するため,転針して増速した東行中の住吉丸と,明石海峡に向け北上中のジ号とが衝突したものであるが,以下適用する航法について検討する。 
 衝突地点は、平磯灯標から162度3.4海里の地点で,港則法の適用はなく,海上交通安全法の適用海域であるが,同法に適用される航法の規定がないので,海上衝突予防法により律することになる。 
 適用される定型航法については,衝突のおそれのある見合い関係が生じてから,通常の運航方法をもって避航動作をとる十分な距離的,時間的余裕が必要であり,両船の針路からすると横切りの態勢となるが,本件は,発生の2分前,揚網を終えた住吉丸が,ジ号の前路に向けて転針して増速するまでは,無難に航過する態勢であったもので,その後避航動作をとる十分な距離的,時間的余裕があるとは認められず,海上衝突予防法第38条及び39条を適用するのが相当である。 
 
(本件発生に至る事由) 
1 住吉丸 
(1)ジ号に対する動静監視を十分に行わなかったこと 
(2)漁獲物の選別作業を手伝うことに気をとられたこと 
(3)ジ号の前路に向け,転針して増速し,新たな衝突のおそれを生じさせたこと 
(4)操縦位置を離れ,漁獲物の選別作業を行ったこと 
(5)漁獲物の選別作業に専念し,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと 
 
2 ジ号 
(1)住吉丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと 
(2)警告信号を行わなかったこと 
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと 
 
(原因の考察) 
 本件は,住吉丸が,無難に航過する態勢で進行するジ号を認めていたのだから,揚網を終えて漁場を移動する際,同船に対する動静監視を十分に行っていたなら,ジ号に対する衝突のおそれの有無の判断ができ,ジ号の前路に向けて進行することはなく,また,間近に接近するジ号に対して行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとることによって,衝突を回避できたものと認められる。 
 したがって,A受審人が,夜間,揚網を終えて漁場を移動する際,息子の漁獲物選別作業を手伝うことに気をとられ,船首方を無難に航過する態勢のジ号に対する動静監視を十分に行うことなく,ジ号の前路に向けて進行し,転針して増速し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,選別作業に専念し,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。 
 A受審人が,操縦位置を離れ,漁獲物の選別作業を行ったことは,漁獲物の選別を行いながらも,ジ号に対する動静監視は可能であり,間近に接近するジ号に対し,衝突のおそれを判断することができたものと認められるから,本件発生と相当因果関係があるとは認められない。 
 しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。 
 一方,ジ号が,動静監視を十分に行っていたなら,住吉丸が転針して増速したことに気付き,衝突のおそれがある態勢となって接近するのを認めることができたときに,警告信号を行い,衝突を避けるための措置をとることによって,本件の発生はなかったものと認められる。 
 したがって,ジ号が住吉丸に対する動静監視を十分に行うことなく,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。 
 
(海難の原因) 
 本件衝突は,夜間,明石海峡南東海域において,東行中の住吉丸が,揚網を終えて漁場を移動する際,動静監視不十分で,船首方を無難に航過する態勢で進行するジ号の前路に向け,転針して増速し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,北上中のジ号が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。 
 
(受審人の所為) 
 A受審人は,夜間,明石海峡南東海域において,揚網を終えて漁場を移動する場合,船首方を無難に航過する態勢で進行するジ号を認めていたのだから,ジ号との衝突のおそれの有無を判断できるよう,ジ号に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁獲物の選別作業を手伝うことに気をとられ,ジ号に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,無難に航過する態勢のジ号と新たな衝突のおそれを生じさせてジ号との衝突を招き,住吉丸の船首部に亀裂と破口を生じさせるとともにジ号の左舷船首部に擦過傷を生じさせるに至った。 
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 
 
 よって主文のとおり裁決する。 
 
 
参考図 
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