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平成18年横審第49号
件名

漁船天下一丸漁船佑栄丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年9月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(清水正男,大山繁樹,村松雅史)

理事官
小須田 敏

受審人
A 職名:天下一丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:佑栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
天下一丸・・・左舷船首部外板に凹損
佑栄丸・・・左舷船尾部外板に破口を生じて転覆,のち廃船,船長が頚部,胸部等に挫創,同乗者が右肋骨骨折,腰背部,頭部等に挫創

原因
天下一丸・・・動静監視不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
佑栄丸・・・動静監視不十分,注意喚起信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,天下一丸が,動静監視不十分で,錨泊中の佑栄丸を避けなかったことによって発生したが,佑栄丸が,動静監視不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月2日09時45分
 愛知県中山水道
 (北緯34度39.3分 東経137度03.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船天下一丸 漁船佑栄丸
総トン数 14トン 0.9トン
全長 21.84メートル  
登録長   7.42メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 585キロワット  
漁船法馬力数   45
(2)設備及び性能等
ア 天下一丸
 天下一丸は,平成13年1月に進水した軽合金製漁船で,船体中央部に操舵室を設け,船尾甲板に揚網ウインチ及び甲板上の高さ約6メートルのデリックを設備し,同室前部には,中央に磁気コンパス,自動操舵装置及び舵輪を組み込んだ操舵スタンドを,左舷側に主機操縦装置を,右舷側にGPSプロッター及びレーダーをそれぞれ装備し,渥美半島沖合において,小型機船底びき網漁業に従事していた。
イ 佑栄丸
 佑栄丸は,平成6年5月に進水したFRP漁船で,船体中央部に操舵室を設け,同室上部には航海灯を取り付けたマストを,同室にはGPSプロッター及び魚群探知機をそれぞれ装備し,榊原所有者が夏季に刺網漁業の目的で運航していた。

3 事実の経過
 天下一丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,きす及びおきはぜ漁の目的で,船首0.7メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,平成16年10月2日09時00分愛知県形原漁港を発し,渥美半島沖合の漁場に向かった。
 ところで,A受審人は,天下一丸が10.0ノットを超える速力で航走すると船首が浮上し,船首左右各約10度の範囲に死角が生じることを承知しており,また,渥美半島北西端の立馬埼付近の中山水道には,錨泊して釣りを行う釣り船や漁船がいることを知っていた。
 A受審人は,出港操船に引き続き単独で操船に当たり,09時05分少し過ぎ橋田鼻灯台から090度(真方位,以下同じ。)1,350メートルの地点で,針路を立馬埼沖に向かう225度に定め,機関を全速力前進にかけ,14.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,立った姿勢で手動操舵によって進行した。
 09時41分少し前A受審人は,立馬埼灯台から341度890メートルの地点に至り,船首が右方に振れたとき,左舷船首の死角を外れた方向1.0海里のところに数隻の釣り船を初認し,それらの様子から,いずれも錨泊していることを認めた。
 09時43分少し前A受審人は,立馬埼灯台から286度910メートルの地点に達し,中山水道第4号灯浮標と同第5号灯浮標の間を航行するつもりで,針路を213度に転じ,その際,同方向1,030メートルのところに佑栄丸を認め,同船が錨泊中であることを示す黒色球形形象物を表示していなかったものの,停止して釣りをしている様子から,付近に認めた他の錨泊中の釣り船と同様に,錨泊しているものと判断し,佑栄丸が船首死角に入ったことを認めたが,もう少し接近したところで避ければ大丈夫と思い,作動中のレーダーを監視したり,船首を左右に振ったりするなど,船首死角を補って,同船に対する動静監視を十分に行わなかった。
 09時44分半A受審人は,立馬埼灯台から251.5度1,390メートルの地点に達し,佑栄丸までの距離が200メートルとなり,衝突のおそれがある態勢で接近していたが,依然,同船に対する動静監視を十分に行わず,このことに気付かず,同船を避けずに続航した。
 09時45分わずか前A受審人は,正船首至近に佑栄丸のマストを認め,右舵一杯として機関を停止したものの効なく,09時45分立馬埼灯台から247度1,550メートルの地点において,天下一丸は,原針路,原速力のまま,その左舷船首部が佑栄丸の左舷船尾部に前方から30度の角度で衝突した。
 当時,天候は雨で風力2の南南西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,視程は約2海里であった。
 また,佑栄丸は,B受審人が1人で乗り組み,友人1人を乗せ,いずれも救命胴衣を着用せず,釣りの目的で,船首0.15メートル船尾1.00メートルの喫水をもって,07時00分愛知県宇津江漁港を発し,立馬埼南西方の中山水道の釣り場に向かった。
 07時15分B受審人は,前示衝突地点付近に至り,重さ10キログラムのストックアンカーに,直径20ミリメートル長さ100メートルの合成繊維製錨索を取り付けて水深13メートルの海中に投じ,同索を40メートル延出して船首のたつに係止し,黒色球形形象物を表示しないまま,機関を停止して錨泊した。
 B受審人は,同乗者と共に左舷後部で釣竿を用いて釣りを開始し,09時43分船首が063度に向いていたとき,左舷船首30度840メートルのところに天下一丸を初認し,同船が自船に向かって接近する態勢であることを認めたが,同船はいずれ自船の西側を無難に航過する針路に転じるものと思い,同船に対する動静監視を十分に行うことなく,そのころ釣果が思わしくなかったことから釣りの舷を替え,同乗者が右舷中央部へ,自からは同後部へ移動し,天下一丸が操舵室の陰となって見ることのできない位置で甲板上に座り,釣りを続けた。
 09時44分半B受審人は,天下一丸の接近に気付いた同乗者からその旨を告げられ,立ち上がって移動して左舷前方を見たところ,左舷船首30度200メートルのところに同船を認め,衝突のおそれがある態勢で接近することを知ったが,注意喚起信号を行わず,間近に接近しても,機関を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続け,同船に向かって両手を振り大声で叫んだものの効なく,佑栄丸は,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,天下一丸は左舷船首部外板に凹損を生じたが,のち修理され,佑栄丸は左舷船尾部外板に破口を生じて転覆し,のち廃船処分された。また,B受審人が頚部,胸部等に挫創を負い,佑栄丸同乗者が右第11肋骨骨折及び腰背部,頭部等に挫創を負い,両人は海中に投げ出されたが,付近にいた釣り船等に救助された。

(航法の適用)
 本件は,愛知県渥美半島立馬埼南西方の中山水道において,天下一丸と佑栄丸が衝突したものであり,佑栄丸が,錨泊中であることを示す黒色球形形象物を表示しないで錨泊していたものの,天下一丸にとって,停止して釣りをしている様子などから,錨泊中であることが分る状況にあり,また,A受審人が,立馬埼付近の中山水道には,錨泊して釣りを行う釣り船や漁船がいることを承知しており,視認した佑栄丸を,付近に認めた他の錨泊中の釣り船と同様に,錨泊しているものと判断したことから,錨泊船と航行中の動力船の航法として,海上衝突予防法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 天下一丸
(1)船首浮上による死角を生じていたこと
(2)A受審人がもう少し接近したところで避ければ大丈夫と思ったこと
(3)動静監視を十分に行わなかったこと
(4)佑栄丸を避けなかったこと

2 佑栄丸
(1)黒色球形形象物を掲げなかったこと
(2)B受審人が天下一丸はいずれ自船の西側を無難に航過する針路に転じるものと思ったこと
(3)動静監視を十分に行わなかったこと
(4)注意喚起信号を行わなかったこと
(5)衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,天下一丸が,動静監視を十分に行っていれば,佑栄丸に衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付いて同船を避けることができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,もう少し接近したところで避ければ大丈夫と思い,動静監視を十分に行わなかったこと及び佑栄丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 天下一丸が船首浮上による死角を生じていたことは,本件発生に至る経過で関与した事実であるが,作動中のレーダーを使用したり,船首を左右に振ったりするなどして,佑栄丸への接近模様を確認できたことから,定常的な見張りが阻害されている状況にあったものとは認められず,本件発生の原因とならない。
 一方,佑栄丸が,動静監視を十分に行っていれば,天下一丸が衝突のおそれがある態勢で接近することに気付いて,注意喚起信号を行い,衝突を避けるための措置をとることができたものと認められる。
 したがって,B受審人が,天下一丸はいずれ自船の西側を無難に航過する針路に転じるものと思い,動静監視を十分に行わなかったこと,注意喚起信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 佑栄丸が黒色球形形象物を表示しなかったことは,本件発生に至る経過で関与した事実であるが,天下一丸にとって,停止して釣りをしている様子などから,錨泊中であることが分る状況にあり,また,A受審人が,立馬埼付近の中山水道には,錨泊して釣りを行う釣り船や漁船がいることを承知しており,視認した佑栄丸を,付近に認めた他の錨泊中の釣り船と同様に,錨泊しているものと判断したことから,本件発生の原因とならない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は,愛知県渥美半島立馬埼南西方の中山水道において,南西進する天下一丸が,動静監視不十分で,錨泊中の佑栄丸を避けなかったことによって発生したが,佑栄丸が,動静監視不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,愛知県渥美半島立馬埼南西方の中山水道において南西進中,前路に錨泊中の佑栄丸を視認し,同船が船首死角に入ったことを認めた場合,作動中のレーダーを使用したり,船首を左右に振ったりするなど,船首死角を補って,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,もう少し接近したところで避ければ大丈夫と思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船を避けることなく進行して衝突を招き,天下一丸の左舷船首部外板に凹損を生じさせ,佑栄丸の左舷船尾部外板に破口を生じさせて転覆させ,B受審人に頚部,胸部等の挫創を負わせ,佑栄丸同乗者に右第11肋骨骨折及び腰背部,頭部等の挫創を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は,愛知県渥美半島立馬埼南西方の中山水道において錨泊中,自船に向かって接近する天下一丸を認めた場合,衝突のおそれを生じるかどうかを判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,同船はいずれ自船の西側を無難に航過する針路に転じるものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船が衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま錨泊を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,同乗者に骨折等を負わせ,自らも負傷するに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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