(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月31日05時15分
神奈川県横須賀港
(北緯35度19.1分 東経139度39.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船むさし丸 |
貨物船日龍丸 |
総トン数 |
13,927トン |
10,329トン |
全長 |
166.03メートル |
158.03メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
16,920キロワット |
12,640キロワット |
(2)設備及び性能等
ア むさし丸
むさし丸は,平成15年6月に進水した,限定近海区域を航行区域とする全通二層甲板の船首船橋型貨物船で,神奈川県横須賀港,福岡県苅田港,大分県大分港などの間で車両やシャーシーの輸送に従事していた。
イ 日龍丸
日龍丸は,平成13年2月に進水した,限定近海区域を航行区域とする多層甲板の船首船橋型貨物船で,推力約14トンのバウスラスター及び同約17トンのスターンスラスターを装備しており,横須賀港,苅田港,神戸港などの間で車両やシャーシーの輸送に従事していた。
係留索は,直径65ミリメートル破断荷重試験約47トンの化学繊維製が使用され,船首には3台の係船機が設けられて,係船機のドラムから左右舷のフェアリーダーを介して陸上のビットに出され,船尾には4台の係船機が設置されて,船首と同様に係船機のドラムから出されていた。
3 B社3号岸壁
B社3号岸壁は,横須賀港北部の第3区と第4区に面した埋立地の南側に設けられた,南東方向が入口となるコの字形の岸壁の一部を形成していた。同コの字形の岸壁の奥には独立行政法人海洋研究開発機構の岸壁が北東方向に240メートル延び,その南端から南東方向に360メートル延びる岸壁の南端部が本件発生当時日龍丸の係留していた3号岸壁になっており,また,同機構の岸壁北端から南東方向に300メートル岸壁が延び,その南端部がむさし丸の係留していたB社6号岸壁になっていた。そして同3号岸壁の南方は,第3区の水域が広がり,南西方は埋立地であるが建築物などがなく,南方ないし南西方の風を遮ぎるものがなかった。
4 平成16年台風16号
平成16年台風16号(以下「台風16号」という。)は,8月19日マーシャル諸島付近で発生し,西行したのち北西に進み,29日には中心気圧940ヘクトパスカルに発達して九州の南方海上を北上し,30日10時鹿児島県いちき串木野市付近に上陸した後,17時30分ごろ山口県に再上陸し,31日03時に日本海に抜けたのち北東に進み12時過ぎ北海道函館市付近を通過してオホーツク海で温帯低気圧となった。
5 事実の経過
むさし丸は,船長Cほか12人が乗り組み,シャーシー及び車両を積載し,揚荷役及び積荷役の目的で,船首5.27メートル船尾7.55メートルの喫水をもって,平成16年8月30日06時05分横須賀港第3区B社6号岸壁に入船右舷付けで着岸し,揚荷役を行ったのち,15時40分積荷役を始め,19時15分シャーシー85台車両30台を積んだところで中断し,翌日午後再開する予定で,船首5.7メートル船尾6.2メートルとなった喫水をもって,同岸壁で待機した。
このころ,山口県に上陸した台風16号が日本海に向かって北東進中で,横須賀港では明け方に南風が強くなることが予想され,むさし丸は,係留索の増し取り,バラスト水を漲水するなどの荒天対策をとっていたところ,翌31日04時50分ごろ南風が強くなり,対岸のB社3号岸壁に出船右舷付けで係留していた日龍丸の係留索が破断して同船が岸壁から離れ,左旋回し,船首が北西方を向きむさし丸に向かって圧流され,05時15分横須賀港北防波堤灯台から219度(真方位,以下同じ。)1,550メートルの地点において,日龍丸の右舷船尾がむさし丸の左舷中央部の少し船尾寄りに後方から20度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力10の南南西風が吹き,潮高はほぼ高潮時であった。
また,日龍丸は,A受審人ほか11人が乗り組み,車両435台,及びシャーシー56台を苅田港で積み,揚荷役及び積荷役の目的で,船首4.8メートル船尾8.0メートル喫水をもって,平成16年8月30日19時30分横須賀港第3区B社3号岸壁に,船首尾の係留索を各1本通常より増やして船首からヘッドライン3本スプリングライン1本,船尾からスターンライン3本スプリングライン1本それぞれ出して出船右舷付けで着岸し,19時40分揚荷役を開始して21時00分シャーシーを揚げたのち中断し,バラスト水を漲水して船首5.6メートル船尾7.6メートルとなった喫水をもって,翌朝の揚荷役予定時刻まで待機した。
ところで,台風16号は21時ごろ中心気圧970ヘクトパスカルとなり島根県西部を日本海に向かって北東進中で,横浜地方気象台では30日17時20分神奈川県気象情報により,31日の明け方から昼間にかけ南の風が非常に強くなり,海上では最大風速毎秒20メートルに達する見込みと,突風を伴うので注意が必要である旨を呼びかけていた。
A受審人は,テレビ放送,VHF及びFAX等により気象情報を入手して南風が強まることを知り,東京湾での錨泊を検討したところ,錨泊船が増えて混雑しており適当な錨地がなくなったことから,錨泊を止めて係留したまましのぐことにしたものの,台風通過に伴い,南寄りの強風や突風を右舷正横方向から受けてスラスターのみでは船体の横移動を抑えられず,係留索が破断するおそれがあったが,これまで同岸壁に係留中毎秒20メートルの南西風をしのいだ経験があることから,スラスターのみでなんとかしのげるものと思い,タグボートを待機させるなど,荒天対策を十分にとることなく,係留を続けた。
22時00分A受審人は,南寄りの風が強くなったので昇橋し,機関長及び当直甲板手とともに停泊当直に入りスラスターをいつでも使える状態にし,当直甲板手に船首尾の係留索を1時間毎に点検させた。
A受審人は,翌31日03時00分台風16号が能登半島西方の日本海にあって北東進し,南寄りの風が平均風速毎秒17メートルとなり,04時過ぎ右舷正横からの南西風が毎秒20メートルばかりに強まり始めて当直甲板手に係留索の点検を行わせ,その後は頻繁に行わせていなかったところ,南西風が毎秒23メートルに強まり,船体を岸壁から離し始め適宜スラスターを使用してしのいでいたが,船首が3メートルないし5メートル横移動を繰り返すようになり,04時50分更に強まった毎秒35メートルの南南西の突風を受けたとき,伸縮を続けてフェアリーダー付近での摩擦により磨耗したヘッドライン3本が,ほぼ同時に破断し,船首が岸壁から離れて左方に落とされ始めた。
A受審人は,甲板部を出港配置に就け機関用意としたうえタグボートを手配して操船に当たり,船首スプリングラインや船尾スプリングラインが緊張して破断し,船首が風下に落とされて左方に振れ続ける状況下,むさし丸や北方の岸壁に近づかないようにスラスターと機関を用いて操船を行い,05時10分スターンライン3本のみとなって船首が風下に向いたころタグボート1隻が来援したので,機関を後進にかけて船尾から岸壁外の水域に出て港外に避難することにし,タグボートに右舷中央部を押させスターンラインを放したところ,左舷方から強風を受けて船首が北西方を向きむさし丸に向かって圧流され,日龍丸は,船首が306度を向首し,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,むさし丸は,左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損,機関室タンクトップに破口,船橋左舷側窓枠外板及びハンドレールに曲損等を生じたが,のち修理され,日龍丸は,右舷中央部外板に擦過傷,アンチローリングタンク側壁及び右舷船尾外板に凹損並びに右舷船尾部第3甲板及び右舷側ハンドレールに曲損等を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 スラスターのみでなんとかしのげるものと思い,タグボートを待機させるなど,荒天対策を十分にとらなかったこと
2 風が強まった際,係留索の点検を頻繁に行わなかったこと
3 ヘッドラインが破断したこと
4 港外避難のため操船中,むさし丸に向かって圧流されたこと
(原因の考察)
本件衝突は,日龍丸が荒天対策を十分にとっていたなら,ヘッドラインが破断することはなく,発生を防止できたものと認められる。
また,タグボートの支援があれば船体の横移動及び船体と係留索との摩擦を抑えて磨耗を少なくすることができ,同ラインの破断を防ぐことができた。
したがって,A受審人が,スラスターのみでなんとかしのげるものと思い,タグボートを待機させるなど,荒天対策を十分にとらなかったこと,ヘッドラインが破断したこと及び港外避難のため操船中,むさし丸に向かって圧流されたことは本件発生の原因となる。
風が強まった際,係留索の点検を頻繁に行わなかったことは,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から荒天時には頻繁に係留索の点検を行って磨耗を早期に発見するよう是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,横須賀港において,日龍丸が岸壁係留中,台風が日本海を北東進して南寄りの風が強まることが予測された際,荒天対策が不十分で,強風により係留索が破断し,港外避難のため離岸して操船中,対岸に係留していたむさし丸に向かって圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,横須賀港において,岸壁係留中,台風が日本海を北東進して南寄りの風が強まることが予測された場合,強風を右舷正横方向から受けてスラスターのみでは船体の横移動を抑えられないことがあるから,船体の横移動により係留索が破断することのないよう,タグボートを待機させるなど,荒天対策を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,同じ岸壁に係留中毎秒20メートルの南西風をしのいだ経験があることから,スラスターのみでなんとかしのげるものと思い,荒天対策を十分にとらなかった職務上の過失により,強風により係留索が破断し,港外避難のため離岸して操船中,対岸に係留していたむさし丸に向かって圧流されて同船との衝突を招き,むさし丸の左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損,機関室タンクトップに破口,船橋左舷側窓枠外板及びハンドレールに曲損等を,日龍丸の右舷中央部外板に擦過傷,アンチローリングタンク側壁及び右舷船尾外板に凹損並びに右舷船尾部第3甲板及び右舷側ハンドレールに曲損等をそれぞれ生じさせた。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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